充電と放電 10
――不意打ちにも程があるよ。
何や放心しとった様子の夏希は、ちょっとして、せやっても嬉しそな声でそんなん言いよった。しゃーけど自分の口からするっってすんなり出てきよった言葉は、何や俺自身ん中にも、すとん、てしっくり納まりよって。
ああ、ほんまやんなぁ。
いう実感が、ぬくいモンと一緒に胸ん中に広がるんと同時に、それを夏希に躊躇いなく言うたれた自分にスッとした。
何やごっつい錠前が外れたみたいなええ気分なんに加えて、慣れへんストレートな俺ん言葉にいちいち固まりよる夏希がおもろうてしゃーないて。
「普段の格好も好きやけど、ええなぁー浴衣も」
「なっ……え、酔ってる?」
湯上りに浴衣と半纏ん姿なった夏希にも、何の捻りもボケも無しに思うたまんまを言うたれたし。
「わぁー……何から食べたらいいんだろ」
「まーそら正式な順番いうんもあるけど、配膳かて部屋食スタイルやねんから。好きに食うたらええねんて」
お造りやら小鍋やら、贅を尽くした料理で埋まった座卓を前にした時も、そん作法を知っとる俺を隠そういう気にはならへんかった。堅っ苦しゅうて苦手やった慶事の宴なんかが頭に浮かんでも、不思議と心も波立たん。
「時代劇なんかだと脚の高いお膳が並んでるよね」
「あー本膳な、アレがいっちゃん礼節が細かあてじゃまくさいねんで? ほんまよう決めたな思うわ」
「そう考えると昔の人って凄いよねぇ」
小出しで昔話を聞かされとる夏希にしてみたら、俺はマジ料理人やったとか、実はええとこの子ぉとか、そないに思うかも分からんけどな。
これが俺の放電なんやろか。
何でか今、出来るだけ俺を知っといてほしいし夏希を知っときたいて、めちゃめちゃそう思う。
「夏希はどない子供やってんか?」
「ん、どんな!? どんな、ん〜……」
むっちゃアバウトに聞いた俺に、猪口に口つけとった夏希は目ぇ丸くしよってんけど、すぐに眉寄せて宙を見つめよって。
コイツのこないな素直さ好きやなーなんか思て、しばらく俺は難しい顔でアホみたく考え込んどる夏希をぼんやり眺めとった。
何の前振りもなく聞かれたそれに驚きつつ、ずずっ、と燗を啜っては飲みを繰り返しながら思い返してみる――が、哀しいかなコレと言えるほどの特徴的な何かがあった気がしない。
「くくっ……例えばほれ、通知表のセンセの言葉とかはどないやってん」
どんな、と反復を続けた果てに、どんなだぁ? になってしまった私を見かねたのか、真子が笑いを堪えながら助け舟をくれた。
「ああ、えーとー小学生のとき一番書かれたのは……忘れ物が多い」
「ぶっ! オマ、ボケボケやんけ!? 他はよ」
「あとは明るくて好奇心旺盛、とかベタな……あ、興味の有る無しで取り組み方に差が出やすい、ってのもあった」
成績も体育と図工以外は軒並み残念だったしなぁ、とぼやきながら刺身をつまむも、対面にいる真子の笑い声は止まらない。ざっと乾かしただけの気持ち湿気を帯びた艶を放つ髪が揺れ、合わせから覗く無防備な白肌に魅入られる。
その上にあるやたら楽しそうな笑顔を見、すっぴん、という言葉がふと頭に浮かんだところで真子が口を開いた。
「あんまし変わっとらんみたいやんな」
「……成長してないって?」
「さぁなぁ。ただ、オマエに関心持たれへんもんは気の毒やなぁ思う時はあんで」
「え、例えば?」
思い掛けない指摘にすかさず聞き返せば、片眉を上げたニヤリ顔の後に真子の口からジョー、のひと言。それを聞いて何とも言い難い気分になった私は、真子から外した視線を手元の箸置に落とした。
「ま、ぶっちゃけえーらい優越感やねんけどな」
「へっ!?」
驚きにガバッと顔を上げれば、ふふんと言わんばかりの得意気な笑みを浮かべた真子に顎でしゃくられた。
「彼氏がおるもハッキリ言いよるしなぁ。それにオマエ、一昨日アイツんこと玄関入れへんかったやん」
「や、それは……自意識過剰かもだけど一応、というか……」
「アホ! 過剰なことあるかい。あないな天然オレイズム君やぞ!?」
何を勘違いしよるか分かったもんやないわ。呆れ返った顔でわざとらしくハァ〜と大きな溜め息を吐く真子。次いで唖然として見送った矢吹さんの姿を思い出した私たちは、あれ吃驚だったよね、ほんまやで、と苦笑を漏らし合った。
「しゃーけどオマエかて別に嫌いっちゅーワケやあらへんのやろ?」
「嫌いになるほど知らないし……」
「せやな、ほなこのままずっと知らんとき」
……はい?
「え、ヤキモチ……?」
「おー」
さらっと肯定したかと思えば、何事も無かったかのように真子は茶碗からぱくぱく白飯を口に運んでいる。暫し呆けるも徐々に嬉しさで口元が緩み出した私は、白々しいその顔を色んな角度からチラ見し、うひひとひとりほくそ笑む。
と、遂ぞMAX恥ずいの域に達したのか、歯をギリギリさせてメンチを切ってきた顔に「好きだよ真子」とすかさず告げる。
「し、知っとるわボケぇ! ええからとっとと食わんかい!」
――不意打ち合戦も悪くない。
たらふくなったとこで仕返しタイムや思た俺は、一服後にソッコーで卓球コーナーへ夏希を連行。行ってみるとニ台ある内の一台は使用中、見た感じ夏希よかちょい上か? いう感じのカップルニ組がダブルスをやっとった。
「ほー運動神経はそない悪ない言うた口もまんざらやないみたいやな」
空いとる一台を使てとりあえずどないなもんか試しにやってみたら、何や思った以上にラリーが続くやんか。ほんなら思てちょっとだけ回転かけてキワに入れたったら、それもギリ返してきよってんけど――
「……オマエ、レギンスかなんか持って来てへんのんか」
「あー明日着るやつならあるけど、着とくべき?」
首をコクコクさした俺の言わんとすることを読みよった夏希は、じゃー着てくる言うてさくっとはなれに向かいよった。……しっかし予想以上に卑猥や、温泉卓球。
普通にカコンカコンキャイキャイする程度ならまだしも、勝負事は全力(人間レベル)が俺ら。二人きりやったら今更そこまで気になれへんけど、流石に人目があるとことなるとそうもいかん。
第一そこに気ぃ取られてもうたら負けかねん、なんか思いながら台ん上でボールをポンポンしとったら、不意に背後から「あの〜」いう声が聞こえた。
「卓球お上手なんですね! さっきみたいな球ってどうやって打つんですか?」
お上手、て……。
うーわ、めんどくさっ! ちゅーかジブンらのツレはどこ行ってん、ツレは!
「やー俺なんかのはテキトーやし、彼氏サンに聞いた方がええんちゃいますかぁ」
飲みモン買い行っとるかなんか知らんけど、わざと引いとる感じに言うたっても、コツだけでもーやら何やら。
――もう俺ほんま無理なってんな、こないな媚び媚びタイプ。
「……っ!?」
どうにか逃げられへんもんか思て振り返った俺は、入り口ん脇に寄っかかって腕組みしとる夏希を発見。息を呑んでもうた。
「お、おー! 戻ったんやったら早よやろやぁ〜!」
やましいことなんか何も無いっちゅーんに焦ってまうんは、そん夏希が珍しくめっちゃ冷ややかな目ぇしとるから。ほいでもって通りしなペコて会釈しよったその子ら全スルーでこっち来よるから。
「真子、髪型で山の手線ゲームやりながら勝負ね」
「ぅえ!? 髪型て、ちょお流石にそら……ブレイズ」
威圧的な真顔に観念してサーブ入れたったものの、直後に俺はどえらいスマッシュ貰うはめんなった。
「おかっぱハゲ」
……放電中、頭と口が直結なるんは夏希も同しらしい。ちゅーかおかっぱハゲて。それもう普通の河童ちゃうん。
- 132 -
[*前] | [次#]
しおり
ページ:
章:
Main | Long | Menu