秒針の進む先 4
例の高校生男子とそのお仲間に、猫ん姿のあの人を加えた一行が尸魂界へ向いよって約一週間。
鬼が出るか蛇が出るか。思いつく限りの事態に備えつつ、俺らは『待ち』に徹しとった。今でこそ、場合んよっちゃこっちから乗り込むことも視野に入れながら。
そんな中、同時に俺は夏希の、もっと言うたら人間ひとりの記憶を操作するっちゅーことの意味と『その日』を、鮮明に意識するようなった。いや、意識せざるを得んくなった、言うべきか。
実際この長い因縁にケリつけたれる可能性が出てきた今ん状況は、俺らんとっちゃ願ったり。夏希の限られた時間を貰うてるいう意味でも、長いよか短い方がええに決まっとる。そう、頭で納得は出来てんねやけど――
「浸かったんか、風呂」
「うん半身浴、してみた」
一時的にがっつりクーラー効かしたった部屋で、夏希の首筋から香り立つユニセックスな匂い。俺ん動きに合わして、小っさく揺れよる軟骨ピアス。俺がおってもおらんくても、ここに『俺』はいてる。
「……『いつも通り』があるて、ええな」
「私が、勝っちゃう流れ、とか?」
「ほぉ。誰が誰に勝つて?」
髪を梳き流してピアスに触れば、お決まりの物言いで笑いよる夏希。真夜中に電話なんかしてまった俺に思うこともようさんあんねやろうけど、せやってもやっぱし、そっから汲みとったモンを優先しよる。その「やっぱし」思うだけの心当たりは、重ねてきた時間の中や。
こないして素肌を合わしとんのが記憶ん中で夏希やない誰かに替わったり、まして俺ん仇があの眼鏡やなくなろうもんなら、俺は自分が何モンかも分からんようなる思う。そういうことやんか、俺らがしてきてんのは。
しゃーから俺は覚えとこ、そう思うてた。
せやのに『しゃあない』て言葉で目ぇ瞑らなアカン現実を思うほど、豪快に感情が邪魔してくれよって、何や正しさすら持て余してまう。
「大きいねえ、太陽」
「……せやなぁ」
早々と白みよった空。呼応するよにわんわん鳴き出しよる蝉。そない朝ん気配に、一服したら寝るからちょっとだけ行こー言われて上がった朝焼けの屋上。ぽっかり顔を出しよったお陽サン見ながら、二本の煙を燻らせる。
また、今日が始まんねんな。
そんなん思う一方で、記憶に新しい元旦から逆行していきよる頭。過去と未来を同時に見とるよな感覚ん中、せやっても俺はきっと、こないして絡ませた指はほどけても、心を断ち切って離すんは出来へんねやろな、てぼんやり確信する。
「今年は水曜みたいやねんなぁ、花火」
「ね、残念」
「運営に掛け合ったろか? 火曜にせんと死人が出るでーやらテキトー言うて」
「あはは、それただの脅迫」
何となく、さりげなく、徐々に距離を広げるなんちゅう支度なんかする気はなかった。ただ、髪だけは切って貰うとこなんか思うたあたり、やっぱし俺は、何かしら感じ取っててんかも分かれへん。
――『その日』は近いいう、そないな予兆を。
しゃーけどそっから更に一週間後、それは思いもせえへん展開によって、確実なもんになった。
「……何や、それ」
「言うた通りや。あのアホは市丸と東仙引き連れて反膜で消えよった」
「反膜って、おい……マジかよ」
「え? 何で反膜? ねー何で反膜ー?」
或いはこの間、喜助ん元には多少なり情報が入ってきとったんかも分かれへん。ただ、刻々と状況が一変するよな事態の最中、曖昧な報告したったとこで俺らを動揺さしてまうだけや思たんかもな。
何にせよ俺が聞いたんは、今回の賭けの顛末と、そん『結果』やった。
「僕らの知らない間にとんでもないことになってたみたいだね……」
「にしても、藍染の野郎は一体何しようってんだ?」
「そんなんより何や、そんザマは! そないどこの馬のホネとも分からんよなクソガキに任せた結果がそれか!」
「ひ、ひよ里サン!」
眼鏡の偽装死、朽木ルキアの処刑日変更、殲滅された四十六室、破壊された双極、奪われた崩玉、瀬戸際で割れよった空――
「ウチの言うた通り、先に向こう行っとったらそんなんならんかったんちゃうんかハゲ! みすみす逃すとかアホかっちゅーねん!」
朽木ルキアは助かった。喜助ん読み通り崩玉に食いつきよったアイツの化けん皮も剥がれた。しゃーけど、俺らにのしかかりよる事実はただひとつ。自分らが何の手も下さん内に――消えられた。
“……すいません、平子サン”
“私が天に立つ”
「……やかましねん、ボケ」
「ああ!? 何やとハゲ!」
「ギャーギャーぬかすな言うとんじゃボケ! オマエ誰のおかげで生きてる思てんねん!」
「……っ」
しゃーけど誰が一番悔しいか言うたら多分、俺らやない。俺らやないて分かってんねんけど、どうっにも腹立ってしゃあないで喜助。五番隊の羽織着て好き放題しくさりよって、あんの腐れ眼鏡がっ……!
勝手に憤りよる胸に舌打ちしとったら、ここまで黙っとったリサが何や重々しい溜め息と一緒に口を開きよった。
「はー……それで、その黒崎一護いう子の虚化はどない状態なん、真子」
「んあ? あー何や本人、喜助にもよう話さんらしゅうて進行具合は不明やと。ただ因果の鎖切るなんちゅう荒っぽいやり方からして、ぼちぼち速そうやけどな」
「そのイチゴって男の子、そんなに強いのー?」
件の高校生男子――黒崎一護いうヤツに生まれよった内なる虚。眼鏡が真の目的へ動き出しよる前に、ソイツを抑え込む手助けをしたって欲しい。それが喜助からの頼みやった。それも、何でか俺らとの繋がりは伏せる形で接触してくれ、言うて。
「さーなぁ……この短期間で卍解まで習得したいう意味では大したモンや思うけどな。ま、何にしても戦力として欠かされへん存在いうことやろ」
白ん問いに答えたった俺自身、正直なとこ何やピンと来えへんことだらけやった。向かう先が同しやて信用があるから深くは聞かへんだけで、喜助っちゅー男の意図を汲み取んのは往々にして難儀や。
――確かなんはまだ、何も終わってへんっちゅーこと。
「15、6のガキが戦力かよ。笑えねえな」
「しかし、具体的にどうするのが良いのでショウ」
「ここまで引っ張ってきて内在闘争でもさしたらええんやない?」
「高校生さらって来るわけにいかねえだろ。『この町にいる俺ら』に接触されて、変に勘繰られても厄介だしなぁ」
「……いやそれ、高校生かどうかの問題じゃないよね、ラヴ」
「まーまずは引越しやな。――ひよ里も、文句ないな?」
「……」
俺が一喝したったきり黙りこくっとったひよ里は、最後までぶすくれた顔でまぁたピュッとアジトから出て行きよった。誰も何も言わんままそれを見届けた後、アイツを抱え込んどったハッチが何や言うてきたやんか。
「あの真子サン、ちょっとよろしいデスか」
「んあ……?」
ちょうど一年前みたく二階席とそん通路に座ってみて、そういや今年まだマンゴーの実ぃ食うてへんな、やらぼやっと思う。
そっから花火して、Holyでバッタリ、キャップ小僧にチワワちゃん、髪切って貰て、ポストコ行って、アイツが風邪引いて……早いもんやな、一年て。
「真子サン。これは、あくまでワタシ個人の気持ちとして聞いて頂きたいのデスが」
「お、おぉん。何や……?」
まーひよ里ん話やろないう俺ん予想に反し、妙に改まった様子で切り出しよったハッチ。次いで俺は、根底から揺さぶられてまうハメんなった。
「記換神機、ワタシ今回は使わなくてもいいと思ってマス」
「……は!?」
「もちろん真子サンがこれまで通り使いたい、使うべきとお考えなら話は別デス。ただ、そうでないなら真子サンのお気持ちを優先して欲しい。少なくともワタシはそう思ってるとお伝えしとこうと思いマシて」
「ハッチ、オマエ何でそれ……」
「あの時、思ったのデス。出来ることなら真子サンは、ここにいる真子サンのまま夏希サンと向き合いたいのでは、と」
“じゃー何で嘘ついてあげないの?”
――オッサンは凄いな。ぶっちゃけほんまの歳は知らんねやけども。
図体に反したのほほんとした気性。誰と誰が揉めよが眉下げてオロオロしよるハッチは、ほんま人ん気持ちがよう分かる。ほんで自分ことかてちゃあんと知っとる。しゃーから小っさいアイスの丸玉も、潰さんと渡せんねんな。
「……話せたらええな、とは思うてる。絵空事みたぁな願望やけどな」
「その時が来たら、ワタシもゼヒお会いしてみたいデス」
「っ!」
漏らした本音に応えるよに、今まで一度も言わんかった本心ニコニコ顔で口にしよったハッチに、ハッとさせられると同時に頭が下がる思いやった。叶う・叶わんやない。ハッチかて、それは同しやねんな。
「おおきにな、ハッチ。記換神機のこと、しっかり考えるわ」
「はいデス」
「それと夏希に会うてみたい思うてくれて、おおきに」
――心も身体もでっかいピンクのおじさんに、俺も会わしたりたいわ。
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