隣人の素性 1
――日曜日。
お盆の真っ只中な所為か、ここのところ店は暇だった。そんな中、9月に開催されるカットコンテストに向け、私は店長からエントリーするアシスタントの子たちの指導を頼まれた。その為、居残り時間が長くなり、ちょくちょく帰りが遅くなっている。
あまり指導には向いてないと分かっていて、敢えて店長は私に委ねる。それが私の勉強と重々わかってはいるつもりだが、やっぱりいつも以上に疲れてしまう。
閉店から約2時間後、漸く家路に着くも、体のダルさを思い知らせるかのようにペダルが重い。おまけに今夜はうだるような無風の熱帯夜で、漕いでも漕いでも、何か不快なベールにでもみっちりと包まれているようだった。
疲労と暑さでヘロヘロだった私には、角を折れて見えたコンビニは光り輝く聖域だった。自動ドアが開いた途端サーッと冷気が肌を刺す。熱気から解放された心地良さのあまり、思わず「ふぁー」と間抜けな声が漏れた。
特に買う物は無かったけれど、少し甘いものが口にしたくなってアイスコーナーへ。とにかくサッパリ系を求めていた私は、味が4種類ある丸いアイスが入っている袋へと手を伸ばした。
「へぇ、それ箱やなくなったんや」
「うっわぁ!?」
背後からした声に驚いて振り返ると、私の肩越しに「ほー」みたいな顔して覗き込んでいるお隣の平子さんがいた。この距離で全く気配を感じなかったことに、そこまでぼーっとしていたのかと自分に呆れる。
「……こ、こんばんは」
「こんばんはぁ。化粧しとったから一瞬誰か分かれへんかったわ。一段と別嬪サンなるんやなぁ、なっちゃん」
「!?」
突然の『なっちゃん』呼ばわりに、思わず全力でハァ? みたいな顔をしてしまったのだと思う。平子さんは、さも可笑しいというようにくくくっと喉で笑っていた。
――あ。
「そうだ、お皿! 何回か伺ったんですけどお留守だったんで……」
「何や、ドアん前にでも置いといてくれて良かってんのにー」
「いや、挨拶土産のお礼も言いたかったんで。遅くなっちゃいましたが、ありがとうございました」
そう言ってペコリと頭を下げると、頭上から「ええよーそんなん」という明るい声が降って来る。
「あ、じゃー後で伺いますね!」
そう言ってレジへと進み出そうとした途端、後ろからぐっと掴まれた腕。驚いて振り向くとニィーと笑った平子さんが言った。
「そない急がんでも溶けへんで? アイス。同しアパートやん、一緒に帰ろ」
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