晩夏の花火 13
「ジブン、酒強いねんなぁ」
「んー外だと結構飲めますね。でも家だとすぐ寝ちゃうんですよ、はは」
酔い覚ましに来た言う夏希ちゃんは、ひとり夜風にふわふわ髪揺らしながら煙草吸うとった。さっきの警鐘忘れたワケやないけど、どーもいつも「まぁええか」思わされてまうゆる〜いこの空気、ほんま何なんやろ。……いや、寧ろ当たり前みたく夏希ちゃんの横でフー煙草吹かしてもうてる俺が誰やねん。
確かに彼女もかなり飲んどって、冷蔵庫開けて嬉しそうに眺めとった半透明ボトルも、俺と羅武との3人で見事に空いた。しゃーけど、飲んでもそこまで変わらんタイプなんやろな。終始楽しそうやったけど、目ぇも滑舌もしっかりしとって、特に酔うてるいう感じはせえへんかった。
「今日もいい日だったなぁー…」
「何ぃ〜夏希ちゃん方こそ、ええことあった感じやんけぇ」
不意に言うた夏希ちゃんが何やえらい優しい顔で空眺めとるもんやから、わざと俺はちょっと茶化したる感じで聞いたった。ほんなら今日に至るいきさつと、知らん思うてた店長がわざわざ知らせてくれたいう話をしてくれた。
当たり前のことやのに、ああ、この子にはこの子の世界があんねんなぁ、て今更実感する。
「はー! あんまそっち系分かれへん俺でも知っとるでぇ? そのアーティスト。ほんま良かってんか? 行かへんで」
「良くなかったら今ここにはいませんって、ふふ」
「しゃーけど話聞いとると、その店長サンいう人、夏希ちゃんのことよう分かっとるみたいやんな」
「あー……そうですね。何か畏れ多過ぎて怖いくらいです。あ、でも平子さんが見た改造白玉人間ほどじゃないかも? あはは」
……人間ちゃうけどな。ちゅーか俺もか。
「しゃーけどほんまに怖いんは、ニコニコ顔ぶら下げとるむっちゃフツーっぽいヤツやで」
「あーそれ多分店にいる時の私ですよ」
「ハァ!? アホか。夏希ちゃん今、全フツー種族敵に回したで? 何や酒が足りてへんみたいやなぁ」
言うが早いか駆け出した俺ん背中に、「うわ、心外なんですけど!」叫ばれて思わず笑うてもうた。
酒が抜けてきよったんやろな。吹く風の涼しさに夏の終わりいうのをひしひし感じて。夏希ちゃんとこの冷蔵庫入れた分は丸っと空けたけど、ふっと俺んとこに残っとる分を思い出してん。
――そんなん、残したってもしゃあないやんか。
「ノルマやで」
「醒ましに来たんですけ……いてっ」
「『酒の一滴は血ぃの一滴』言うやろ? 大体なぁ、夏希ちゃん。ジブン、ローズに万券なんか握らしよったやろ」
「見かけによらず体育会系なんですね……いてっ! や、でもあんな大量に買って来て貰ったんですから1万は妥当ですよー」
律儀に俺ん言葉拾う夏希ちゃんのデコを軽くぺちんはたきつつ、俺はカコンてチューハイの缶合わしたった。
「万一明日起きれなかったら平子さんの所為にしていいですか……」
言いながらちゃんと口に運びよる夏希ちゃんは、ほんま礼儀正しい子や。しゃーけど時々漏れる素ぅの言葉からして、絶対『おしとやか』やない。
ひよ里が誰と重ねとんのかは未だ分かれへんけど、適度にくだけとるとこが懐きやすいんかな思う。
「おーそれやったら俺んとこおる怪獣派遣したろか? 多分とっておきの一発お見舞いしてくれんで」
「……とっておき過ぎて花畑見えちゃいそうなんで遠慮しときます」
「しゃーけどひよ里のヤツ、今日ほんま嬉しそうやったなぁ。たこ焼きも、花火も、スイカ割りも……おおきにな」
「ふふ、皆なして同じこと言うんですね」
あぁ、やっぱし羅武が言うてたんはひよ里んことやってんな。手すりに背ぇ預けてしゃがみよった夏希ちゃんは、笑いながら煙草に火ぃ点けて言いよった。
「私、親切で休日使うほどお人好しじゃないですよ。誘って『あげた』つもりなんか更々ありません。誘いたかったから誘っただけです。今だって、本当にイヤだったら飲んでませんけど?」
ハッキリした口調で言うてから、夏希ちゃんは「あ」言うて俺んこと見上げよってんけど……暗い所為なんか、その口開けたまんま見上げよる顔が、何や妙に艶かしゅう見えて固まってもうた。
「平子さん」
「……な、何や」
「ドーナツ、見せて下さいよ」
は……何やそないなことかい……。
んあ!? いやおかしいおかしい! 全然ちゃう! 全然ちゃうやん!
た、たまたま構図ちゅーか、そんなんがちょっと、な、アレやっただけやて。
えーっとぉ……せや、ドーナツや! ぷっかぁ〜見たいわぁいう話や。
「お、おーええでぇ! あーと、ほなアレ……どんなんがええ? ド、ドーナツ言うても色々あるやろぉ?」
「え、そんな色々出来るんですか? じゃ、せっかくだからハードル上げましょうか。あ、ライオンのやつがいいです!」
「あーはいはいはい、ライオンのやつな! アレめっちゃ美味いねんなぁ〜モチモチッ! しとんねん。あーアレはほんまに美味い。美味いよなぁ……」
「……丸いのでいいです」
よっしゃ言うて火ぃ点けつつ、「今のくだり丸ごといらなかったじゃないですか」いう横のぼやきをドスルーした俺は、丸い煙をぷかぁ吐き出したった。……ほんまは平静取り戻す為のボケやってんけど、そんなん言えるはずもないワケで。
しゃーけど、すぐに夏希ちゃんはそん輪っかを楽しそに眺め出しよった。きっちり拾うてはくれんねんけど、大して気にせえへんちゅーか、アッサリしとるっちゅーか……。
斉藤サンが言うてはった無頓着いうんはコレか? 思いながら、俺はぽこぽこドーナツ製造に励んだ。
――今思えば。
この頃の俺は、どないフザけて喋っとっても彼女に「真子でええ」とは言わへんかったし、彼女もまた然りやった。俺と彼女の『お隣さん』いう距離は、『平子さん』と『夏希ちゃん』で辛うじて保たれとったんやと思う。
お互いんとって、そのままが良かってんかどうかは未だよう分かれへん。
しゃーけど見えない何かはゆっくり、けど確実に動いとって。
そんなんを知るはずもあれへん俺らは、それぞれ秋を向かえようとしとった。
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