晩夏の花火 8
「夏希、酒買うて来たで!」
「こんばんはぁ、夏希ちゃん」
「よぉ、夏希ちゃん!」
「やぁ、君が夏希ちゃんか」
……ヒラヒラの人がいる。ゆるふわウェーブ。貴公子風の。
ひよ里ちゃんとの電話で『ローズさん』という人も来ることは聞いていた。源氏名を思わせるようなそれからオネエ系の人を思い描いていたら、次いで例のキンキン声でバババと名前を言ってくれたのだけど。
おお……おおナンチャラ……さん。
とにかく何やら仰々しいお名前という印象以外、記憶することが出来なかった。
しかし私の店も比較的幅広いお客さんが来る方で、例えばこちらのヒラヒラさん(仮)がひとりで来店したなら、はー! とは思ってもそこまで驚きはしないだろう。
私がいちいち気後れさせられるのは、平子さんのお仲間には『類は友を呼ぶ』という要素が見事なまでに介在しないからだ。
「初めまして、川村夏希と申します……」
けれど多少なり免疫が出来たのか、今回は自分から先に名乗ることが出来た。するとヒラヒラさん(仮)は、それはそれは優雅な微笑を湛えてすっと右手を差し出してくれた。
「僕は鳳橋楼十郎、よろしく」
おおとり、ばし、ろっ……ろうじゅうろう!?
「か、かっこいい……」
無意識に漏れた私の言葉に、鳳橋さんの後ろにいた愛川さんがブハッと盛大に噴出していた。よくよく見ると、更に後ろにいる平子さんとひよ里ちゃんも口を手で覆って小刻みに揺れている。
「あ、何か失礼を言ったのならすみません……」
「いいや、失礼なのはラヴたちの方さ。あ、僕のことはローズでいいよ?」
そう言って眉尻を下げ、やれやれというような微苦笑を浮かべる『ローズさん』。スマートな立ち振舞いもさることながら、穏やかで優しそうな人だなぁと思った。
屋上へ上がると、少しばかり涼しく感じる夜風が素肌を掠め、すぐそこまで来ているだろう秋を漸く実感した。寧ろ思わぬ心地良さに拍子抜けの感覚さえする。それぐらい今年は連日猛暑の夏だった。
予め運んでおいたゴザシートと、折り畳み式のローテーブル。その上に買って来て貰った膨大な量のお菓子や酒を並べていると、唐突に「あぁ!」と叫んだ平子さんが、見るからにあちゃーという顔をした。
「何やねんハゲ!」
「アカン、俺ら氷買うてないやんけ」
一応家で多めには製氷しておいたのだが、見るからにそれで追い付く量ではない。その上、丸のスイカまで買って来てくれている。少し考えた私は、町内会の役員をしていた元住人を思い出して電話してみることにした。
「もしもし夏希です、ご無沙汰してます。あ、ガヤガヤしてますね。ひょっとして今年もいます?」
話しながら手すりまで寄り、既に人でごった返している川沿いに目を走らせる。そうして目当ての白いテントを見つけた時には、私は嬉々として電話を切っていた。
専門のテキ屋に比べ、色々な食べ物を売る町内会のテントは穴場。この陽気ならカキ氷だけ飛ぶほど売れるということは無いだろうし、塊の1個くらいなら貰えるかもしれない。そんな私の読みは見事的中した。
開始まであと3、40分ほど。充分間に合うだろう。
「ええ!? 凄いやんけ夏希。タダで貰えるん?」
「うん! 行って来るから適当に始めてて?」
自宅に寄って中型のクーラボックスを引っ張り出した私は、それを背中で斜め掛けにしてから少し急ぎ足で階段を下りた。
――屋上。
「彼女ひとりじゃ、あのサイズは無理じゃないかい? 僕ちょっと一緒に行って来るよ」
「せやな、行ったった方がええ。しゃーけど多分、そうさらっとは持たしてくれへんで」
階下に姿現しよった夏希ちゃんを見っけるなり、俺と手すりに並んどったローズが眉をひそめよった。ニヤてしながら言うた俺ん台詞に、案の定そん首がコテンてなる。
「最初に言われる言葉、当てたるわ」
“自分の荷物は自分で持ちたいんです”
一昨日なんか俺の雑誌しか入ってへんコンビニ袋、代わりに持たせて下さい言うて引いてくれへんかったもんな。そんなん思い返しつつ前の道路横断しとる夏希ちゃんに目ぇ戻せば、ちっこい背中でごっついクーラボックス揺らしとってやっぱし笑うてまう。
「しゃーけど俺、あの子のそないなとこ好きやねん」
「……まー、とにかく行って来るよ」
不思議そな顔したまんま階段向かうローズが、視界の隅に見えた。
- 33 -
[*前] | [次#]
しおり
ページ:
章:
Main | Long | Menu