動き出す過去 5
「んじゃ、行ってきまーす」
「おー気ぃ付けてなー」
抱えたキスケの手ぇピョッと上げたって夏希を送り出し、バタン扉が閉まる。1コンマ後、俺ん口からはハァて溜め息ひとつ。
……何や先週の逆パターンやなぁ。
さーてどないしよかーやら腕ん中のキスケに話し掛けつつ、のっそり踵返して戻ったリビングで煙草に火ぃ点ける。月曜シフトのヤツに代わってくれ言われて思いがけずポッと休みんなった火曜。しゃーけど今週来週、夏希は朝からお出掛けや。
アジト行く夕方過ぎまでコレっちゅー予定もない。ぷらっと買いモンでも行こかー思うててんけど、性懲りもなしにまぁた雨。そない都合良く行くわけもないねんけど、こないして主が不在の部屋でボケッとしとると、先週やったらなーも思うてまう。
「……同し美容師やっとってこれが続いたら、確かにキツイかも分からんのーキスケ」
隣で絶賛毛繕い中の留守番仲間も俺も、今より何倍もハードやったらしいそん頃をまるで知らんねやけど。
6日間、夏希と比べてヤイヤイ言われ続けて迎える火曜、ここにひとりおったやろう男の現実。そないなモンが肌で感じられるよな気ぃしてくるんは多分、俺ん胸中が少なからずどっか穏やかやないからで。
緊張 苛立ち 焦燥
俺が今、そないなドス黒いモンに呑まれんとおれるんは多分、隣にいてる夏希がまるで関係ないからやろな。関係ないから疲れとる顔も見せれるし、関係ないから気兼ねせんと寄っかからして貰うことかて出来る。
しゃーけど、関係ないのに微妙なとこで繋がっとったりがまた、おもろいわなぁ。
「……ふ、ちゅーか夜イチ静かて。どない考えてもフザけ過ぎやろ」
夏希が誰ん話をしとるかなんか、俺んとっちゃ当たり前に聞くまでも無いことやってんけど。せやっても俺の知らんとこでしっかりアイツん世界に存在しとったあの人ん名前を、夏希自身の口から聞いてみたかってんやんか。
しゃーけど『し』から始まる思とった俺ん耳に届いたんは、まさかの『よ』。まぁ多分、喜助にけしかけられたかなんかして行って、1回キリのつもりでテキトー言うたったんやろな。
仰々しい名前に食いつかれるんがめんどいからか、隠密機動を背負いよる貴族のご当主サンだけに用心深いんか。答えは8割前者やろな。
――夏希もまた、どえらいおひいサンに気に入られたもんやで。
ヴーッヴーッ、ヴーッヴーッ……
「……っだぁーやかまし! 誰やヒトの二度寝を妨げよる罪深いドアホウは!」
やたら鈍い振動音で起こされて見たら、いつもの癖で出窓の棚んとこに携帯おいてもうとったことに気ぃ付いて舌打ちが漏れる。バイト行くには確実ポジやけど、今はええねん今は。
しゃーけど余裕でスリープ直行や思いながら手にしたら、液晶から延々俺を呼び出しとるんが喜助やて知って慌てて通話を押したった。
「ど〜も〜! 平子サン今おひとりっスかぁ〜?」
「……ひとりだけにしんどいわ、そのテンショ――」
にゃう〜ん
「……ひとりと一匹やった。――うをっ、何やどないしてんキスケ」
さっきまで俺ん足元で丸まっとったキスケがひと声鳴いた思たら、いきなし胡坐かいた俺ん腿に手ぇかけて乗り出すよな体勢なりよって。そのまんま何や夏希からの電話ん時と同し勢いでニャウニャウ鳴き出しよったやんか。ひょっとしてオマエ、覚えとるんか……?
ホントお元気そっスねー言うて笑いよる喜助に、こん通りバリバリ元気やでー返してとりあえず本題に入る。
「ほんでどないやねん、状況は」
「ええ、それなんスけど……」
話によると義骸に入ってぼちぼち2週間近い例の死神少女、喜助の見立てに反して霊力の回復具合がかんばしゅうないらしい。
単に個体差なんか否かは現段階では分かり兼ねる。しゃーけどこのまま回復が見込めへん場合、最悪ヒトの魂魄なってまう、と。
「……だいぶ危うくなってきよったな」
「瀞霊廷の捕捉と魂魄変化、そのどっちが先かに全てが係ってるっス」
……皆なにはまだ、言わんといた方が良さそやな。
見えかけた兆しの確かさもあらへん内から、揉めながら奮起しては落胆を繰り返す。そないして状況ごと振り回されてたら持たへんわ。
「オマエん技術で何とか保たれへんのか? あーと例えばほれ、霊子むんむんカプセル的な装置作って入らしとくとか」
「ハハ、戦士の傷を治すっていうアレっスかぁ? ……しかし、原因次第ではアリかもしれないっスねぇ」
現実離れした漫画世界の絵空事みたく思えるそないな案も、実際コイツんとっちゃ不可能やなかったりしよる。しゃーから何でも言うてみるが吉や。
何より、アリかも言うた喜助ん声には、出来ることは全部やり尽くすいう覚悟が滲んどった。
「ほな、しずかチャンによろしゅうな」
そないに言うたって喜助の笑い声を耳に電話切ってから、あ、聞きそびれてもうたわ思た。
――巻き込まれて能力譲り受けるはめんなってもうた不憫な人間サン、今どないしてはんねやろ?
「じゃーん! わたくし久南白は、本日めでたく新しいバイトが決まりました〜!」
その夜、遅刻やっちゅーんに2階席の入り口からド派手に登場しよった白は、大発表とばかしにふんぞり返りよってんけど。
何百回と聞かされてきた1階席に座っとる俺含めた5人は、一瞬チラて視線投げてすぐにそれぞれ中断した筋トレやら雑誌やらに意識を戻す。
――見かねて声かけたるんはやっぱし、優しさライセンス一級のふたり。
「よ、良かったデスね! 白サン」
「今回は続きそうかい?」
「ぜ〜ったい大丈夫! だってあたし〜スカウトされたんだも〜ん!」
「!?」
刹那、バッと2階へ向いた14の目ぇから「スカウトやと!?」いうビームが一斉に飛びよった。多分。
そないな反応に気ぃ良くしたんか、そっから舞台目掛けて体操選手みたく伸身宙返りしながら降りてきよった白は、ビシッと着地を決めてすかさず挙手。
「あたし、来週からデパ屋でヒーローやりま〜っす!」
そっちかい! なって全員脱力。
聞けば万引きして逃げとる小僧らに飛び蹴り入れたったとこ担当に声かけられたなんちゅーベッタベタな話。皆なして「胡散くさすぎやろ!」言うたもんやけど、詳しゅう聞いてみると何やぼちぼちええ条件みたいやんか。
平日は基本立ち回りの練習やら体力作りで、白んとっちゃ流れさえ把握してまえば問題無し。つまりは殆ど週末のショーだけがメインや。
ほんでもってちゃあんと名刺も貰て電話とサイト確認もしたーいうあたりは、流石は面接ベテランちゅーか何ちゅーか……。
「お前、加減ミスって敵役の人間殺しちまったりすんじゃねえぞ!?」
「ぶーミスるわけないじゃん! 拳西のぶぁ〜っか!」
保護者的に心配なんか、焦ったよに凄みよる拳西と白のいつものやりとりが展開されたんも束の間、当の白が突拍子もないことを言い出しよった。
「慣れたら皆なで見に来て欲しいなぁ〜。1回でいいからなっちゃんも一緒に!」
「……!」
「白、でもアンタ……」
「変装って名目でウイッグ被るよ〜! ね、それならよくない?リサちん」
この場におる誰しも、会うてみたい会うてみたいいう白ん台詞をさんざ聞かされてきとる。しゃーからリサも、それやったら別になぁ……? いう感じでひよ里と俺ん方を覗ってきよってんけど。
「アカン」
「え〜なんで〜!? なんでなんでなんで〜!?」
何を思ってか断固アカン言い張りよるひよ里に、始めはいつもん調子で『何で攻撃』で食い下がりよった白。
――しゃーけど次のひよ里のひと言で、その白ん顔色が一変する。
「今そないなこと言うてる場合か! アカンに決まっとるわ!」
「だから会っときたいんじゃん!」
ぴーぴーぶーぶー言わんばかりか口ぃ尖らしもせんと、マジもんのシャウトかましよった白。眉間に皺寄せてキッてひよ里んこと見据えよって、しゃーけど口だけは何や悲しそにキュッと結んで……どないしたんや一体。
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