隣人の素性 4
平子さんとの家路は楽しかった。
帰ったらシャワーを浴び、とにかく一刻も早く横になりたい一心で自転車を漕いでいたけれど、それより丸いアイスをふたりで摘みながらゆっくり歩いて帰る方が何だか体も楽な気がした。
おかっぱパッツンに関西弁。体型に合った細身のパンツに半袖シャツ、そして今日もネクタイ。でも猫背。
何かと人目を引きやすい要素満載な平子さんを、すれ違いながら目で追う人を途中何人も見掛けた。思うに平子さんは、例えるならファッション誌のストリートスナップ的なページに載ってそうな人だ。
平子しんじ(2?)
職業:販売員
……みたいな(そういや名前の漢字を知らない)。
何処となく漂うオーラを加味すると、或いはプレスとか。ともすれば『注目の若手クリエイター!』的な特集ページという方向もありえそうだ。
何というか、大衆的な空気を残しつつも他とは一線を画す、そんな印象を受ける。
けれど失礼千万ながら、平子さんがいかなる人であるかより、例によって私の関心の殆どは彼の金髪にあった。私のこれは自他共に認める、癖というレベルを優に通り越した『病気』だ。並んで歩きつつも触ってみたくてうずうずしてしまう自分に、本当にどうしようもないなぁと密かに自嘲するばかりだった。
そうしてアパートの駐輪場に到着。ロックをかけ終えた私は、裏手にある簡易喫煙所で一服してかないかと平子さんに持ち掛けてみた。
「えっ! 何や夏希ちゃん、煙草吸いよる人やったんやぁ。ほんなら俺コンビニ出たとき我慢せんくて良かったんかぁ……」
「え? 何だ、言って下さいよー」
平子さんは、やっぱ聞かな損やなぁと笑ってから、黒いパンツのポケットから自販機では見掛けない煙草を取り出した。物珍しいモダンな箱に思わず釘付けになる。
「ふぁー何か『お洒落煙草』って感じですね。私なんて俗に言う『オッサン煙草』ですよ、はは」
言いながらマルボロのソフトパックを取り出すと「しっぶ!」と即座に叫ばれた。
スタンド灰皿を挟んで向き合い、笑いながら二本の紫煙を昇らせる。やがて煙は生温い夜の空気に溶けるように広がり、辺り一帯はぼわ〜んと白いもやに包まれた。
平子さんは、私のあげた桃が凄く美味かったこと、なかなか荷物が片付かないことなど、ひたすら面白おかしく話してくれた。時々交じるリップサービスからして相当女慣れしてそうな印象。でも不思議と辟易するような卑らしさや胡散臭さはなくて、見習わなくてはと妙に感心させられた。
「こんなんでも俺、男の子やで? ええとこ見せさしたってや」
自転車に続いて階段を上る時も、少しずるい物言いをする平子さんに私の荷物を持たせることになってしまった。ここで断ったらかえって失礼になる。どうもそういう空気をさらっと作られてしまう。
「私に過保護にすると良いことないですよ?」
そう言って苦笑してみせた私にも『平子流リップサービス』は続いた。
「え、なに? 俺、上手いこと手懐けられて夏希ちゃんの158人目の下僕にされてまうん? そら怖いなぁ〜」
呆れ混じりに「つーか何の数字ですか」と返したら、ちゃんと拾うてくれんねんなぁと平子さんは嬉しそうに笑った。普段はしんどい階段も、こうして誰かと他愛のないやり取りをしながら上るとまるで違う。そのことを知らない私ではなかったけれど、そんな風に感じるのは何だか久しぶりな気がした。
最後の踊り場へ差し掛かり、ふと、私の部屋の前に立つ人影があることに気付く。私たちの足音に反応したのか、その人物がひょこっと階段を覗き込んだ。
……あ。
しまった、完全に忘れてた。今日帰ったら、私は松田くんの髪を切る約束だった。
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