交錯する思い 6
「クリーン戦隊、ウォッシャマン?」
「らしいで」
「ウォッ、シャ?」
「食いつくんソコかい」
ハッと軽く笑って、空調をいじっていた真子の指がダッシュボードの上の紙を取って助手席の私に差し出す。左手でそのショーフライヤーらしきを受け取りながら、シートベルトを引っ張って身を捩る。
カチとはめ込んで改めて目を落とすと、『大清掃』とでかでか真ん中に書いてある下に赤、青、緑、黄、ピンクの5人が拳を見せつけるようなガッツポーズでずらりと並んでいる。
そしてその黄色スーツを纏ったお方こそ、今日これからお目に掛かる久南白ちゃん、なのだそう。
「まぁたえらい安直やなー思うててんけど、これが意外に幅が出せるコンセプトなっとるんやと」
真子が言うには、ひと言にクリーンと言ってもその対象を限定していないことから環境美化やいじめ問題、ひいては時の心霊ブームに乗っかって悪霊怪人の魂を洗い清めるなど、長く多方面からのアプローチが可能なのだとか。
「よく考えられてるねー! えーと、なになに? 決め台詞は『ウォッシャ!ビクトリー!』だって。あーそれでウォッシャか。ボハハハ人気を超えちゃったりしてね」
「んあ〜どうやろなぁ、アッチはあれで一応モノホンの霊媒師らしいしな」
「だからこそじゃない? いくらあのノリでも何が起こるか分かんない心霊スポットにチビっ子を連れてく親はいないだろうし……あ、このガッツポーズしながら言うんだって」
「……ちゅーかオマエ、そないガチで予習せんでええからちょお寝ときや」
呆れ気味な声が聞こえ、視界の隅に灰皿を開ける真子の手が映る。それを見て私も出発前に一服しとこうと顔を上げると、思いのほか近くにあった横顔とピタと視線が絡んだ。
「……っ!?」
いつもの感じで何となく軽く唇を合わせるも、思いがけずひやりとした感触が口内を這い回り、更には胸元にまで伸びてきたその手を私はこらこらとばかりに慌てて掴まえた。
すぐさまハッとしたようにパチと開かれた薄い瞳を「何をしてらっさるんですか」の意を込め細目で見据える。ややあって、自分に吃驚している様子だった真子がケタケタ笑い出し、つられて私も笑ってしまう。
「あっぶな、シチュエーション負けするとこやったわ」
「なに、どういうこと?」
「やーすまん、何やこの狭さに焚きつけられてもうてん」
「あー、密室スイッチ的な?」
「おーそれやそれ。何や、まだまだ若いなー俺も」
「あはは、自分で感心しちゃうんだ」
「せやかてオマエ、そう思わなただの頭んネジゆるゆるなった危ないオッサンやんけ。真昼間のコイパーやで? しかもオマエの弟ん車」
沸いとんなー新種の熱中症か? だの言って首を捻りながら、煙草を咥える真子。突発的ダラけたい病といい、ここのところ真子も私も、何かにつけ煩悩と格闘している気がして何だかおかしくてしょうがない。
笑いすぎやとはたかれつつ、頭上高くよりフロントガラスを透過する日差しの眩しさに、やっぱり夏という季節には魔物が潜んでいるのかもしれない、なんて思った。
「お、来たな。よぉ、アレすっげぇ調子いいぞ!」
「そこらのトニックみてぇにゴワゴワしたりもねーもんなー」
「アンタその髪型でゴワゴワがどうもないやろ、羅武」
「ウチの髪かてサラッツヤやねんで!」
「アホか。サラツヤいうんはホレ、こん髪の為にある言葉や、ボケ」
「……」
私の顔を見るなり、銀髪イケメンから唐突にふっ飛んできたその話題。
久方ぶりな人もいることもあって少しの緊張を携えていた私をよそに、ボケてはツッコまれたり、首を振ってツインテを揺らしてみたり、その眼前でこれ見よがしに直毛金髪を払って見せたり。
その相変わらずのテンポの良さに呆気に取られつつ、スースーし隊ここに集結せしだ、とぼんやり思う。というか、本当にこれが先月シリアスな大喧嘩をした人たちなのだろうか。正直、想像もつかない。
「よっしゃ、ほな買出しや買出し! 夏希、アンタも付いてきぃ」
「えっ! あ、うん」
目前でやいのやいのなってる光景を感心に近い心地で眺めていたら、不意に名を呼ばれ慌てて声の主に焦点を合わせる。と、こちらへ向かいながら、アンタらかて飲みモンいるやろ、とひよ里ちゃん。
聞けばこの会場近くにつぶつぶ虹色アイスのショップがあるそうで、それを買いに行くのだとか。腕時計に目を落とすと午後1時を少し回ったところ。ショーは半からのスタートなので20分ちょっと余裕がある。
「真子はコーラ?」
「おー頼むわ」
「おっ? 何だかちょっと見ねえ間に随分とツーカーっぷりがサマんなったじゃねーの」
「夏希、アンタ昨日は真子とヤったん?」
「ばっ、リサお前! こんなガキがゴロゴロいるような場所でなに飯食ったみてぇなノリで聞いてんだ!」
あーあ、と思ったところで「ソコいっちゃん乗っけられたらアカンとこやねんで拳西」と真子が嘆息混じりに指摘。は? と訝し気に片眉を上げる拳西さんに、すかさずリサちゃんの意地悪カウンターが飛ぶ。
「拳西、アンタ何の話や思とんの? あたしが言うてるんは2人でタイミング合わせなあかんリズムゲーの話やねんで」
「……っ!」
案の定、ぐっ、と絶句して露骨に頬を引き攣らせた拳西さんを生温い表情で眺めたまま「何ちゅーゲームなん?」と聞いてくるひよ里ちゃん。じっと見てはいけない気がしながらも、横の私も視線を外せずに声だけでそれに応答。
「リズムヘブン」
「ウチも今度やる」
「うん」
「……行くで」
「うん、そだね」
アホだなんだと茶化しても貰えない彼を気の毒に思いつつ、ひよ里ちゃんから普通にまたうちに遊びに来る意志が覗えたことにひとり安堵する。
昨日の様子からしても、要するに仲間内のこととバイトで立て込んでただけでメールは杞憂。寧ろ、行かないのか行けないのかを明確にしてくれるようになったのかも、と悉く都合の良い思い込みで胸を納めた私だった。
開始10分前。トラスで組まれたルーフ付きの特設ステージを正面に、後方のパイプ椅子に横並びで腰掛けた私たちは、カラフルなアイスでひと時の涼を得た。
が、そうは言っても真昼間の炎天下。持参したソフトキャップのおかげで顔への直射こそ無いが、内部にじわじわと篭る熱も然ることながら、髪で遮断した首元が暑くて仕方ない。
「纏めちゃおうかなぁ……」
「無様に焼けたいんかノーかイイエで答え、夏希」
「…………イイエ」
「ほな我慢せえ」
――何もそんな睨まなくても。
旅行の特急電車の時といい、真子はこと日焼けに手厳しい。何かある度、オマエはもうサーフィン頑張っとる乙女ちゃうねんぞ、と懇々と窘められる始末。だがベースの白さから透明感から全てが上回るその顔で言われてはぐうの音も出ない。
ふう、と小さく息を落としたところで、ステージからテーマ曲と思しきBGMが盛大に鳴り始め、視界にいる子供たちが期待に満ちた表情で一斉にそわそわし出した。
そこで真子を挟んだ向こうにいるひよ里ちゃんが前屈みになり、爛々と瞳を輝かせながらこちらを覗き込んで「夏希、決め台詞でどないするか分かっとるか」とひと言。
「『ウォッシャ!ビクトリー!』じゃないの?」
「アホ、それは白たちの台詞や。そん台詞と決めポーズが出たら、ビクトリー! 言いながらガッツポーズやで、ええな!」
「……オマエら、やる気満々マンかい」
「なに言うてんねんハゲ、白の晴れ舞台やねんぞ? ウチらが盛り上げたらんでどないすんねん!」
意気揚々と言い切ったひよ里ちゃんに、へーへー言いつつ、ハンチングの下で薄っすら嬉しそうに笑みを浮かべた横顔をバッチリ目撃。
それを見逃さなかった嬉しさ余って今度は私がニヤけてしまい、けれどアッサリ見抜かれたそれに、すぐさまハァ? という顔で「何やねん」を頂く。
「ふふ、や、ちょっとイイもん見ちゃっただけ」
「……」
真横から突き刺さる視線を感じながら、このメンツが喧嘩してるところなんて想像できない方がいいに決まってるな、と改めて私は思い直した。
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