晩夏の花火 5
「ブラックで良かったですか?」
「おーすまんなーおおきに」
夏希ちゃんが買うて来てくれたコーヒーを手に、堤防の縁に並んで腰掛ける。そこはほんまによう風の通る、涼しくて気持ちええ場所やった。
「そういや今日は早いねんな?」
「あー店長に閉店後すぐ帰されまして、はは……」
「まー疲れた顔しとるもんなぁ」
「え゛っ!」
俺の何気ない言葉に過剰に驚きよってから、夏希ちゃんは参ったなぁ言うてガックシ頭垂れよった。聞いたら店長に「いーから帰れー夏希ー」て棒読みで言われて、ちょっとそうかなは思うててんけど自覚は無かったらしい。しゃーから、毎日顔合わせるわけやない俺にまで見抜かれたんがショックやったみたいや。
「何やすまんなぁ。そない疲れとるとこ、ウチのひよ里が押し掛けたりしとって……」
「あー……やっぱ知ってたんですか。でもそれは大丈夫ですよ」
どうもひよ里は俺には内緒や言うてたみたいやねんけど、夏希ちゃんは何となく俺が気ぃ付いてるんやないか思うてたらしい。隣やし、確かに限られた時間帯に出入りしとったら遅かれ早かれ勘付いたかも分からんな。
「愛川さんが保護者なら、平子さんはひよ里ちゃんのお兄ちゃんみたいですよね」
「うーわ、冗談キッツイでぇ? 俺の妹やったらもっと素直で可愛らしいに決まっとるやんけぇ」
「可愛くて堪らないって感じしますけど? 目離せないくらい。『ウチのひよ里』って言うくらい。ふふ」
そないに言うて夏希ちゃん、えらい清々しい顔してフー煙吐くもんやから、まー別に変な意地張って誤魔化すこともないかぁ思てポロッて言ってもうた。
「あー……まぁ、ぶっちゃけ大事やねん。ほんま妹みたく思うとるんやけど、あない難儀なヤツやろ? 大事にするんも難儀するちゅーワケですわぁ」
「ああ、それで浮かない顔してたんですね」
「ええっ!?」
「……」
「……」
殆ど同時にぶって吹き出して暫くふたりで笑うた後、夏希ちゃんがしみじみ言いよった。
「意外と、自分のことほど見えてないもんですねー」
「ハハ、ほんまやなぁ」
ウダウダ喋とったら、不意に夏希ちゃんの携帯がブーブー鳴りよった。律儀に俺にすみません言うて携帯出しよったものの知らん番号やったらしく、一瞬首傾げた彼女が「はい」言うた途端――。
「ウチや! ひよ里や! 今日は行かへんで!」
……声がでかいっちゅーねん。丸聞こえどころかキンキンに響いとるで、ボケが。微妙な顔しよった夏希ちゃんにツツツて俺ん方見られてもうたやないかい。
「そうなんだ……今日は早く帰れたのに残念だなぁ」
「今日はもう、あのハゲが戻ってそやから行きたないねん!」
あんのボケぇ……ハゲ、イコール俺みたく夏希ちゃんに植え付けよってからに……。
呆れた俺が半目んなっとったら、代わる? みたくジェスチャーされて。ここで出来る話は限られてまうけど、どないな様子か覗うんも悪ないか思うた俺は「どっちでもええ」て口パクしたった。
「下でたまたま会って今一緒いるけど……代わる?」
「ハァ!? ハゲと話すことなんて何も無いわ! ちゅーか気ぃ付けや夏希、ハゲな上に変態やでソイツ! ――ほな火曜な」
プツッ。
「あ。……だそうです」
ゲンナリした俺が口ガバー開けとったら、ちょっとして夏希ちゃんが腹ぁ抱えてくっくくっく笑い始めよった。
「くっ、んくふふふっ……ほんっと可愛いですよね、ひよ里ちゃん。あっはっは!」
「ハァ〜!? どこがやねん! 甘やかしたらアカンでぇ? ほんまぁ」
「だって来る時は電話してこないのに、行かないっていう電話はくれるんですよ? 私に心配掛けまいと思ってくれたんじゃないですか? ふふふ」
そない言うてちょっと悪戯っぽく笑た顔がほんま楽しそうやって、何や俺だけクサクサし続けとんのが阿呆らしなってもうた。しゃーけどひよ里の天邪鬼っぷり、もう理解してんねんなぁ。
「俺には平気で心配ばっか掛けよるくせに……あのボケ」
「平子さんには安心して心配掛けられるんだと思いますよ、ふふ」
「そないガキのお守りばっかしとって、ジーサンなるまで嫁サン貰われへんかったらどないしよー俺ぇー」
ふざけて「あーあー」言うてから、俺は頭ん下で腕ぇ組んで仰向けに寝転んだ。後ろに手ぇ付いとる夏希ちゃんのボンバッた毛先が揺れとる。笑うとるわぁ。
しゃーけどそれ見とったら、何や知らんけど妙に穏やかな気分なってきよったやんか。『夏希マジック』恐るべしやな。
“忘れたないこと抱えてしんどなった方がマシや!”
――相手の記憶から自分が消えても、か?
「……仲良う、したってや」
「はい喜んで!」
どこの店員サンですかーツッコんでまた、ちょっと笑い合うた。
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