隣人の素性 8
「……え?」
「あーすまんなぁ、夏希ちゃん。先に勝手に座ってもうて……」
リビングに入って、驚いた私に気付いた平子さんに謝られた。でもそうじゃない、寧ろそんなことを気にする私ではないんだけれど。
私が驚いたのは、既に愛川さんの膝の上にキスケさんがいたことだった。
キスケさんは人見知りする方ではないが、流石に数人知らない人の気配がした時には暫くどこかへ引っ込んで様子を見ている。その『どこか』はその時々によって色々だが、家具の裏など、決して見つけ易い場所でないのは確かだ。
そして、こんな短時間で安全確認を終えてキスケさんが出て来たことも一度も無い。
不思議に思って立ち尽くしていたら、ぴょーんと飛び降りたキスケさんがヒョコヒョコと私の元へ駆けて来た。足元に擦り寄る感じから特に怖がってはないことが分かり、とりあえずひと安心。
「あ、いえ! あ、これせっかくだから皆さんで食べましょう。飲み物、珈琲で大丈夫ですか? 麦茶、紅茶、グレープフルーツジュースもありますけど」
「ひよ里はジュースやろ? ガキやから」
「ひつこいねん、ハゲが! 珈琲ぐらい飲めるっちゅーねん!」
「……」
再び目前でやんややんやなり出した光景にただただ気取られる。というかエンドレスな予感。
「……すまん、夏希ちゃん。グレープフルーツジュースひとつ、珈琲ふたつで頼む」
「あっ、はい」
「あ、羅武コラァ! 飲める言うてるやろー!」
「――という次第、なんですけど」
平子さんに頂いたのは程好い甘さのシューアイスだった。それを皆なで食べつつ、私はもう一度キスケさんとの出会いについて話すことに。
一字一句聞き逃すまいとしている猿柿さん。片手で顎を擦りながら聞いている愛川さん。『キスケ』という名が珍しいにしても、好奇心から『男前な猫』を見に来たのではない、と何となく分かった。
更に聞けば、キスケさんは自分から出て来たのではなく、愛川さんが見つけたとのこと――私ですら見つけるのは少し苦労するのに、だ。
これだけ個性的な面々だ。或いはあの不思議な『喜助さん』と何か関係があるのかも、とも思った。ただ仮にそうだとしても、単なる知り合いに過ぎないなら普通はそう言うだろう。でも彼等は最後まで何も言わず、ただじっと私の話を聞いているだけだった。
だから私は敢えて何も聞かないことにした。『知る』ということは、喜びや楽しいことばかりではない。そのことを知らないほど、もう私は子供ではなかった。
「は〜〜ん、まーええわ。トイレ」
何かすっきりした顔の猿柿さんがソファからすくっと立ち上がる。次いで彼女がすたすたと向かった先が分かった私は慌てて声を張った。
「ああそこトイレ違う! てか耐性無い人は開けない方が……!」
「あ? 何やトイレちゃうん、か!? ……ヒィ゛ィ゛〜っ! 何やねんコレぇ!」
「あぁ……先に(髪が)好きって言いたかった……」
ガックリとうな垂れた私の耳に「何や? どないしたん夏希ちゃん」という怪訝そうな平子さんの声が届いた。
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