動き出す過去 6
「ハァ〜……」
憂鬱を抱えての帰り道は何でこないタルいんやろ思いながら、傘先からポタポタ滴りよる雫越しに延々続く屋根の海を眺める。
夏希は打ち合わせ後、聞いてた通り新婦の新居用の買いモンに付き合うたかなんかして、俺の出るちょっと前に帰ってきよったまんま部屋におる。
“そりゃ、皆なが仲良くしてるのは羨ましいよ? だけどあたし、混ぜて欲しくて言ってるんじゃないもん!”
ほんまはちゃっちゃ帰って夏希とまったりしたいはずが、さっきまでのやりとりが頭に浮かびよる度どうも気ぃ重なってしゃあない。
白は普段あない調子やしアホやけど、せやっても当たり前に白にも白なりの思いっちゅーもんがある。そんなん分かっとる。しゃーけどまさかあっこまでモロにぶっけて来よるとは流石に俺も想定外やって、何ちゅーか勢い余って――
“ええで、白。俺から聞いといたる”
……やら、言うたもののや。
土日どっちか休んだってくれへんかーなんか俺ほんまにアイツに言えんねんか!? ドーピングしてでも仕事行きよる女やねんぞ!?
“ハゲが! あんなんでも代わりが利かんなんかオマエがいっちゃんよう知っとるんちゃうんか! どの口が休めなんか言うつもりやハゲ!”
ぶっちゃけ、あっこでひよ里のボケに図星つかれた所為で引くに引かれへんくなってまったワケやねんけど。ちゅーか何より、言うたら言うたで夏希はどうにかしよ思て無理しよる気がものっそいすんねやんか。そっちのが嫌やねんよなぁ、俺は。
“せやったら何やっちゅーねん! 言うてみぃや!”
“ひよりんが仲良くなった子だよ? 真子が、本気になった女の子だよ? 会ってみたいって思ったらおかしい!? 仲間のひとりだって紹介されたいなーって、あたしが思ったらおかしい!?”
すまんなぁ、夏希。
オマエを俺らの私情に巻き込み過ぎとんのはよう分かっとる。今回かて、白は単純にオマエっちゅー人間に会いたいんちゃうのにな。
「おー俺や、コンビニ寄るけど何か要るモンあるか?」
「ん〜……あ! アイス」
今から帰る言うてからニ度目の電話。テレビでも見とんのか後ろからそれっぽい音がしとる。戻って作業中やったらますます言い出し難いなーやらぐるぐるしとっただけに、思わずホッとしてもうたわ。
「んあ? 一昨日買うてきた分はどない……まさかオマエ、俺のまで食うてへんやろな」
「え? あー……指紋は拭いといた」
「オマっ、こないだの仕返しかい」
空のカップを未開封のよにシレっと冷凍庫に入れといたった先週の俺。開けた瞬間に固まりよった夏希のリアクションとくと楽しんでから、しゃあないの〜なんか言いながら俺んとこの冷蔵庫まで連行。またしてもチーフが持たしてくれはった希少な高級アイス見て「うわー!」言うて目ぇ輝かせよった姿にも満足。隣同士、こないな遊びも出来る。
そないにふざけ合うたりしながらせっせとバイト行っとる平穏な日常と、そん裏でようやっと動き出し始めよった遠い過去。言うたら俺が今立っとるこん辺りは、ちょうどそん狭間。
ほんでまさに今、こっから向こうへ行けなくなる日が来よる可能性が出てきてん。
せやのに何でやろ。
「『会っときたい』なぁ……」
――何や俺、吃驚するぐらい実感ないわ。
「……何を見とんねん」
アパート戻ったら夏希の部屋が薄暗あて、アチャ〜作業部屋こもってもうたかも分からんなー思いながら階段上ってんけど。
玄関入ると、正面の暗いリビングからはやっぱしテレビの音。映画でも見とんのかい思いながらガチャて扉開けたった途端――
ボハハハハーーーッ!!
……液晶ん中のけったいなカッコしよったグラサンのオッサンが、意味不明な台詞をダミ声で発しよった。ちゅーか何や見たことあんな、このオッサン。CMか何かに出とったか?
缶ビール片手に画面をボーッ見とった夏希は「あ、お帰りー」言うてテーブルの上のリモコン取ってピッて止めよった。んあぁ、DVDやってんか。
聞けば『ぶら霊』やらいう心霊番組らしい。最近流行っとるてお客サンに聞いて試しに何週か撮り溜めしてみたんやと。ほんで雰囲気出そ思て暗くしたったものの、霊媒師のテンションの高さがシュール過ぎて涼が足らん。そこでアイスが必要やったと。俺のアイスが。
スメルズ・ライク・バッド・スピリッツ……!!
「んあーコレか。このオッサン、ただのヒーロー芸人やのうて霊媒師やってんか」
「ね。私も知らなかった」
言いながらカウンター回ってきよった夏希にホイてビールとツマミっぽい袋を渡されたもんで、おおきに言うて俺もソファへ。
お疲れサンて乾杯した後、パカて開けた袋に手ぇ突っ込む。んお、何やスモークっぽい匂いがしよる思たらジャーキーか。こら嬉しいわ。
「……っ! 何やコレごっつ美味いやん!」
ひと切れ口に入れてみたら吃驚するぐらい柔らかくてジューシー。暗がりん中、パッケージ近付けて見えたそこには『石垣牛』の文字。
どないしてん思て横向いたら、ふふん、言わんばかしのどや顔の夏希。脇からは匂いを嗅ぎ付けよったキスケがヒョコて顔を覗かしとる。
ほなどうも新婦が、やっぱし先月の社員旅行で沖縄は八重山諸島巡りに行ったとかで、土産にコレと泡盛くれよったんやと。そらまた素晴らしい。
素晴らしいけどアイスの代わりにはなれへんぞコラ、やら言いながら、何となしにふたりで続きを鑑賞。
それではグッナイベイビー!! ボハハハハーッ!!
……いや、こら確かにどっからツッコんでええか分かれへんな。
ちゅーか、まさかこのヘンテコなオッサンが能力譲り受けたんちゃうやろな。いや春からやっとる番組でそら無いか。
しゃーけど、白にも超人アクロバティックな動きせんようもっぺん言い聞かしといたった方がええかもな。万一こないに担ぎ上げられる存在なってもうたらシャレんならんわ。
ほな、ぼちぼちヒーローついでに聞いてみるかー聞きたないけど、やらゴニョゴニョ思いながら夏希の方に体ごと向き直ったんやけど。
「……何やどないしてん、疲れたか?」
ソファに膝立てて座っとった夏希は、いつの間にやそん背に頭のっけて、何や物憂い顔でボー天井を見つめとった。ほんでチラて視線だけで俺を見ると「う〜ん」言いながら上に目ぇ戻してポツて零しよったやんか。
「……来週さ、セットには行くけど式や披露宴には出ないことにした」
「は、何で?」
「新郎方の親戚数人に、ずっと呼ぶなって言われてたっぽいんだよね」
……またけったくそ悪い話やなぁ、誰の結婚式やっちゅーねん。
せやっても意地ぃ通したった新婦としては、先に言うとくべきや思たんやろな。変な目で見られたらごめんね、やら言い難そに言いよったらしい。美容師繋がりの友達で、俺もちょいちょい耳にはしてる子やねんけど、新婦方やのうて新郎方っちゅーんがまた皮肉な話や。
そんなんもっとはよ言えやー言いたいとこやけど、まーその子も夏希にほんまに来て欲しかってよう言わんかってんやろな。
「別に人目はどうでもいいんだ。でもやっぱ、彼女が相手方の親族とギスギスするかもしれない要因にはなりたくないし……」
「……まぁ、めでたい席やしなぁ」
「じゃー料理や引き出物はセット代でチャラってことでーなんて言ってみたものの……ゴメンって、泣かれちゃってさ」
「……」
今日は、やめやな。
「おいでやーなっちゃん」
言うてポンポン足ん間叩いたれば、またチラてこっち見てから、ふっ、てひとつ苦笑気味に漏らしよって。
そろ、て寄りかけた腕ぇグッて引いたれば「おわっ!」なんちゅー声上げて俺ん懐にスポッと納まりよった。コイツの黄色い声なんか一生聞ける気せえへんな。内心で笑いながら、抱き込んだ腕に力を込める。
――俺が出かけた後に多分、思い出してちょお凹んでもうたんやろな。
「ほな偽名で列席やな。おーせや! 相手方に物申す意味でオダマリにしたれ! どない名前やってもオマエはオマエでしかないやろ?」
「ぷっ……ありがとね真子。でもいいや、ウェディングドレス姿は見れるし」
ちゃんと分かっとるで、夏希。
色んなモン失くした後に残ったモンが、人が、どんだけ貴いか。
誘って貰て、その子を生で祝える。オマエんとってそれが、どんだけ特別なことやったか。ほんでそれを、どないな想いで諦めたんかもな。
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