隣人の素性 5
「本当に助かりました。それとこれも、ありがとうございました」
「ほんま気にせんくてええ言うてるやろぉ? ほなまた明後日な夏希ちゃん。おやすみぃ〜」
「はーい、おやすみなさい」
無難に挨拶したってパタン後ろ手でドア閉める。
「……」
……ぇぇえええ!? え、何? そういうことなん? いや待て落ち着こ。今ん流れもっぺん整理や整理。
返して貰た皿その辺置いてソファに胡坐掻いた俺は、一服しながらふたりのやり取りを思い返してみる。松田に気ぃ付いた夏希ちゃんの第一声は「やっべごめん! 忘れてた!」やった。電話したけど繋がらんかったいう松田。夏希ちゃんの携帯は充電切れやったらしい。
めっちゃボソボソ「今度でもいいですよ」言うた松田に、約束だし大丈夫やら夏希ちゃんが言うて――。
「あ、でも悪いんだけどー……先にザッとシャワーだけ浴びてもいい?」
「それと一服してからですよね。僕、キスケさんと遊んでますからゆっくり浴びて下さい、夏希さん」
松田のこの知った風な口調。もう日も変わっとることやし、ええ歳したひとり暮らしの女の子が彼氏やない男、部屋で待たしてシャワー浴びひんよな。ドア閉める時、振り向いて会釈してきよった松田のあの醒めた目ぇも、今思えば威嚇に見えへんこともない。
……しっかし夏希ちゃん、ええシュミしとんなぁ。にしても彼氏との約束忘れるて。何やよっぽど疲れとんのか? それともアレが素ぅか? しかもそれ、本人前にしてあないハッキリ。
それに。
「洗ってきた?」
「はい」
え、何を!? ひょっとして松田、ほんまもんの下僕1なんか!?
“ここに住んでる人は皆ななっちゃんに『お世話になってる』わ”
“『ライバル登場』だわねえ”
ちょ、アカンアカンアカン!
何をどえらい想像してんねや俺は! 欲求不満ぶっちぎりのガキかっちゅーねん。女の斉藤サンがそんなん俺に言いよるわけないやん、アホか!
ちゅーかそもそも松田が夏希ちゃんの彼氏でも下僕1でも、俺にはどーでもええことや。火曜にひよ里んこと納得さしたら、そない関わることも無くなるやろ。
アジトの修行部屋も完成したことや。まだ虚閃が安定してへんヤツも何人かいてる。それぞれ何かしらバイトかてせんと生活もして行かれへん。
――ほんでまた、時期が来たら『俺』は夏希ちゃんやここの住人の記憶から消える。
喜助が作ってくれた義骸はほんまによう出来とって、人間のフリして現世で暮らすんに殆ど支障は無い。鼓動に体温、汗や涙、髪や爪、食に排泄、それに五感。
ただいっこだけ、いわゆる見た目の『老化』が無い。しゃーからなんぼ居心地のええ土地でもずっとは叶わへん。あんまし関わる人間に情が移っても、アカンしなぁ。
人間にもなれへん、死神にも戻られへん俺らは、そないして途方もない時間、世界が、時代が、どんどん変わって行くん見ながらひっそり生きてきてん。
「……いつも通りや」
ちょっとだけ笑て、俺は煙草を灰皿にぐにぐに押し付けたった。
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