秒針の進む先 2
――ちょっと、自分を騙すんが上手なりすぎたかも分からんな。
空座町の空が割れよったあの日。バイト中、異変に気ぃ付いた俺が裏口で喜助に連絡入れた時、サッと血の気が引くんと同時に思っきし頬を張られたよな気分やった。
“……夏希が、そっちにおんねん”
何が起きてんてせっついて聞いたったものの、その時点で喜助から得られたんは、とにかくただ異常な速度で虚が集結しとるいう事実のみ。
しゃーけど、俺には原因どうこうの前に集結場所そのもんが問題やった。
付近にどんだけの人間がいてるかを考えたら、夏希ひとりが危険なわけやない。更に言うたら、そん中でもほぼ霊力が皆無な夏希が虚に直接襲われるよな確率は限りなく低い。
ちゅーても二次災害的に怪我を負うてまうぐらいの可能性は十二分にある。そんド真ん中にアイツが向かう先があるいう事実を前に、正直、目の前が真っ青なった。
せやっても俺は、どないしても夏希を迎えには行かれへんかった。
コトは虚が大挙して押し寄せよるよな異常事態。そこに技局の注意が向いてへんはずがない。徹底して霊圧を消したったとこで、万にひとつで捕捉されてもうたら全てがパー。
アイツには分かれへん危険を察知できる。すぐさま駆けつけたれるだけの足かてある。せやのに俺に出来たんはおりもせえへん親戚を殺して早退。ただ、アパート前で夏希の帰りを待つことだけ。
手立てはあんのに何もしたれへん。体はこないにも動きたがっとんのに、選択の余地があれへん俺は文字通り『人でなし』なんやな。そう痛感すると同時にひきつりよる喉から乾いた笑いが漏れた。
思い知ったわ。
こっち側の事情や辻褄いうもんを間に挟まんことには、俺は夏希と向き合うこともかなわへん。それは、どない時かて変わりようもない事実のはずやってんけど。
知らん間に俺は切り替え上手になってたらしい。頭ではイヤっちゅーほど分かっとったつもりが、まるであっこのアパートを境に次元が違うて、そこを介して俺らと夏希の世界が繋がっとるいうよな願望じみた錯覚まで持ってまうほどに。
しゃーけどこうして当たり前に空は繋がっとる。なんぼ俺らが遠ざけようと努めたかて、こないに霊的な災いがアイツに降りかかりよる可能性もゼロには出来へん。
全ては同し時空、同し舞台上のこと。
――紛れもない、それが現実やった。
「……真子。その、昨日はごめんな」
アホみたく気まずそな顔さらしたひよ里がすごすご謝ってきよったんは翌日、最終的に大虚まで現れる事態んなった前日の経緯を、アジトで皆なに伝えたった後んことやった。
修行部屋の定位置。隅っこの岩ん上で足組んでゴロ寝しとった俺は、言いよどんで俯きよった顔をジッと見遣る。何を言わんとしとるかは分かっててんけど、俺はそないなひよ里を敢えて笑い飛ばしたった。
「ハッ、何やねんいきなし。真夏に雪でも降らしよる気かい」
「ウチ、先にオマエに連絡するべきやったて――」
「関係ない。オマエは友達として夏希が心配で連絡してんやろが。そんことで俺とアイツがどないことなってもオマエには関係ないわボケ」
「……」
アッサリバッサリ言うたった俺の言い分に、フクザツそに顔をしかめて押し黙りよったひよ里。思わずふいって目ぇ背けた俺ん口からは、さっきの作りモンとはちゃう、は、いう自嘲まがいの息が漏れよる。
「――なんてな。ほんまのこと言うたらあの瞬間、もう潮時かも分からんて思うてもうたりもしたわ」
「真子、オマエ……」
「正直な、もう分かれへんねん。何が正しいんか、アイツんとって何が一番ええのんか。何もかんもサッパリや」
むりくり帰らした夏希を待っとる間、罪悪感とやり切れなさに責めたてられながら、せやっても俺はずっと、尤もそでそれらしい、見栄えのええ理由をアレコレ探しとった。
夏希はただの聞き分けええ女やない。
こまいことに気ぃ付くんと、気になんのとは違う。今までえらいラクさして貰た気もするけど、間違うても夏希は我慢しとったワケやない。単に何が大事かを上手いことちゃっと弾き出せて、それ以外はさらっと流せるだけや。性格的にな。
そん証拠にココっちゅーとこは絶対に外さへん。必要に駆られたら確実に切り込んできよる。しゃーから今度こそがっつり嘘吐いたるしかない。そないな覚悟はあった。
しゃーけどひよ里の電話があった時、この不自然をどないして取り繕えたもんやろか思うたら、しんなり首が折れてもうた。
このまんまワケも分からん不安を抱えさすぐらいなら、ここで記換神機使てラクにさしたるべきなんちゃうやろか。そうも思えたやんか。
諦めに沈み込むすんでのとこで俺を留めたんは、喜助と松田の言葉。
“アナタにだけある権限なんスか?”
“何も告げずに置き去りにするような真似だけはしないで下さい”
都合が悪なったらスイッチポン。はっきし言うて吃驚するぐらい簡単や。
しゃーけど、そないしてなし崩しに無かったことにしてラクんなんのは誰や思うたら、何が最善かまるで分からんようなってもうた。
――分からんついでに言い訳にして、繋ぎ止めたったようなもんかもな。
「まーそうは言うても俺からオマエに連絡入れとくべきやったわ。すまんな、みごっとに頭が回らんかってん」
「…………誰や」
「んあ?」
「誘引剤なんか使いよったボケなすはどこのどいつやっちゅーねん!」
何でこないなことなってんいう思いから、事の発端にふつふつ怒りが湧いてもうたんやろな。青筋ぴくぴくさしよるひよ里を横目に、俺は何とも言われへん心地んなる。
確かに俺も何てことしてくれてんねん思うたもんやけど、聞けばそん撒き餌自体にはあっこまでの力はないっちゅー話。ほな何でかって肝心のそこは分からんまま。
分からんまま例の死神少女は崩玉を抱えた身で強引に尸魂界に連れ戻され、分からんまま喜助が例の高校生男子に霊力を取り戻さして特訓を開始。8月アタマには、アイツは穿界門の準備に入りよった。
その間、俺は毎晩のよに夏希の帰りを待った。
思い出作りや罪滅ぼしなんちゅー小奇麗な感傷やない。今さら決心が揺らいだワケでも後悔も何もない。
ただ、なんぼ見苦しかっても一分一秒先を手繰り寄せたい思うぐらいには、俺は夏希が好きやった。
「うん、ちゃんと着いたよ。――はいはい、分かった分かった」
そっから暫く、バイト以外は鍛錬プラス今後の話を煮詰めてく為に真夜中なってまう毎日で、流石に寝とるとこ戻んのは気ぃ引けた俺は着替え程度しかアパートに帰ってへんかった。
ほんで昨夜は5日ぶりぐらいに飯も作ったって、夏希とキスケとまったり。
今日は深夜バイトのある拳西に合わして日ぃ変わる前に解散。帰りがてら電話してみたら、ちょうど夏希も飲み行った帰りやいう話やってんけど――
「……なぁ。オマエ、今日みたく時々ひとりで飲み行っとるみたいやけど、どこ行ってん」
「えっ」
先に戻ってた俺ん前で、誰かに電話で着いた報告しとった夏希。そん後は「あっづ〜」言いながら脱衣所直行。バッサー上脱いだとこ何となしに聞いたれば、何や思いがけずピタて止まりよったやんか。
ツッコまん方が良かったか? 思て首ぃ傾げとったら、ちょっと考えるよに唸りよった後、だいーぶ想定外なスポットが飛び出しよった。
「んー……オカマバー?」
「は?」
「いやオカマスナックか。規模的に」
「……え、何で?」
全力でポカンなってもうたものの「先シャワー浴びていい?」言うて苦笑しよるもんで、とりあえずドーゾーいう感じで手で浴室へ促してんけど。
中からシャーいう水音が聞こえても、暫く俺は腕組みしたまんま脱衣所の入り口から動かれへんかった。
「まー言ってみれば隠れ家みたいなもんかも」
「名前に翻弄されてきてんねんもんなぁ、オマエは」
しゃーけど、詳細を聞いたら色んな意味でめちゃめちゃ納得。ほんま、これまでの全てが今の夏希を作ってきてんやなて改めて実感したわ。
――何で俺みたぁなヤツと、こないな感じでおってくれんのかも。
「何やオマエの周りは素性不明な胡散臭いヤツばっかしやなー」
「あー、金髪パッツンを筆頭に?」
「いやそれは知らんなぁ。さらさら金髪つやつやパッツンの猫背の男前なら知っとんのやけど」
「なっが」
アホっぽく茶化しつつも、俺はこの期に及んで無性に怖なってもうた。
夏希を形成しよる日々のひとつひとつ。それが別のモンに塗り替えられた瞬間、その時間は何の意味ものうなってまうんちゃうやろか。
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