5階のサンタたち
――12月25日、深夜。
「何や、ヘタレてもうたんか……?」
危うく落ちそになった煙草を咥え直して駐輪場を確認。やっぱしそこにチャリンコはあらへん。通りに止まっとるタクシーに目ぇ戻すと、トランクに回った運転手のオッチャンがふたつほど中くらいの箱を降ろしてはった。
次いで何か言いよったそんオッチャンに、わーっ、みたく慌てて両手振ってから何やペコペコ頭ぁ下げよって。
ほんでオッチャンが走り去んの見届けてギュー伸びしよった思たら、階段に向て中腰でズルズル箱を引きずり始めよったやんか。
「……ぶっ、何をしてんねん」
大方ん状況が掴めた俺はケツポケから携帯取り出して、下で何や必死こいとるアホの子を呼び出したった。ほんならちょうど外灯の下ら辺でピタて止まりよったもんで、焦ってコートのポケットまさぐっとる様子なんかがよう見えてめっちゃおもろい。
「なーんや、えらい難儀しとるみたいやんけ」
俺ん第一声にまずは駐輪場奥の喫煙所、次に後ろ、最後見上げて視界の隅にでも入ったんかそん首がもう一段階上向きよって。
ほわほわした息と一緒に、あ、言うたダッフルっ子と目が合うた俺は、屋上の手すりからでろーん垂らしとった腕ぇひらひら振りながら言うたった。
「おーお疲れサン、なっちゃん」
「……サンタです」
「……」
言うても惚れとる女やねんけど、マジでいっぺんドツいたらなアカン気ぃしてきたで。ちゅーか何を言い切っとんねん。
「……ほんで。何を配給しよるつもりやねん、似非サンタさん」
ちゅーても、ま、こない夜更けまで夏希がどこで何しててんかは事前に聞いて分かっとる。タクシー帰還のワケ、これから何をしよるつもりなんかも読めてもうた今、俺んとって謎なんは箱ん中身だけ。
「シャンパン12本……です」
……ちゅーか今回のそれ、好意やのうて引き取らされてもうたんちゃうん。
「ったく、ちょおソコで待っとれ」
「え? あっ……切れた」
しゃあない、一緒にサンタやったるか。
――夏希のアホはまだ、ヘアセットに奮闘してんねやろか。
そんなんが頭に過ぎったんはちょうど1時間くらい前、集まりついでに何やそれっぽいノリでドンチャン騒ぎなって。
ひよ里がウツラウツラ船漕ぎ出しよったタイミングでお開き。片付けやら何やら終えてアジト出た0時頃、やったか。
先週ん中頃「もーばっちり治った、本当ありがとう!」て律儀に電話してきよった夏希。自分で後半は大わらわや言うとったくせに、病み上がりの分際でイブにバイト行くて聞いた時は流石に「ドアホ!」も言うたもんやけど。
“イブに働く同士に華を添えるってのもいいもんだよ”
何やえらい嬉しそなその声に「無理はしなや」しか言われへんかった俺は、未だ自分が夏希に何をしたれんのかよう分からんでいる。
――例えば、こないなことぐらいしか。
気持ち急いで1階まで下りたれば、松田んとこのドアん脇とその向かいに1本ずつ、既に似非サンタからの贈りモンが置かれとった。
階段下に出ると、夏希は箱から次のを出そうとしゃがんどる。外灯の白に照らされたシャンパンボトルとぽわぽわした白い息。
シンと静まり返った冬の夜更け、何やどっか現実味を欠いとるよなそん光景は図らずも俺ん足を遅らせよった。
「あっ……最後どうせ上行くのに……」
「アホか! もらいに来たんちゃうわ!」
「あれ、違うの?」
「オマっ……あのなぁ! こないクソ寒い真夜中に、本業とバイト両方してきよった体で何の筋トレする気やっちゅーねん!」
呆れて言うた俺は、丸々入っとる方に凹凸の要領で半端の4本サカサマに入れて、空いた箱を夏希に渡す。ほんで10本入りなったそん箱ヒョイて肩に担いで、唖然としとる夏希に「とっとと行くで」言うて階段に向うた。
「つ、潰れたりしない……? 肩」
「アホ、潰れてたまるかボケぇ。そもそもオマエは何を丸々2ケースも押し付けられてきてんねん」
「や、私も1ケースでいいって言ったんだけどね、はは……」
聞けばその店と付き合いの長い業者から、どない考えても二日じゃはかれへんやろっちゅー量の限定シャンパンがサービスで来てもうたとかで。
足代付きで1ケース貰うてくれいう話が「どうせタクシーじゃーん」言うて食い下がりよった店長にもう1ケース積まれてもうたんやと。
誰も損してへん言うたらそうやけど、多分コイツが階段オンリーのアパート、それも5階に住んどるなんか知らんねやろな。実際やりだしとったよに、ひとりバケツリレーみたく小分けで何往復かせえへんことには、夏希に2ケースはどないしたっても無理ちゅー話やで。
(ホレ)
(あ、うん)
2階着いて、軽く膝ぁ屈めて右肩下げたれば、ちょびっと背伸びした夏希が箱から2本取る。ほんで部屋のドアん脇にシャンパンが立つ。
酒呑まれへん人おらんのか? いう疑問も湧いたけど、言うても1時過ぎ、音の響く階段でやかましゅうするワケにもいかん。
そないして続く3階。斉藤サンんとことその向かいにまた、コト、いう音と一緒にシャンパンが立つ。
(……アホウ、だいじょぶやて)
階増すごと軽なるっちゅーんに、せやっても夏希は面目なさそな顔でこっちをチラチラ覗うてきよる。そないヒヨワな男ちゃうわ思うたけど、ほんまに大丈夫やてもっぺん囁きながら、空いとる左手で今日もふわふわの髪を撫でたった。
安心したんかちょっと微笑んでひとつ頷きよった夏希は、箱からもう2本取って先に4階へ向かいよった。何や無性に抱き締めたなった衝動に、手ぇ塞がっとんのは幸いやった思て軽く苦笑いが漏れてもうた。
「ほな、今年もお疲れサン」
「え、そこはメリークリスマスとかじゃないの?」
ゴールの5階に着いた後、夏希の部屋で残った内の1本開けてサンタ同士で乾杯。片っぽは早くもスエット姿やねんけどな。
いつも通りどっか締まらんままグラス合わしたると、貰いモンらしいラッパ型のそれが短く、キン、てええ音を立てよる。パチパチ泡がはじけよる薄い金色の液体をひと口ふた口、喉へ流し込みつつ、内心俺はえらい不思議な気分なっとった。
ちょろっと顔合わしたり話したりはあっても、こないして夏希の部屋でマッタリするんはこないだの雨の夜から初。
バイトどないやってんて聞いたら、えらい盛りまくっただの、ラメスプレーようさん使うただの、遊んできた子供みたいな顔で夏希が話しよる。
俺は俺で、白がカーネルのオッチャンとこでチキン買うてきよったりで何やかんやイブにあやかってもうた、やら何やら話しててんやんか。
ちょお意識してまうかも分からん、やら思うててんけど、みごっとにフツー。自分でもびっくりしてまうぐらいフツー。
――ほんでもって。
「……まぁたえらい器用に寝るもんやなぁ」
俺がちょっとトイレ行った隙に、立てた片膝に頬つけて夏希はアッサリ寝落ちててん。それも、シャンパン入ったグラス手に持ったまんま。
ちゅーても2時近い今、コイツの1日考えたら当然か思いながら、そおっと左手ん指をグラスから剥がす。
しゃあない、またベッドまで運んだるか思て抱えようとしたら、何や背中に覚えのある視線をジー感じるやんか。
「しゃーから……何もせえへん言うてるやろー?」
言いながら膝裏と首ん後ろに手ぇ入れて抱え上げた俺は、首だけで振り返ってそん翠の瞳にニヤてしながら言うたった。
「今はまだ、な」
−END−
2010.12.22
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