隣人の素性 2
――こないな絶好のチャンス、逃す手は無いな思うた。
『マシンガン斉藤』のお陰で、チャリンコが無かったら夏希ちゃんは大概仕事やいうことが分かった。ほんでよくよく思い返して、最初ん日と同し時間に訪ねてもおらんいうことは、逆にあの日が休みやった可能性が高いっちゅーことに気ぃ付いてん。
毎週同し休みやとしたら、狙うは今度の火曜や。
幸いひよ里の意気込みも、2日経ってようやっと落ち着いた。アイツかて言うても元副隊長。ガキなぶん血の気は多いねんけど、ただの直情馬鹿とちゃう。火曜にもっぺん出直そやー言うたれば、すんなり首を縦に振りよった。
せやっても俺は、やっぱし突然押し掛けるっちゅーんは何やどうも気ぃ引けとって。
話だけでも通しときたいなぁ思うてたとこに、偶然俺がおったコンビニに夏希ちゃんが来よったやんか。しゃーけどあんまし雰囲気ちゃうもんやからちょっと一瞬、自然に声掛けられるか分かれへんくなってまった。
背ぇも高ないし、すっぴんは若々しい健康的な感じやってんけど、化粧しよると何や凛とするっちゅーか、独特な艶が出るちゅーか……パンツにチュニックにローヒールのミュールいう、別にそない色っぽい格好ちゃうねんけどなぁ。今日は横の下ん方でひとつに纏めとるけど、髪も長いふわっとした茶髪やってんな。
――長いこと生きてきた分、人間も、死神も、女は色々見て来とる方やけど、つくづく女の変身は恐ろし思うわ。
「ほんま今日はあっついのう〜。夜やのに溶けそうやわ」
「あ、さっき買ったの食べましょうか。えーと……ぶどう、りんご、マンゴー、いちごの4つです。どれがいいですか?」
えらい恐縮されたけど、一緒に帰ろ言うたんこっちやん言うて、夏希ちゃんのチャリンコは俺が引いたって帰ることにした。あんまし縁のない乗りモンやけど、レトロな感じの折り畳みでなかなか可愛い。
「ほなマンゴーの実ぃ貰おか。ちゅーか、いつもこない帰り遅いん?」
「いやー……ちょっと今だけ特別なんですよ」
そないに言うた夏希ちゃんは、俺ん出した手に橙の丸玉乗っけながら苦笑いしよった。何やちょっと、疲れとるみたいやなぁ。
「こないな日、キスケはどうしとるん? あの子大丈夫なん?」
「あー遅い日は3階の斉藤さんか、4階の張さんに連絡入れることになってるんです。ありがたいことに、夜の餌とトイレの世話をしに来てくれるんですよ」
「ほー! あぁ、こないだ会うたなぁ、斉藤サン……」
ちょお俺が微妙な顔してもうたんが分かったんやろな。ぷって軽く吹き出しよった後、何や心当たりでもあるよなニヤてした顔で夏希ちゃんが言うた。
「ふふ、ひょっとして斉藤さんの洗礼受けたんじゃないですか?」
「あのマシンガントークのことやろぉ!? いやアレには、ほんーま吃驚してもうたわ!」
……洗礼いうことは、たまたま興奮しとったとかやのうて、いつでも誰にでも全開連射ちゅーことか。どえらいな斉藤サン。
「あはは! ハーモニカみたいですよね、斉藤さん」
「ハーモニカ……?」
「や、ハーモニカって吹いても吸っても音が出るじゃないですか。普通に喋りながら息吸ってるんじゃないかってくらい息継ぎしないんですよ、彼女」
「おーそういやそうやんなぁ! いや俺はもう、死んでまうんちゃうかて心配なったわ」
「あははは! でもすっごく温かくて良い人なんですよ」
ええ人、ねぇ……。
斉藤サンもここはええ人ばっかしや言うてはったけど、ほんまえらいアットホームなアパートやってんな。ええことやけど俺はちょっと、気ぃ付けんとアカンな。
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