交錯する思い 10
何だか今までにない楽しみ方をしてしまった気もするが、とりあえず無事完走を果たした私たちはゴール付近の喫煙所で後続の4人を待っていた。
が、目にするのは悲鳴を上げながら駆け出してくるグループやカップルばかりで、歩く目印である彼等の姿は一向に見当たらない。
軽く一本吸い終えてしまった真子がトイレへ向かうと、それを見計らったように本日ふたり目の小さなヒーローがぼそっと口を開いた。
「ぜんぜん怖ないんか、アンタは」
「え? う〜ん、出そうな気配に背筋がぞぞっとなったりはするよ? ただ、やっぱ実物見たこと無いからなぁ」
「……そうかー」
ん?
ほんの一瞬、改めて私を見るように僅かに瞳を上下させたひよ里ちゃんは、続いてふいと目線を背けたかと思えば何か神妙な顔つきで気のない声を漏らした。
結局、怖いのは自分だけかと、つまらない気分にでもさせてしまっただろうか。
「おっ、やーっと出てきよっ……何や? どないしてん、あいつら」
拳西さんの紫タンクトップが見えた後、白ちゃん、リサちゃんと続いたはいいが、ラストの愛川さんが「いやぁ」というように頭に手をやりながら、何故か片目が飛び出ているお化け役の人と一緒に出てきた。
不思議に思いつつ、とりあえず行ってみようと歩を進めかけたところ、4人を正面にしたお化けの人の「もー勘弁して下さいよー」という嘆息混じりの声が聞こえた。
「……何か、怒られてる?」
「まさか、何か壊してもうたんちゃうやろな!?」
「え! だって全額弁償って言ってたよね!?」
「……」
「……」
「ええ〜」
「うえ〜」
苦い顔で顔を見合わせた私たちは、ゴールと喫煙所の中間という半端な位置で立ち往生してしまう。そこへ背後からコソッと現れた真子も、遠目から状況が見えたのか「あいつら何やからしてん」とひと言。
「真子、ちょおオマエ行って代表で謝ってきぃや」
「は? 何で俺やねん。オマエが行けや」
「皆なの不始末はオマエの不始末でもあるんとちゃうんかハゲ。オマエの不始末はオマエの不始末やけども」
「アホ抜かせ。ちゅーか何やねんそのお得感ゼロな剛田ルール」
原因も分からぬ内から淡々と代表役をなすりつけ合う兄妹。でも器物破損なら即刻事務所に連れてかれそうなものでは? と思った時、視界の4人がお化けの人に向かってペコリと揃って頭を垂れた。
「すんませんでしたー」
先生に怒られる生徒よろしく、まるで反省の色なしといった平坦な声が綺麗に揃う。次いで相手が引っ込むなり、私たちに気付いた愛川さんが「おー悪ぃな!」と陽気な声を上げた。
聞けば、ただ入るのでは面白くないので、ゴールまでに誰が一番多くお化けを見つけられるかというルールで、ルートも何も無視してあちこち全力でお化け探しを決行したそうな。
脅かすより先に次々に見つけられてしまったらしいお化けの方々。結果、他のお客さんの興をも削ぎまくってしまったようで、営業妨害甚だしい! とお説教を喰らったとのこと。いやそれは怒られる。
「……アホやろオマエら。ほんで誰が勝ったん」
「ハゲが。そんなん聞くまでもないやろー」
「えっ、な――」
続く「なんで」という私の問いは、けれどいつもの涼しい顔で堂々名乗りを上げた人によって喉の奥に引っ込むことになった。
「隠れとるもん暴くのにあたしの右に出る奴なんかおるわけないやろ」
「……威張るとこじゃねえだろが」
拳西さんのあきれ返ったツッコミにも、両手を腰に「負け惜しみは見苦しいで」と臆面もなく言ってのける姿がやたらかっこいい。同時に私は、ただのエロ本より青年誌の袋とじの方が格上だと豪語していた彼女を思い出す。
「あー楽しかった! なーんか走り回ったらお腹空いちゃったな〜」
「そういや昼飯食ってねぇもんな。夏希ちゃんも店から直で来たんだったよな?」
「あっ、はい」
――けれどこんな感じもまた、いつものことなんだろう。
向こうで呆れる人あれば、こちらではフードコートどこだっけ? とガイドマップを広げ始め、かと思えば「オマエ後続やったら大変やったな」とからかわれた人が、やかましわハゲ! みたいなことになっている。
そんな6人を眺める私はというと、一番難色を示しそうな拳西さんまでもがお化け探しに参加していた事実に、それはそれで見てみたかったな、なんてひとり思う。
いつも自由で破天荒にざわめいていながら、それでいて真ん中にはしっかりとした幹が通っているような、不思議なまとまりを持った集団。
多分これが、長く真子が見つめてきた掛けがえのない風景なんだろう。
ちぐはぐに飛び交う声に耳を澄まして、汗を誘う湿った風を、す、と吸い込み、目の前のささやかな光景に過不足なくピントを合わせる。そうして今この時を体感することが、私には何か凄く特別なことのように思えた。
特に話し合われることなく決定したフードコート行き。けれどそこに至っても選ぶメニューは見事にてんでバラバラ。「福神漬け山盛り乗っけてくれな」という声が聞こえたりと、何だか学食みたいで面白い。
「あ! まぁたそばなんか頼みよったなボケコラ。オマエ、今からそんなんでバテバテなっても知らんでほんまぁ」
「ごめん、夜はちゃんと食べます、です……」
ぶちぶちと苦言を呈しながら向かいに座る真子のプレートにはひつまぶしが乗っている。きっとああいうものを食べたらいいに違いないんだろうけど、どうもエアコンの一件から食欲不振気味。
それでいて酒やアイスは別腹という不摂生極まりない体たらく。今一度情けない思いに駆られた私の口からは何ともぎこちない謝罪が漏れる。
「何や最近のハゲは過保護通り越して殆ど小姑やねんな〜」
「アホかボケ! なんぼ夏希マジックいうよな技術持っとってもな、腰がしっかり座っとらんことには仕事にならんねんぞコイツは」
「基本立ち仕事だもんな。拘束もそこそこ長いんだろ?」
「えーと……でも居残りしなければ12時間くらい、じゃないですかね」
軽く鬱陶しそうな表情で冷やし中華を手に現れたひよ里ちゃんと、カツ丼とラーメンを乗せて現れた拳西さん。そして白ちゃんがハンバーグプレート、愛川さんがカレー、リサちゃんが讃岐うどんで全員が着席。
「あ、そうだひよ里ちゃん、来週の火曜って空いてる?」
「あ? まーバイト次第やけど、何で?」
「誕生日もうすぐでしょ? 一緒に買い物行かない?」
「なっ、べ、別にアンタにどうこうして貰う義理なんかないわボケ。……せやけどウチの前にコイツの誕生日があんねんで」
あからさまにごにょごにょツンツンする彼女に思わず向かいの真子とニヤけ合うも、一拍置いてからひょいと箸先で指された拳西さんは「あ?」と眉をひそめる。
「そんなこと夏希に言ってどうすんだバカ。俺は関係ねえだろ」
「あ、せやったらそん時コイツにやるモンも買うたったらええか。あーと来週いうたら次の次、やんな。ちょお待ち」
「オイ聞いてんのか! つーかマジでいらねえからな! 去年みてぇなジャストサイズの豹柄タンクとか!」
「あのテカテカは強烈やったな。流石のあたしも負けた思うたわ」
「でもぜーんぜん着て見せてくんないんだよー? 拳西のけちんぼ!」
思い立ったように言ったひよ里ちゃんは、必死に訴える拳西さんを全スルーで携帯を開きスケジュール確認に勤しむ。そんな中、次々に聞こえてくる情報でもって私の頭の中の拳西さんは一大事だ。
「ん〜明日ハゲ店長に聞いてみるけどなぁ、明後日は無理なんか?」
「あーごめん、明後日は講習入れちゃったんだ。時間的には行けなくもないんだけど、せっかく空座町だからお中元兼ねて大家さんの家にも顔出そうかと思ってて……」
ほな明日メールするな、と言うひよ里ちゃんの言葉に分かったと返しつつ、そっかー夏生まれはふたりいるんだ、などど暢気に思う。せっかくだし気に入ってくれてるメントンを何本かプレゼントさせて貰うのも悪くないかも、と。
けれどこの、何の気なしに口にした休日の予定。
――後にそれが私と真子、ひよ里ちゃんを、重苦しい不安の渦に沈めることになる。
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