充電と放電 8
ハッて目ぇ覚めて、ちょお待て思うた頭でガバッ! 窓ん外見たら、何かが左腕にぼすんて当たった。
「……ったぁ」
反射的にパッて見たら、何やごっつ眉間に皺寄せよった夏希が首ぃさすっとる。どうもいきなし重心失うた頭がえらいGで振れてもうて首がガクーンなったらしい。いやーすまん、すまんけどもな。
「なぁ! 今どのへんや!?」
俺の焦った声にピタて動きを止めた夏希はツツてゆっくり顔を上げよって。
窓ん外にぶあー広がっとる山間風景に視点が合うたと同時に、さぁ、なんか言いよったそん首がコテンなりよった。
「オマ、さぁ、やないっちゅーねん! とっくに過ぎてもうとるかも分かれへんねんぞ!? あ〜〜せや、ちょお待っとけ」
夏希の両肩掴んでガクガク揺さぶったった後、俺は自分らのシートの頭ぁ掴んでヒョコて身ぃ乗り出してみてん。
平日ん所為か車内はガラガラ。寝てはる数人すっ飛ばして最後尾、楽しそに喋くっとるオバチャンニ人組を発見。ちょおすんませーん! 言うて次の駅名きいてひと安心。俺らが降りる駅はまだふたつばかし先やった。
しゃーけど、おおきに言うてずるずるシートに戻ったれば、横の夏希が何や下向いてくっくくっく笑うてるやんか。
「……何やねん」
「ふふっ、ごめ、珍しくえらい慌てようだったもんで……」
やかましわ! 言うてペシンはたいたったりしつつも、俺は内心どっか妙に気持ちが急いとる自分に気ぃ付いとった。
単純に楽しみなんもそらあるけど、何ちゅーか仮面の軍勢やっとる俺やら美容師やっとる夏希やら。そないな自分らをゴソッと置いて、たったニ日、何モンでもあらへん1人と1人なれる場所に早よ行ってまいたい。
「てか買い込んだのに食べなかったね、お菓子」
「まー傷むモンでもなし、ニ日分のツマミなんねやろ」
――逃げ切れるわけもないなんか百も承知で、今だけ。
「うをっ! 見てみぃ夏希、めっちゃもわもわやぞ!」
「わ、ほんとだ!」
山の斜面にある駅のホーム立った途端、鼻から口から入ってきよる空気がえらいみずみずしゅう感じられた。マイナスイオンの宝庫やなー言いつつ改札抜けると、早くも温泉地らしく湯煙り昇らしとる噴泉塔を発見。
「せや、ローズもコレ渋い言うとったで。どこで見っけよったんか?」
送迎に来てくれるらしいスタッフを待っとる間、脇の喫煙所で一服しよやっちゅー話んなって取り出した、夏希に貰たコリブリ。ジッポみたくヤスリを回すんやのうて、レバー下げて着火のキックスタート式。しっくり馴染む重さとアンティーク感がめっちゃええ。
「あー……はは、駅とアジールの間くらいのセレクトショップ」
「あ? 何やねん、そんビッミョ〜な反応は」
歯切れの悪さにツッコんだれば、何でも前に俺がチワワちゃんとおるん見てもうた時に使うた迂回ルート、そん途中で見っけた店らしゅうて。
曰く、そん時は軽く目に留まった程度やったんやけど、俺へのプレゼントに悩んどる時ふと思い出して寄ってみたんやと。
「灯台下暗しやなー……しゃーけどアレ、あの子みたぁな瞬間着火型っちゅーんは、ほんーま天晴れや思うわ」
「瞬間着火……? あーそういうことか、ははは」
理解したちゅー顔をしよった夏希に頷きながら、短なった自分の一本をスタンド灰皿ん上でぐにぐに揉み消す。
「あら間接的な『もうオマエちゃいますアピール』なんかなぁ。何もあらへんかったみたく惚気られんねんで? 俺」
「んー……だとしたら本気で好きだったからだろうね、真子のこと」
ちょびっとだけ複雑そな顔で笑うてから、自分のを丸穴からすとんて落としよった夏希。水に浸いたそれからはジュッいう音。
瞬間着火したもんは瞬間鎮火も可。よう聞く女のが気持ちん切り替えが早いっちゅーセオリーは、あながち間違うてへんのかも分からんな。
そんなん思て内心で苦笑いが漏れてもうたとこで、坂下からそれっぽいミニバンが上がってきよった。
礼儀正しゅうて感じのええオッチャンの運転する車に揺られることおよそ10分、ようやっと俺らは目的の旅館に到着した。
「はー……」
「はー……」
旅行雑誌で見たそれより年季を感じさせよる趣。それでいて厳かな佇まいの実物を前に、俺も夏希も感嘆の声しか出えへん。
こない立派なとこにあん程度の金額で泊まってええもんなんか? 言うて顔を見合わしとったら、先を歩くオッチャンが振り返って苦笑混じりに言わはった。
「シーズンオフの平日にいらして頂けるだけでも、非常にありがたいです」
……何の商売も難儀する時代なんやなぁ。
そんなん思いながら玄関入ったら、ようこそお越し下さいました、言うて、貫禄ある女将と仲居サン数名がババッて腰ぃ折りはった。
何や要らんデジャヴに襲われてもうた俺は、引き攣り笑いでどーもーなんか言うてんけど。オトンが関わったとこいう意識が働いてもうてんやろな。よろしくお願いします言うて夏希はわたわた頭ぁ下げとった。
ひと通りの手続き終えた後、仲居サンのひとりに案内して貰て、俺らが泊まるはなれに続く渡り廊下に出てんけど……。
「ぶっ、何やオマエ、緊張しとるんか?」
「か、完成した実物ってあんまり見たことなくて……」
「ほな隅々までキッチリ見たらなアカンな」
コイツてこない変なとこ可愛いねんよなぁ思て笑いながら、俺はゴクて唾なんか飲みよる夏希の手を取ったった。
しゃーけどそないして余裕ぶっこいとった俺、はなれん中へ通されてすぐ、露骨に仰天させられてまうことなったやんか。
「……なぁ、夏希」
「ん?」
解放的な空間造りに拘りでもあんねやろな。天井高くてふんだんに採光がのぞめるそこは、やっぱし和モダンな空間で。
真ん中にある和座卓んとこだけ畳で周りはフローリングやったり、主張しすぎひん程度に色んな素材使うとるんが分かる。
しゃーけど、それより何より。
「……オマエのオトン、ほんまどえらい感性したはるな」
俺を釘付けにしよったんは、センターだけ丸い障子んなっとる襖やった。
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