新しい隣人 8
「ほな、おおきに」
私が渡した桃の袋の入り口に顔を埋め、ええ匂いやなーと嬉しそうに言って平子さんは帰って行った。
早速いただいたピザを電子レンジに入れ、中でくるくる回るピザをぼんやり眺める。レンジや洗濯機の中の様子を観察するのは、なかなか止められない私の悪い癖のひとつだ。
溶けてプクプクし出したチーズを見つめながら、先ほど平子さんとした会話をぼんやり思い返す。キスケさんの話をした時、平子さんはひどく怪訝そうな顔をしていた。
――けれどそれは、当然の反応だと思う。
喜助さんという人とは、あの日お礼に一杯だけ珈琲をご馳走させて貰い別れたきり。それでも、あれから2年以上が経った今も、私にとって最も不可思議な出来事だったと言える。
“病院へ連れて行っても、その子、助からないっスよ?”
もうすぐタクシーが来るからと言った私に確かにそう言ったのだ、あの人は。多分もきっとも無しに『助からない』と。
何故その人にキスケさんを託そうと思ったかは、自分でも良く分からない。でも翌日、当のキスケさんは本当に奇跡的に助かっていて、その上――。
“1歳半くらいらしいっスよ。大事にしてあげて下さいね、夏希サン”
『らしい』という、人から聞いた風な口ぶり。下町っぽい下駄に半纏という個性的な風貌ではあったが、てっきり喜助さん自身が医者なのかと思っていた。
“いやぁ〜、アタシはしがない駄菓子屋の店主っス”
けれどそんな私の憶測を、喜助さんは笑って否定した。知人に名医でもいるのかもしれない、とも思った。
にしても、だ。
私は彼に、言ってなかったはずなのだ。助かったら飼うつもりでいたことも、『夏希』という下の名前も。
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