動き出す過去 8
「あ、もしもし平子さん? こんばんは! 実は今日大口が取れて直帰OKになったんだけどね? とはいえ先月ダメダメだったから褒められたもんじゃないんだけど我ながら今日は――」
……夏希の携帯が弾丸仕様なっとる。
おかしい思て耳から離して履歴確認したんやけど、やっぱし確実に俺は夏希の番号に発信しとる。おーほな今喋っとるん夏希っちゅーことやんな? ほーか今日は契約取れてんねやーそらおめでとうサンやなー……って、んなわけあるかい!
何でやねん思て液晶見ながらハァ? なっとったら受話口から『なっちゃん』いう言葉が聞こえたもんで慌てて耳に当て直したった。
「――でね? うちで一緒に飲んでたんだけど途中で寝ちゃったのよー」
「んあ、夏希がですか……?」
通話開始から約5分、俺ようやっと自分の声帯使たなーなんか思いながら聞いたら、すぐに肯定とプラスαが1対9で返ってきよった――要するに、階段で会うて部屋飲みとしけこんだら、夏希のアホが寝てもうたんで代わりに電話出てんやでっちゅー話。
一瞬、何や珍しいな思うたものの、よう考えたら雨ん中の慣れへん徒歩通勤が続いて、丸々2週間休みらしい休みものうて。そん中にも色々あった上で今日の本番こなしてきてん。そら気ぃ抜けたら疲れも出るっちゅーもんやろな。
ここんとこおったりおらんかったりの俺も、好きに帰っては寄っ掛かってばっかしやしなぁ……。
「そんな訳で何だかグッスリみたいだから電話あったって明日の朝にでも伝え――」
「すんません斉藤サン、これから寄らして貰うてもええですか? 連れて上がりますわ、俺」
「……そう? あ、私なら構わないわよー?」
「しゃーけど男同士で一晩共にするなんかキスケかておもんない思いますやんか」
それもそうねー言うて高らかに笑いよる斉藤サン。何や知らんけど初めてマシンガン止めたったな思いながら、ほな後でー言うて電話を切る。
……ちゅーか、今さら気ぃ付いてんけど何で俺ずっとあの人に丁寧語なんやろ、そん時点で負けとるやんけ俺。
まーええわ帰るかー思てウンコ座りしとった腰ぃ上げたら、ホールん入り口からひよ里がムッスーいう顔ぶら下げて出てきよったんが見えた。
「何やその顔。まぁだ何か不服なんかい」
「……チッ、誰も不服なんか言うてへんわハゲ!」
あ? いう感じで振り向きよった思たら、がっつり舌打ち付きでメンチ切ってきよる。これで「ワレどこ中じゃコラァ!」やら言いよったら立派な子ヤンキーや。ジャージやし。
「しゃーけどそん割にはオマエ、ここんとこず〜っと機嫌悪いやないかい」
「オマエには関係ないわハゲ! オマエこそ何ちんたら黄昏てんねん! あーキショ!」
……ったく、口の減らんガキやなぁ。
捨て台詞残して瞬歩でピュッと行きよったん見送った俺は、こら予想以上に難儀なことなっとんなー思て頭ぁバリバリ掻いてもうた。
ピーンポーン
「こんばんは! どうぞ入って入ってー」
「うをっ……! んあ、あぁ……お邪魔しますー」
インターホン鳴らしてパタパタいうスリッパん音が聞こえた思たら、ハーイも何もなしにガチャ、ブン! て扉が開いて。
勢いで揺れた俺ん前髪が戻るか戻らんかぐらいの間ぁで、ドア押さえて半身になりはった斉藤サンに中へと促される。
一連の衝撃冷め遣らんまま、俺は開いた瞳孔キョロキョロさしながら未踏の空間は斉藤テリトリーに踏み込んだった。シューズボックスの上には造花が飾ってあったりで、見た感じ夏希のとこよかよっぽど普通やのに、何でか奇妙な緊張を覚えてまう。
……って、完全呑まれとるやんけ俺。
おずおず廊下を進んで行った先、扉の開いとったリビングに入ると、掛けて貰たと思しき毛布から顔だけ覗かしとる夏希をソファに発見。
そん前のテーブルに目ぇ遣れば、数本のビールやらチューハイやらの缶に混じって、何や見覚えのある瓶があったやんか。
「え、ひょっとしてアレを2人で空けはったんですか……?」
「ん? あーそうそう! お祝いしようってなっちゃんが持ってきてくれたんだけどめちゃくちゃ美味しかったわー! 度数の割にやわらかい味わいで――」
後に続いてきはった斉藤サンの喜々としとる声も半分に、近寄ってラベル確かめてんけど間違いない。例の琉球土産、60度のごっつい泡盛や。
……おいおい、こんなんガバガバ呑んで明日大丈夫なんかいな。
しゃーけどそんなん思うてたら、お言葉に甘えて3分の2ぐらいは私が呑んじゃったんだけどーいう台詞が聞こえたやんか。何やそーかー思て一瞬ホッとした俺がすぐにハァ!? なったんは言うまでもあらへん。マシンガンで酒豪てどんだけ無敵ングやねん!
オマケに何時から呑んでてんか聞いたら夕方6時ぐらいっちゅー話。夕立ち見送った俺がアジト着いたかぐらいん頃やんけ。
「すんませんなぁ、こない遅くまで……」
「え? 違う違う! なっちゃんにいつも色々聞いて貰ってるのは私の方なのよー今日だってお友達の結婚式で朝から出てたっていうのに――」
スースー眠りこけとる夏希の上体よっこいせて起こして、両腕を俺ん肩に掛けさせながら淀みなく続きよる斉藤サンの話に耳を傾ける。
「聞きたいんやと思いますわ、夏希は」
「――だけど今日は〜……えっ?」
「聞かされたんでも聞いてあげたんでものうて、聞きたいんやと思います、斉藤サンの話」
ちょびっとだけホッて弾みつけて背負うたったものの、左の耳元で聞こえるんは相変わらずの小っさい寝息。自分ん部屋ばりにマジ寝かい。
しゃーけど、そこで俺はアレ? なった。
おかしい、夏希の寝息しか聞こえへん思て顔上げたら、何や意味ありげ〜な表情の斉藤サンがこっち見ながら顎ぉさすってはったやんか。無言で。
放送事故か? やら思て、もしもーし? いう風に眉寄せて様子を覗ったれば「あぁ」みたぁな顔でさらっと言いはった。
「ううん、ちょっとなるほどなって思っただけだから気にしないでーふふふ」
……え、何が?
いや、サッパリ分かれへんけど、迂闊に食いついてめっちゃリロードされたマシンガン発射されてもかなわんし、まぁええか。
しゃーけど1日に2度も止めたったなんか快挙や思いながら、ほな夜分すんませんしたーやら言うて、俺はその場を〆たった。
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