交錯する思い 3
「あ、お帰りー」
「ああ、お父ちゃんお帰り」
「……」
何やかんや言うておもろかった飲み会から帰還。いつも通り、帰ったでーやら言うてリビングのドア開けたったものの、何や色々、色々おかしい。
さぁて何をどっからツッコんだろかーいうジト目を送ったりながら、まずは水や思うた俺が冷蔵庫むかう間にも、おかしい状況は俄然続行。
「あら、何や手ぶらやないの。使えへんお父ちゃんやなー」
コレや。ったく世の働くオトンたちの苦労が偲ばれるわぁ〜って、そない話ちゃうわボケ。ちゅーか……。
「……もしもしなっちゃん? ちょおこっち来て貰えます?」
俺が呼んだ声に、ゴミ箱ん周りにポツポツ咲いとるティッシュん花拾うとった夏希の肩がギクて上がりよる。ちゅーかソレも何やねん言いたいとこやけど、何より今はこっちの話が先や。
おいでおいでしたった俺ん人差し指に引き寄せられるよに、あからさまに気まずそな半笑いでカウンターん中に来よった夏希。おーし、今日もええ感じにしっかり前髪上げとんな。
「オマエは何をこっ恥ずかしい身内ボケさらしてんねん!」
「いって! や、ごめん。あんまりさらっと聞かれたもんで、つい……」
「しゃーからそれがアイツの手口やねんて!」
言いながらカウンターの向こうにいてるオサゲ眼鏡をビシて指さしたれば、「おいしいネタおおきに」言わんばかりのしたり顔で抱えとるキスケの腕ぇぴこぴこ振って見せよった。うわ、うっざ。
「ま、何やかんやあんたらもしっかりバカップルやっとるみたいで安心したわー」
……しゃーから何やねん、そん世話好きなオバハンみたぁな体は。実際んとこオマエ、ひたすら愉しんどるだけやないかい。
心ん中で盛大に悪態吐いとる俺をよそに、リサは夏希が拾い集めたティッシュんひとつを手に取って、片手でシュッと籐のゴミ箱めがけて放りよった。
見事綺麗な放物線を描いたそれは、音もなくスポッてホールインワン。何やアイツ、やりよんな……って、そうやのうてやな。
「やー、しかしリサちゃんホント上手いよねー」
「夏希、アンタまだ手首のスナップ甘いねんで」
「……ちゅーかオマエら久々に会うて何をしてんねん」
テーブルん上の5号缶や菓子ん袋なんかは普通に分かんねんけど、女同士ガールズトークもそっちのけでティッシュートて。いやガールズいう歳でもないけども。両方。
しゃーけど、よう考えたら2人ん時かて全力でクイズ番組に参加したり、生首に設定つけたりやらアホなことばっかしとんなぁ……ちゅーか世のカップルは家で何してはんねやろ。
「手首のー……スナップ!」
そんなんボヤー考えながらゴクゴク水飲んどったら、リサに指摘されたポイント唱えつつ夏希がリベンジ。しゃーけど飛距離が伸びひんとポテっと手前で落ちてまう。
ほんなら、すかさずキスケがヒョコヒョコ向かいよってソレをてしてし。
「なぁ、奥ん壁使うたるつもりでもうチョイ肩入れて放ってみぃや」
「え? あ、そっか壁かー」
そないにひと声かけたった俺がカウンター回ってソファに落ち着くと、見たとこ夏希は振りかぶってからどのタイミングでスナップ効かすか自分の腕見ながらシミュレーション中。
そん動きを追うとった俺とリサを加えた3人の視線が、そん先にあるゴールに向いた瞬間――
「ぶっ……!」
「げっ、キーパー出現した」
よし来い、言わんばかしに目ぇ爛々とさしてゴミ箱ん前に鎮座しとる灰色の主。
ごっつハードル上がってもうたそない展開にも、フェイントかけたりしながら夏希は何度も果敢にトライしてんけど、ジャンプして掴まれたり、はたき落とされたりと、そんリーチの長さを前にあえなく降参。
――ま、正確に言うたら、笑い過ぎてコントロールも何ものうなってもうてのリタイアやねんけどな。
「あら、何やもう日ぃ変わっとるやないの。ほな邪魔モンは帰るとするわー」
「え、てか寧ろ泊まってった方が危なくないんじゃない?」
「ああ、それなら大丈夫や。――ほら、さっさと行くで」
「ったく、世話の焼けるやっちゃなぁ」
そらそうなるわな思いながら渋々立ち上がるフリ。俺んしてみりゃセーラー服着て飲酒すなっちゅー話やけども。
……ま、そうそうあることでもないしな。
「ティッシュートの前は何しててん」
「ネット見ながらグラビアアイドルの品評会や」
「……ほんっまアホやな、オマエら」
時間潰しに付き合えやー言うて、念のため気配も消して屋上へ上がった俺とリサ。手すりを背にしゃがんでライターに手ぇ掛ければ、ポッと灯った火がゆるい湿った夜風に頼りなく揺れよる。
こない陽気の夜に夏希のアホと空中散歩でも出来たら最高やのになぁ、なんかしょうもないこと思いながら俺は咥えた煙草に火ぃ点けたった。
「……何やあたし、今日でちょっとひよ里の気持ちも分かった気ぃするわ」
「んあ?」
俺とは逆に、外向きで手すりに腕乗っけとるリサんこと見上げてんけど、案の定そん横顔はいつも通り。いつも通り過ぎてサッパリ読まれへん。
「完全ふたりは初やったけど、普通に楽しかったで。ノリええやん、あの子」
「あ〜、無駄になぁ……」
「せやけど無理に合わしとるいう感じもせえへんし。そのうえ猫もおるしで何や和んでまうな、あそこ」
なるほど、リサもあっこのバリアフリーを体感したちゅーことか。まー何せ間口広いねんもんなぁ、アイツ。
しゃーけどジョーみたいな例外かてちゃあんと存在しよるし、ほな何基準やねん聞かれたら正直俺もよう分かれへん。ジャンルなんか悉くバラバラ、つき合いの長さ深さいう物差しも無さそやし。ぶっちゃけ夏希自身、意志やら何やらの前に、単純に己のアンテナに従うとるだけなんかも分からんな。
ともあれ俺に分かるんは斉藤サン時と同し、無理に合わさなアカンよな相手をアイツは誘わへんいう、ただそれだけ。
「何したわけでもあらへんのにね。ただ、」
「んあ……?」
まー楽しかったんなら何よりや思いながら、ゆらゆら斜めにたなびいて行きよる煙をボー見とったら、何やリサが思わせぶりなタメを入れよったやんか。何や? 思て、もっぺん顔ぉ見上げたら――
「女の顔の好みは合わへん」
「どーでもええわ!」
「せやけどその合わへん感じがまたおもろいんよ。『いやでもこの子の唇も捨てがたい』とか、ほんま口惜しそに言うねんで、あの子」
……女ふたりで全力で品定めし過ぎやろ。いや別にええねんけども。
こら日曜は拳西ドン引きの連続なるんちゃうか、やら妙な心配がよぎって苦笑いが漏れた俺やけど、続いて降ってきよった感慨深そな声には思わず目ぇ見張ってもうた。
「何やろね、自分らで造ったせせこましい世界で窮屈そに生きよって、ほんま人間てドMな生き物やなー思うし、あたしは夏希のこともよう知らへんけど、でもあの子の人生は何やおもろそうやわ」
「……ふっ、えらいヒトゴトやなぁ」
「アホ、当たり前や」
「ま、そうやろな。しゃーけど、」
真似っこしてタメたれば、眼鏡越しにチラて横目で見てきよるリサ。そん顔に俺は思っきしニィーしながら言うたった。
「なかなか可愛いヤツやろ?」
自分は異質な存在やて意識しながら、しゃーけど時に目ぇ瞑りながら、そんバランス取って生きるんが随分上手なったよな。
「……アンタの惚気には興味ないわ」
俺も、オマエも。
- 147 -
[*前] | [次#]
しおり
ページ:
章:
Main | Long | Menu