晩夏の花火 11
往来を、出店の食べ物や酒の匂いと、刻一刻と高まる興奮を抱えた人たちの熱気とが入り混じった、花火大会特有の往来を抜けて。
ローズさんと私が5階に着くと、ちょうど平子さんの部屋から愛川さんが出て来たところだった。
「あ、愛川さん。私、先にキスケさんにご飯あげときたいんで、これ頼んでもいいですか?」
「おっ、たこ焼きじゃねえか」
私が差し出した袋を受け取った愛川さんは、まだパックの中で鰹節が踊っている熱々のたこ焼きを見て破顔。サングラスの奥でどんな目をしているのか気になりつつ、やっぱり買って来て良かったなと思った。
ヒュルルル〜
ドーン!
「あ、やばい始まっちゃった。すぐ行きますから!」
急ぎ部屋へ戻り、専用の器にカラカラとキャットフードを投入すると、キスケさんはいつも通りすぐにヒョコヒョコと現れた。背を丸めて夕飯にありつく小さな恋人に、私はあれ以降口に出来なかったことをこっそり報告。
「さっきね、ピンクのおじさんがいたんだよ。すんげーでかい人」
「何? ピンクのおじさんて」
「っ!」
露骨にビクついて数秒。ギギギ、と振り向くと、腕組みしてリビングの入り口にもたれニヤニヤしている平子さんがいた。
「帰ってるて聞いて一応ノックはしたんやけど、まーこの音やしな。ビール取りに来てん。早う行って乾杯しよや」
……そういえば、鍵開けとくのでトイレや冷蔵庫は好きに使って下さいと言ったんだった。私が。
妙な気恥ずかしさからヘラリと笑い、立ち上がってキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けると、見慣れない半透明のボトルが入っていることに気付き、ん? と思ってしゃがんでみる。
「わ、翠寿だー!」
「ぷっ、やっぱしか。何や夏希ちゃん、ポン酒好きそや思たわ」
見上げると、開いた扉越しに顔を覗かせている平子さんが面白そうに笑っていた。堤防で話した時といい、ローズさんに『荷物持ち術』を伝授したりと、平子さんから見た私はそんなに分かりやすいのだろうか……。
「……あの、私今日も疲れてるように見えます?」
「へ? 別に今日はそない感じはせえへんで。よう寝たんとちゃうん? 化粧乗りも良さそやで?」
「い゛っ……疲れてそうって、ひょっとして肌チェックだったんですか!? うわ、手厳しいなぁ……」
「くくっ、冗談やって。顔色ええ思うただけや。しゃーけど何でまたそんなん聞いたん?」
頬を引き攣らせた私を見て笑う平子さんに、また頭の痛い子要素を増やす覚悟でぽつぽつと先程の話をしてみた。無論ローズさんの吹き替えトーンもしっかり真似て。
けれど、ローズさんの台詞にはベタやなぁ〜とケタケタ笑ったものの、予想に反して平子さんはこう言った。
「おったんちゃうん。それ言うたら俺なんて改造人間見たことあんねんで? 何や耳からみょーんて三角んヤツ出とって、顔とかもう真っっ白で白玉みたいなんやで! な? 怖いやろぉ?」
「……何ですか三角のみょーんって。つーか……ふふ、何やらゴキゲンみたいですね?」
「そんなん当たり前やろぉ? 花火やで花火! ドーンや! ほれぇ、早う行って飲もっ」
妙にテンションの高い平子さんは、明らかに自作と思われる鼻歌まで零し、私の隣にしゃがんで冷蔵庫の中へ手を伸ばす。
「……ひよ里ちゃんと仲直りでもしたんですか?」
「ぅえっ!?」
ニヤつきながら私が聞くと横の肩が派手にビクつき、反動で平子さんの手からガスーン! と缶ビールが落ちた。
ヒュルルル〜
ドーン!
パチパチパチィ〜……
「ウチ、このぱちぱちいう音好きやねん!」
「あー分かる! 何か爽快だよね!」
「そーかぁ? どっちかっつーと俺はドーン! が好きだな!」
「せや、断然ドーン! や!」
「見事な光のアートだね!」
大気ごと震わすような振動音を響かせ、夜空にパッと咲く色鮮やかな大輪の華たち。つん、と鼻をつく火薬の匂い。吹く風がすぐさま煙を払い、赤、青、緑、黄、金がくっきりと闇夜に映え、綺麗。
それぞれ酒やウーロン茶を片手に、屋上の手すりに横並びになって上を見上げている。少し大きめな声で歓声を漏らし合う度、胸が高鳴るような高揚が募った。
ちょっとして新しい缶ビールを取りにローテーブルへ行き、戻り掛けて目に入ったものに思わず顔が緩む。小さなひよ里ちゃんが少し背伸びをして手すりに手を掛け、爛々とした瞳で隣の平子さんと話している。
花火の明かりに照らされた平子さんの横顔も、とても穏やかで優しげで。
二人の間で咲く大輪と共に写真に収めたいと思うほど、可愛くて素敵な光景だった。
不意にぶーんという振動音がしてテーブルを見ると、ピコピコ光っている私の携帯。
「はい、どうしたんですか?」
「夏希の客の女子大生、ちゃんと来てたぞ」
ボンボン響く重低音、ガヤガヤした人の声。聞き慣れた低い渋めの声は、でもハッキリと耳に届いて私の目を見開かせた。
「……知ってたんですか」
「ふっ……俺が夏希のことで知らないのは、ヤッてる時の顔くらいじゃねえか?」
どのスタッフにも、特に誰にあげたとは言わなかったというのに。
この人には、私の頭の中が透けて見えでもするのだろうか。苦笑を零しつつ、恐らく一生頭が上がらないであろう人物に、私は精一杯の敬意を込めて返した。
「万一そんな間違いが起きた時には、そん時くらい私にマウント取らせて下さいね、店長」
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