動き出す過去 2
努めて自然なフリで出たった携帯越し、耳に届きよるどこぞの小僧みたぁな相変わらずな口調は、妙に時間を感じさせへんもんやった。
“夜分にスイマセン。実はちょっと、面白い実験を思いついちゃいまして〜”
表面だけ聞いたら、数十年ぶりに何をワケの分からん電話よこしくさってんねん! 言いたなる口ぶり。しゃーけど相手は底知れん頭脳の持ち主。それも、接触は最低限にしよや言うた張本人。
……おもろい実験なぁ、えらい軽うく言いよったけど絶対そんなんちゃうやろ。
俄かに張り詰めよる意識と一緒に若干の呆れも抱えつつ、久々にそこらのネオン引き連れる勢いでぬるい夜風を切って。空座町上空入っても速度落とさんと目指した一点。古びた駄菓子屋の店先から見上げとるヘンテコ帽子ん前に下りた。
「相変わらずむさ苦しいやっちゃなぁ〜外で待っとる暇あったらちゃっと髭ぐらい剃らんかい」
「おや、知らないんスかぁ? 無精髭をフェロモンの象徴と捉えて下さる女性も一定層いらっしゃるんスよ?」
「いや一定層て。オマエ自分から間口狭めてもうとるやんけ」
再会のキャッチボールもそこそこに店内に入れば、スッて居間ん戸が引かれて、これまた相変わらずけったいなオッサンが姿ぁ見せよった。
「久方ぶりですな、平子殿」
「んあぁ、せやなぁ……」
……夏希の店でやってくれそうやねんよな、そん頭。
畳の香り漂う居間。ごっついオッサンが淹れてくれた茶ぁ啜ってひと息ついたとこ、「どうっスか?」言うて年季モンの煙管が掲げられた。小粋なんかえらい久々やなぁ思いながらほな貰おかー言えば、ちゃっと手慣れた仕草で火皿に葉ぁ詰めて渡される。
「……っ、白梅か」
「香りと風味が飛ばないよう、ちょっと手ぇ加えちゃってますけど」
軽くスパスパッてしてみて舌が気ぃ付いた味。とうに吸えんくなった刻み煙草の銘柄ひとつで、すぐさま頭が何十年も昔に引き戻される。
「随分と、色んな時代を見てきちゃったもんスよねぇ……」
「やめぇや、オマエとしんみりしにきたんちゃうわ」
わざとゲンナリした顔で言うたれば、おっとそうでした、言うて右手で扇子パタパタさしよりながらハハハなんか笑てんけど。
不意に、ぱしん、て閉じた思たらスッて目ぇ細めて、実は急なことで事後報告になっちゃったんスけど、て切り出しよった。
「――朽木……?」
「銀嶺サンのお孫サン、覚えてらっしゃいます?」
「あぁ、いま六番隊の隊長やっとるボンボンやろ?」
「ええ、その妹さんっス。といっても正しくは亡くなられた奥様の妹さんで、養子に迎えられたみたいっスけど」
そん朽木家に引き取られよったラッキーな死神少女が、現世駐在の任務中、止む無く人間に力を譲渡するなんちゅうタブーを犯してもうて?
途方に暮れとった彼女は、義骸でも貸したろか? いうコイツん話に縋る思いで乗りよったと。
そこまでを説明しよったとこで「アタシも失礼します」言うて自分の煙管にも白梅つめて火ぃ点けよって。ほぉん、いう感じで聞いとった俺ん前で斜めに煙を吐きよった後、こっからが本題なんスけど、言うて真っ直ぐこっちを見据えてきよった。
「彼女を利用させて貰い、ある賭けに出てみることにしました」
――思うた通り、それはおもろい実験なんちゅー可愛いもんや到底あらへんかった。
養子とはいえ大貴族の家を名乗りよる彼女が消息不明んなったいう事態に、瀞霊廷が動くんは時間の問題。無論、自分が一枚噛んだいう事実かて遅かれ早かれ知れてまう。それを逆手ん取って彼女の魂魄に崩玉を埋めたった。
曰く、自分の読みが正しけりゃ、この機に乗じてあん眼鏡が何かしら事を起こしよる可能性は高い、と。
「……なるほどな、破壊が叶わんならいっそ餌にっちゅーワケか。だいぶ荒っぽい賭けやな」
「スイマセン、何の断わりもなく……」
「アホか、オマエが造りよったモンやろが。どないしようがオマエの勝手やないかい」
100年、苦肉の策やってんやろな。
わざわざ『利用』なんちゅー言い方しよったんも、こん先に起きる全てに腹ぁ括った自分への戒めちゅーとこか。ほんま、相変わらずめんどいやっちゃなぁ。
「……なぁ喜助。俺らかて現世暮らしそのもんは言うほど嫌やないねんで? ま、それなりの不自由はあるけどな」
「……そっスか」
「しゃーけど心ん中にどっか、ずっと靄が掛かっとる場所があってなぁ。そこだけ自分やないみたいやんか」
ほれみぃ、ちょっと俺が内なる虚の存在チラつかしたっただけで一気に神妙顔やんけ。オマエん所為やないっちゅーねんボケ。
「そん靄ぁ晴らす為に必要やったら、俺は相手がオマエやっても迷わず囮にすんで」
「平子サン……」
「囮にして、死んでも助ける。それだけや」
――何をひとりで抱えようなんかしてんねん、欲張んなやアホンダラ。
「せや! 俺オマエに聞きたいことあってんわ」
状況見つつちょいちょい連絡取り合ういう話に落ち着いて、もう店を後にするちゅー時んなって急に思い出した個人ごと。
しゃーけどクルッて振り返って視界に入ったんは、何やほくそ笑みよるよな怪しい目ぇして扇子で口元隠しとる喜助の姿。
「川村夏希サン。彼女のことっスか……?」
「……」
何やねん。何でそないなことまで知っとんねん。まさかコイツ、俺んことストーキングしててんか!? うーわ気色悪っ!
果てはドン引きしすぎて引き攣りまくりの俺に向て、ふふーん、なんか笑いよったやんか。……何や知らんけどハラ立つわぁ。
「平子サン、先月彼女と温泉行かれたそうっスねぇ〜? まー羨まシ!」
……は?
「喜助オマ、マジでなに言うて――」
「彼女に電話かかってこなかったスかー? 夜一サンなんスよ、アレ。来週お店に行くらしいっス」
“夏希?”
おー言われてみりゃ声が似てるっちゃ似てる……って、マジかいな!?
パニくっとる俺ん心中を察したんか、アタシだって吃驚したんスよ? なんか言うてえらいニッコリ笑いよって。
「数年前に出会って以来いたくお気に入りのようで。何でも、飾らずスッと立ってる感じが良いんだとか」
喜助のぼかした言い方やと、何や1年くらい猫の姿なって観察しに行っとったらしいねんけど、最近は1年に1回顔合わす程度なんやとか。
しゃーけどそれなりに色々あった時期を把握しとる俺は、週刊誌で知ったかなんかで気になって見に行っててんちゃうか思た。
「そういや、あのハンサムな猫サンは元気っスか?」
「あーキスケな。元気やで」
「きすっ……!?」
扇子で「ほれほれ」みたくしてきよる喜助に、どこのオバハンやねん思いながらさらっと答えたれば、何やえらい吃驚したよに固まりよって。
あーアイツを助けたったその後は知らんねやー思いながら、俺は夏希から聞いたまんまを伝えたった。
「命の恩人のオマエん名前を貰たんやと」
「あらま。いやぁ〜何だか照れるっスねぇ〜ふふふふ……っ痛い!」
露骨にニヤけよった喜助ん脛にローキック入れたった俺は、ほな召集かけて伝えとくわー言い残してちゃっちゃ空へ上がった。
何となくそれ以上夏希の話をしたない気分やった俺自身、この急な事態に思うたより余裕があれへんかったんかも分からん。
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