晩夏の花火 6
“ほな火曜な”
「ぷふっ」
何やかんや丸め込まれ、結局また平子さんに荷物を持たれて部屋に戻った私は、愛猫にご飯をやりながらひとり怪しく思い出し笑いをしていた。
平子さんといる時に私が笑っていたのには、実は他にも理由があった。今日私は、初めてひよ里ちゃん(まだ呼び慣れない)と『約束』をしたのだ。
一昨日の晩、ひよ里ちゃんが私の帰りを待っていたことには心底吃驚したけれど。
疑問符だらけの頭のまま、とにかく仰せの通りに結い直そうとゴムを外し掛けた時、前回とは手触りがまるで違うことに気付いた。
――砂埃でも浴びたような、ゴワつきときしきし感。
無理に梳くのは良くないのでシャンプーさせて貰っても良いか尋ねたら「好きにし」とお決まりのぶっきらぼうな返答。でも松田くんに施したのと同じトリートメントを馴染ませると「あ、この匂い」という呟きと共に薄っすらその口角が上がった。
ごくごく自然なその反応。ああ好きな香りなんだなと、何か凄く貴重な瞬間を目の当たりにしたようでやたら嬉しかった。
それから乾かして結び直すまでの間、私は彼女の『敬語を使ったり名字で呼んだらデコピン』という傍若無人なルールに大苦戦。曰く「手加減しまくりやで!」らしいそれに「ぜってー嘘!」と心中で嘆きつつ、でも私は大人しくその決まりに従った。
仲良くしたい、と思ってくれてるかまでは分からない。ただ何にせよ、彼女が私を知ろうと思って来てくれた、ということだけは分かったから。
フィーリング任せのような、こんな風に何でもなく始まる人間関係が、私は結構好きだったりする。
そして携帯番号を書いた紙を渡したにも拘らず、翌日も彼女は何の連絡も寄越さずに5階で待っていた。今度は逆側の髪をずらして来たその姿を見るに、もしかしたらインターホンを押した時の「来たで」みたいな空気が恥ずかしいのかもしれない。
そんな彼女からは、ゴワゴワするなって思う日に使うといいよーと前日に渡した、使いきりのトリートメントの匂いがした。
更に昨夜のひよ里ちゃんは、『今日あったこと話』の中でさり気なく色々なことを教えてくれた。平子さんのような「誰々というのがいて」という説明口調では全くなかったが、それでもマシロちゃんとリサちゃんという女の子と住んでいること、弁当屋さんでバイトを始めることなど、ほんのり思い浮かべられる程度には彼女の日常が伝わって来た。
中でも平子さんの話はとりわけ長く、言葉のそこかしこにお互いを知り尽くしている感があり、本当に仲良しなんだなーと思ったものだ。その殆どが「ハゲ」と「がしんたれ」で構成された愚痴だったけれど。
私は私でお客さんと話したことや、店の近くの定食屋の話なんかをした。揚げ物には塩かソースか醤油か、思いのほか熱く議論になったりも。
ひよ里ちゃんの髪に触れながらの、他愛のないコミュニケーション。恐らくは歳も性格もまるで違うんだろうけど、自分とは別の意味で口下手な、この小さなお客さんが私は好きだった。
「可愛さ余っての喧嘩でもしたのかねぇ〜」
話し掛けながら首の付け根をカシカシしてやると、喉をゴロゴロ鳴らすキスケさん。ご満悦な様子。
今日の平子さんは今までの何処か飄々とした感じがスッポリと抜け落ちていて、『ヤル気ないですオーラ』が全開だった。そんな日までこっちの疲れ具合を気遣わせるとは、ほとほと情けない限りだ。
“ぶっちゃけ大事やねん”
お互い、大事に想う気持ちが過ぎる故に言葉足らずになってこじれるのかもしれない。ふたりの間には、そういう他人には計り知れない絆みたいなものが存在しているように映る。
「……どーせなら火曜までに仲直りしてるといいね?」
なう〜〜ん
楽しい休日の予感にワクワクした勢いでうりゃうりゃと撫で回したら、激しく迷惑そうな声を出された。
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