交錯する思い 5
「っん、あ゛ー……しっかし毎度のことながらかなわんなぁ〜」
昼時んピークを越えたとこでかかる、一服いいぞーいう天の声。従業員用に煮出したウーロン茶片手に這々の態で裏口から外へ。本能が求めよるまま何より先に口つけたペットボトルは、今日もアッちゅうまに軽なった。
今となっちゃ何軒目かも分からん飯屋のバイト。ある程度レシピやら何やらを覚えてまえば、後は感覚でやってけるぐらいには慣れたもん。しゃーけど、厨房が灼熱地獄なるこの季節だけは話が別や。
ガス炊飯器から出よる湯気、6つのコンロはフル稼動。体感で言うてもさらっと45℃は固い中、頭からスニーカーまで全身ドロッドロ。俺はナメクジかっちゅーねん。
換気せな換気、思てキャスケットちょお浮かしてみれば、中でびっちりなっとった髪がもふぁって一緒に持ち上がりよる。ヅラが取れる時てこない感触なんやろか。今更やけど、くくれるぐらいには伸ばしとくんやった。
今夜は洗うてくれなんか言えたもんやないやろなぁ……。
約束を明日に控え、今夜夏希は母ァちゃんちに車取りに行かなアカン。更に明日の午前中アイツは仕事。そこへ俺が拾いに行くいう流れからして、半休や言うてもゆっくりするよな余裕は無い。
そないして俺ん頭はいともアッサリ現実的なとこに落ち着きよる。同時に、何や軽くいらち入ってごっそりモチベーションが下がった。
“何だろ、暑いからかね? 冷房の効いたこの部屋で真子と気の行くまで寝て、ダラダラを貪る贅沢にどっぷり浸りたい、とか思う日もあるっていうか……や、もちろん思うだけだけどさ”
――どっちが行けなくさす気やねんっちゅー話や。オマエそれ、まんま下の句やないかい。
仕事に対する気概を知っとる分、夏希の口からそんなん聞けるとはまるで思うとらんかった俺は、月曜の不意打ちにはなかなかダイレクトに射抜かれてもうた。
これまでかて特に不満はなかってんけど、正直かなり色んな感情を言葉にしてくれるようなった思う。それはやっぱ、純粋に嬉しい。
せやっても夢や霞だけ食うて生きて行けるワケもなし。場当たり的にグダグダ言うたとこで、火曜から今日までいつも通り、こうしてせっせと食い扶ち稼ぎにかて来とんのやけど。
ただでさえ煩わしい境界抱えとる自分を思うと、バイトがなんぼのもんじゃい! 馬に蹴られていてまえやコラ! なんちゅー気分にもなる。
時間が足りひん。 ここにきて、無性にそないに思う日が増えた。
プラスで俺をぶすくれた気分にさせよったんが、昨日かかってきよった喜助からの電話やった。
“いやー珍しいお客サンがいらっしゃったもんスから、一応お耳に入れとこうかと思いまして”
“こんな風に関わり続けていいものか。自分の中でそれがハッキリしないままどんな顔して会ったらいいかって、そういうことみたいっスね”
何や状況に進展でもあったか思たらまさかの身内ネタ。俺の緊張を返せっちゅー話や。大体あのアホは何の相談しに行っとんねん。あまりにガックシな話にしばらく俺は絶句やった。
「…………すまん。そないにめんどい動きしよる前に、俺に何や言うてくるやろ思て放っといててん」
「いえ、彼女もあれで気ぃ遣ってるんスよ。今がどういう状況か分かってるからこそ、彼氏である平子サンとの間に自分事を差し挟みたくない。そんなとこでしょう」
「あのボケ……せやかて何もわざわざコイツんとこまで行かんでもええやんけ」
ほんでもってこないにボソて漏らそうもんなら、誰かサンと同しでキッチリ拾いよるんがコイツやねん。
「おや、お兄サン的にはアタシが相談相手じゃ妬けちゃうっスかぁ〜?」
「なっ!? アホぬかすなアホ! 喜助のアホ!」
「ふふー、珍しくボキャ貧っスねぇ、平子サン。ま、近いから言い難いことってのも――」
オマエにだけは嫁にやらん、言うてプチって強制終了。もう俺は決めた。アイツほんま次会うたら絶対シバいたる。そしてもう二度とテイクツーには乗ったらへん。誰がボキャ貧やねん! 『アホ』の万能さ舐めんなや!
――やら思いつつしっかりお膳立てしたる俺も、ええ加減『妹』に甘すぎるんかも分からへん。
「もしもし、お疲れー。もうすぐ駅つくよ」
「おーお疲れサン。いやそれがなぁ、ちょお俺ヤボ用出来て行かれへんくなってもうてん。すまんなぁ、くっついてく言うたん俺やってんに」
「あ、そうなんだ」
さらっといいよいいよー言いよった夏希の後ろからは、大通りらしい喧騒が聞こえる。週末に二日続けての徒歩通勤。こら明日の行きん車で寝かしたるべきやな。
「じゃーさくっと借りて帰るね」
「あー待て待て。そん代わり、どぉーーーしてもオマエと一緒行きたい言うヤツ派遣したったから、よろしゅうな」
「え? …………あれ、ひよ里ちゃん?」
夏希が言うなり電話越しに聞こえた、遅いっちゅーねん! いう聞き慣れたどでかい声。何やむりくり行かしたった感じやったけど、ようやっと踏ん切りつきよったか。ヤレヤレやな。
「ま、そういうワケやからとっとと仲直りしたってや」
「は? なに仲直りって」
「何や、倦怠期やったんちゃうん?」
「え! ――私たちって倦怠期だったの? って、痛っ!」
ハァ!? に続いて、なに気色悪いボケに乗せられてんねん! やら、ウチはアンタが思うてるほど暇やないねんぞ! やら何やら。
ヤイヤイなっとる向こう側の空気に思わず「ふっ」て笑うてから、俺はそっと電話を切ったった。ま、理由なんか言えたもんやないし、言う必要も無いわな。
ちゅーか俺めっちゃええヤツやん、やらひとしきり自己満に浸った俺は、帰る頃を見計らって三人分、今日はそうめんチャンプルーにでもしたるかー思いながらホールん座席にゴロンて横んなってんけど。
“関わるも拒絶するも、ひよ里サン、アナタにだけある権限なんスか? アナタが人間じゃないから? だったら端から友達になんかなっちゃァいけない”
そこでふと、喜助がひよ里に言うたっちゅー台詞が浮かんで、やっぱしテイクツーまでは付き合うたるか、なんか思い直した。
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