交錯する思い 8
本職の戦隊役者さんさながらのショーを見終えた私たちは、着替えやミーティング等を済ませて合流するという本日ぶっちぎりのヒーロー久南白ちゃんを、パーク内の小さなゲーセンで待っていた。
炎天下から逃れたこともあってか、皆、入って暫くは「さすが白やな」と晴れ晴れとした顔で口々に彼女の活躍を讃えていたものだけど。
対する私は、もはや真子たちのお仲間に会うというより、殆ど『僕と握手』を待つチビっ子の心境。あんな身のこなしをする人は勿論、そういう類の中の人にお会いすること自体、後にも先にもこれが初めて。
しかし思いのほか時間が掛かっているのか、クレーンゲームや太鼓のそれなど、思い思いに入り口付近のゲームでちょろちょろ暇潰しを始めて程なく、ひとつの問題が発生した。
「ぜっっったい、イヤや!」
「そうは言うけどオメー、ここの売りのひとつみてぇじゃねーか。入っとかねぇ手はねぇんじゃねーの?」
「大体、んなもん子供だましに決まってんだ。遊びに来てんだからひやかしにつき合うぐらいしろ」
「せやひよ里、暑さでヘロヘロなっとる夏希の為にもオマエ、ここは空気読まなアカンで」
「え!? ちょっと待って、私ならもうぜんぜっ――」
「……」
……いや眼鏡越しの流し目が痛いんですけど。何かやたら鋭いんですけど。
確かに予想できなかったわけじゃない。愛川さんの言う通り、何と言ってもここの目玉は絶叫系とギネスを誇るお化け屋敷。だが涼を取るなら水ザブーン系もあるし、同じホラーなら私的には全力で稲淳アトラクションを推したいところ。
何より件のホラーハウスは徒歩で廃病院を巡るものと聞く。映画や怪談話は楽しめる私だけど、どうもこの類の追いかけられる系は苦手だ。ついでに言うと、原付に乗っていて無闇に停められるのも。
故にひよ里ちゃんという強力な味方がいた事実は非情に喜ばしい限りなのだが、いかんせんこのメンツで4対2はどうにも分が悪い。
「ちゅーかオマエはたかだか人がぶぁー! やら言うて追いかけてきよるだけのモンに何をそないにビビッとんねん」
「やかましわハゲ! 人間のがよっぽどえげつないっちゅーねん!」
しかし、どうも彼女は『お化けに扮した人間』がいたくお嫌いのよう。過去にお化け役にベタベタ触られでもしたトラウマか何かがあるのだろうか。最近は色々と厳しいだろうし、その辺については安心だと思うんだけど。
と、そこで背後で自動ドアがウイーンと開いた音がして、もわりとした生温い外気と一緒にハツラツとした可愛らしい声がこの場を一新した。
「おっまったっせー!」
「遅ぇんだよ、テメーは」
すかさず飛んだ拳西さんのぶっきらぼうな言葉を意に介す様子もなく、ごめんごめんと明るく返すその声に首だけで振り返る、と――
「あー! なっちゃん!」
おおお……。
ひと目見て、そのオレンジのポイントが効いたボディラインくっきりの白いライダースーツに目が眩みそうになった。何という神がかった曲線美。
それでいて、そんな素敵プロポーションの上にあるのは、くりっとした瞳が印象的なキュートなお顔。
「やーっと会えたねー! あたしが白だよ〜ん!」
リサちゃんとはまた違った破壊力を前に、ただただ圧倒されてしまう。そんな私の目前で茶目っ気たっぷりに敬礼してみせる彼女。ぱちぱちと瞬かれる長い睫毛。どうしよう、真剣に可愛い。つーか顔ちっちゃ!
「なっちゃん?」
「え! あっ、いや、えっ、とー……」
ゴーグルの乗ったピンクブラウンのミディアムショートが揺れて、反応の無い私に向けてその可愛い人が不思議そうに首を傾げる。慌ててあたふたと口を開きながら脳内でひしめく視覚感動を隅へ押しやり、言うべき言葉を弾き出す。
「川村夏希、と申します……。あの、本当にさっきのイエローやってた方、なんですか?」
「ふっふーん、完璧でしょー? この変装」
えっ
えーと、いやそういうことじゃなくてですねー……でもなるほど、変装か。
確かに、同じマフラーといえど中の人がこんな目立つ格好で歩いてるとは思わない。これぞ逆転の発想。凄いな白ちゃん。
「いやほんと、全然わかんないです」
「でしょでしょー? ほーんと便利だよねーウイッグ!」
あれ、そっち?
あ、毎回違った感じの格好しつつ、念の為ウイッグも色々変えてるってことなのかな。邪気のないニコニコとしたこの笑顔の下は、チビっ子たちの夢を担うヒーローとしての信念や誇りで満ち溢れているのかもしれない。
「かっこいいです、白ちゃん……」
尊敬いっぱいで私が漏らした途端に、ぶっ、と吹き出すような声がいくつか。ん? と思ったところでぽん、と頭に優しい感触が乗った。
「まー全員揃ったことやし、ぼちぼち行こやー」
まさかと思いその手の主を見上げれば、絶対気付いてるに違いない薄笑いを浮かべている真子。その証拠に目も合わせようとしない。人をダシに使っといて、こんにゃろう。
「ねー行くってどこにー? どこどこー?」
「うるせえなぁ、お化け屋敷に涼みに行くんだよ」
「ほんと!? やったあ〜!」
「これで6対1だな」
「え! いや愛川さん5対にぶふっ……」
慌てて訂正の声を上げかけるも、頭上から降りて来たその手に口元を覆われる。ジタバタしながら足払いを掛けて手を離させようと試みるが、背後からでろーんと体重を掛けられ身動きを封じられてしまう。
「文句ないな? ひよ里」
「アンタひとりで入るわけやない、心配せんときゃあ」
……くっそう、リサちゃんってば私も入りたくないって気付いてるくせに。
むっすーとした顔でそっぽを向いたひよ里ちゃんへ「私もやだよ! やなんだよ!」と言葉にならない声でウーウー叫ぶしかない私だった。
戦地へ向かう途上。先頭はリサちゃん、羅武さん、拳西さんの3名。
次に、殴るな・蹴るなに加え『殺すな』などという物騒なワードを用いてまで念を押す真子と、未だフテ腐った様子でそれを聞くひよ里ちゃん。
「なっちゃん、髪の毛おろしてて暑くないのー?」
「えっ? あー、実は首の後ろだけ日焼け止め塗り忘れちゃった上に車に置いてきちゃって……てか白ちゃんこそ、暑くないの?」
そして最後は「敬語なんてなしなーし!」てな命に従って言葉尻を意識しながら会話する私と、すれ違い様に向けられる視線の数々を物ともせずルンルンで話す白ちゃん。
といっても正しくは、周囲の視線を欲しいがままにしているのは彼女ひとりではなくこの集団。それは恐らく、ここにローズさんが加わったところで同じこと。
――残るハッチさんという方も、例に違わず個性的な人なんだろうか。
「ぜーんぜん! 意外と通気性いいんだよー? これ。あっ、今度なっちゃんも着てみるー?」
「え! い、いやそれはいいよー」
「えー何で何でー?」
「や、そういうのはほら、白ちゃんみたいな体型の人が着てこそだって」
「そーんなことないってー。リサちんもなっちゃんの体のこと褒めてたよー?」
「マンネリ防止になるんやったらあたしのセーラーも貸すでー」
前方からすかさず吹っ飛んできた声に目の前でガクンとうな垂れる真子。
その相変わらずな地獄耳と抜け目ないセクハラいじりに苦笑しながら、私の頭には先日松田くんが零した言葉が浮かんでいた。
“……それにあの人には多分、大事な人がいると思いますよ”
直接からかったことなど無いのだが、いい加減こちらが楽しんでいる態が鬱陶しくなったのか、理想と現実は違うだなんだと突如弁明まがいのことを口にしてきた彼。
無論、それはリサちゃんに幻滅しただとかそういう事ではなく、理想には変わりないが、それと本気で好きになるかどうかは別の話だという一般論を掲げたつもり、なんだろうけど。
“力になれることがあれば力になりたいとは思ってます。だから面白半分で会わせなければよかったとか余計なこと考えずに、夏希さんは平子さんとバカップルやってればいいんです”
その鋭い観察眼で以って見抜いてしまった何かに、憧れに留めておくストッパーを掛けざるを得なかったのだと、気付かないような付き合いじゃない。
「……なに言ってんだかほんと」
行きどころのない気持ちを抱えてそれぞれの部屋で佇んでいたあの頃とはもう違う。私も松田くんも、自由な存在だ。そんなことはお互い分かっている。
――にも拘らず、私たちは今も5階と1階で、とっとと幸せになりやがれと余計なことばかり考えている。
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