充電と放電 12
「――えらいかぶいとる粋なオッサンから、やったら笑顔が涼しゅうて怖い女の人、ごっついブタみたぁなヤツなんかもおってんで」
植物園近くの丼もの屋にいてる間、温泉街に土産買いに行く道中も、俺はまた少し夏希に死神時代の色々を話したった。社宅っぽいとこ住んどったとか、同僚や下のモンの話、好きやった飯屋ん話とか。上澄みを掬いながらにも、出来る限り。
夏希は、へーやら、わーやら、アハハやらのリアクションしながら、想像でもしとんのか終始えらい楽しそうやった。
昔を引き連れて来たつもりなんかない。どっちか言うたら逆撫と一緒に置いてきたつもりやってんけど。日常から切り離された場所、ノスタルジックな旅館で過ごして、寧ろ斬魄刀は俺を過去に囚え続けよる鍵のひとつなんやて気ぃ付かされた。
しゃーけどよう考えたら当たり前んこと。俺と逆撫はずっと意識を共有してきてんねんもんな。101年前のあの夜も、その前もそれからも、ずっと。
虚化した白ん蹴りを刃で受けたった時、眼鏡に切り掛かるべく柄に手ぇかけた時、虚化の過程かてアイツは記憶しとる。
そん逆撫を置いて皆なの霊圧も感じひん場所に来た今、ここまで心がフラットんなるとは思いもせんかった。百年なんやかんや考え事してきて、せやっても気ぃ付かれへんかったこと、この一年ぐらいの間にどんだけあったやろか。
「いいねー粋なオッサン! 楽しそうな職場だなー」
「んあ〜ガッチガチな決まり事足して半々ちゅーとこやろなぁ……」
落ち着いて話せる時にとばかしにするする出よる言葉。手ぇ伸ばせば届くよなとこに過去をポロポロ転がしとる俺は、勝手な男や。
それを容易く拾わん夏希は、ガッコの成績は悪かったか知らんけど、アンテナの鋭い女や。アホやけど。
そのアンテナ使わすよなもん抱えとる自分をもどかしい思う。今すぐどうにかしたあて堪らんくなる。
まだ、囚われてなアカンな、俺は。
久々に夢に見て改めて思うた。どない今が心地良かっても、この、どうにかしたいっちゅー気が起きひんくなったら終いや。
今を今んまま受け入れてもうた瞬間、例え隣に夏希がおっても、今が一番好きやとは二度と言われへん俺んなる。
余裕もって温泉街に着いたはずの俺らやってんけど、たまたま見っけたレトロな遊戯場でスマートボールにアホほどハマってもうて。戻らなアカン夕飯のタイムリミットが迫る中、何や妙にせかせか土産モン屋巡りするはめんなってもうた。
ひよ里たち仲間やろ、張さん始めアパートの住人、互いの店ん仲間に夏希の両親。店先でふたり、えーとえーと言いながら指折り数えつつ進んでって、最後にちょおデカいとこ入ってそれぞれ店内をぐるぐる見ることに。
「夏希〜やっぱしスパイダーマンは無かって……んお、話中か」
ご当地グッズコーナー折れて隣の菓子コーナーにいてた夏希に声かけたったものの、本人耳に携帯当てとった。近付きながら、こっち向きよった顔に両腕でバツ作って見したれば、ガッカリしたよにその眉が下がる。
しゃーけど何や馴染みのお客サンなんか、そないな顔しながらも口ではしっかり、いつ頃がよろしいですかーやら何やら言うとって笑けてもうた。
まぁまぁいう感じに頭ポンポンしたった後、俺は大人しゅう近くの棚なんかを物色しててんけど、何やなっかなか終わる気配が無いやんか。
オイオイ思た俺は、背後から肩にアゴ乗っけたって、まだかーアピール。分かってる、みたく左手を小っさく挙手しよる夏希。
「あ、いえ6月はまだそんなに。――はい、そうなんですわっ!?」
「ぶっ! ……くくくくくっ」
傑作や。ほんの出来心でバッて夏希の眼前に腕時計はめた左腕を出したれば、何処ぞのお嬢サマみたいなことなりよったで。
電話口からは「夏希?」いう怪訝そな女のヒトん声。慌てて携帯落としそになったやら言うて誤魔化しよる夏希。
すかさず、嘘つきサンやなぁて囁いたれば「もー!」みたく鬱陶しそに背後ん俺をパタパタはたいてきよる。何やちょっと可愛い。
満足した俺は、軽くぎゅってしたってから、ちょお離れたとこ行って少し遅れてまうて旅館に電話しといた。
――現実に戻るまで、もうちょいゆっくりしよや。
「真子も、あんまり変わってないみたいだね」
「んあ……?」
その夜、満天の星空ん下で、やっぱし晩酌ながらにええ気分で露天に浸かっとったら、不意に足ん間におる夏希が何や言い出しよった。
ガキや言いたいんかコラ、やら言いながら後頭部を軽く小突いたれば、あー違う違う言うて笑いよって。
「器がでかいっていうか、色々なもんが見えてるっていうか……」
「ぅえっ? 何やねんいきなし。何も出されへんぞ」
「んー何か色んな話聞いて、そんな感じした」
思わずアホかー言うて宙を仰いでもうた。それこそ買い被り過ぎっちゅー話やボケ。ちゅーか……。
「あんなぁ、生まれつき器のでかいヤツなんかおったら怖いやろが。オマエが知らんのをええことにカッコつかん話は言うてへんだけや」
「女の子とちちくり合ってて集まり遅れたりとか?」
「あ〜せやなぁ〜……って、は!? 何でそんなん知っとんねん!」
「ふふっ、大分前にひよ里ちゃんに聞いた」
……あんのアホウ、要らんことばっかし言いくさりよってからに戻ったらただじゃおかんでぇほんま。
石ん周りにぽつぽつ置いてある角灯。やわく照らされた艶っぽいうなじがくすくす笑いと一緒に小刻みに揺れとる。
「しゃーけど昨日つくづく思い知ってん。俺もうオマエで手いっぱいやわ」
気ぃ付いときながら読み違えて、見抜いたつもりが見過ごして、守りたいモンすら守り切れんと――
“そないにずっと見張ってへんでもちゃあんとやりますさかいー。オッサンの隊長はんは早いとこ休みはった方がええんちゃいますー?”
“やかまし。毎回のよに筆跡違う報告書こさえよるヤツがよう言うわボケぇ。監督不行届やー言うて俺が怒られてまうやろが”
闇を滲ませとったちんまい背中。抱き締め損ねたモンも多分、ひとつやふたつやあらへんかった俺の器なんか、たかが知れとって。
現世で生きる今んなっても俺は、仲間と自分の荷物、変人夏希と夏希の大事なモンで、ほんま『手いっぱい』。
そん言葉に引っ掛かって、私って大変なんかなぁ、いう心のフキダシもわもわ出すよに斜めに傾きよった頭。予想通りの反応に笑てまいそになりながら胸に寄っかからすよう引き寄せて、顎を乗っけたった頭頂から「なぁ」て呼び掛ける。
「たぶん俺、オマエが思うてるよりオマエんこと好きやで」
「え、そんなの――」
「分かんねんて」
彼女の右腕さすりながら言い切ったこん時の俺は、何も知らんまま、既に出来すぎたシナリオでもなぞり始めててんやろか。
――そうと分かっとったら、なんぼ呆れられたかてもっと、言うたれたんに。
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