晩夏の花火 4
気乗りせえへん日にただおってもしゃあない思て、俺はいつもよか早うアパート戻ることにした。どーせ今日見いひんことは分かっとったけど、コンビニでバイト情報誌買うて、飛ばずにぷらっぷら歩いてみる。
こないだ夏希ちゃんと戻った日ほどやないけど、もう8月も終いやのにまだ夜も暑い。ほんま、たかだか100年そこらで随分暑なった気ぃするわ。
アパート前着いて宙へ上がろうとしたとこ向かいから人が来よった。やり過ごしてからやな思てポケットん中の煙草探っとったら、何やすれ違う時にボソて「こんばんは」言われたやんか。
へ? て顔上げて吃驚した。松田やった。
「お、おぉ、こんばんはぁ……」
相変わらずパックリやけど何やえらいサッパリなったわ。陰気臭7割ぐらい減ったんちゃうか? 今見たら、どっちかっちゅーとインテリやんな、ほー。ひよ里には懐かれるわ、松田ぁ変身させるわ、何や分かれへんけど『夏希マジック』凄いやんけ。
まー別に急いで戻る必要も無いし、箱も出してまったことや。
ついでにこないだの喫煙所で一服してこ思た俺は、ひとりぼけ〜っとしながら吐き出す煙でドーナツぽこぽこ作って遊んだった。ええ感じにリング状なった煙がゆるい風にぷかぁ〜乗って上へ上へと昇りよる。
ふとそん先の部屋が目に入って、疲れとるとこ毎晩5階まで上らなアカンのはしんどいやろなぁ、なんかぼんやり思た。
暫くしたらキュッいうタイヤが止まりよる音がして、つられて何となしに駐輪場見たら、殆ど同時に「あ」言うとった。
「おー、お疲れサン。何や今日、雰囲気ちゃうやんな」
「あー休憩の時に練習台になったもんで……あ、ドーナツ」
スタンド立てながら、俺ん頭上のリング楽しそに見上げとる夏希ちゃん。所々めっちゃ細い三つ編みが混じった髪が高いとこでひとつに纏まってて、先はボファって広がってふあふあしとる。格好もエスニックっぽいスカートの下にスキニーやし、何や今日はえらい『アジアンな人』や。
「ナンバー160、荷物持ちましょか?」
「ぶっ、まぁたぁ! しかも何か増えてるし。大丈夫ですからゆっくり吸って下さい」
「ハハ、言うてる俺が後退したらアカンやんな。まー持ったるから一服付き合うてくれや」
「あはは、持たなくたって付き合いますよ」
「理由作らな下僕は相手にされんねやろぉ?」
「ぷっ……ひょっとして理由作り、最近流行ってます?」
それ聞いてすぐ、わざと髪ずらしよったひよ里が頭に浮かんだ。アカン俺アイツと同しレベルか思て内心笑けたけど、何や今日はめんどい話しかしてへん気ぃして、ちょっと誰かと何でもない話をしたなったんかも分からん。
――そん相手がきっかけの夏希ちゃんいうのも、おかしな話やけどな。
「あ、だったら堤防行きません? あそこの桜の下、涼しくて気持ち良いんですよ」
俺がここに決めた一番の理由は、そん川沿いに並んどる桜の木ぃやった。そないささやかな楽しみくらい、あってもええかぁ思たから。
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