充電と放電 6
――5月10日、夜。
「……オマエら、ほんま大概にせえや」
怒鳴る気力まで根こそぎ持ってかれた俺は、ぼたぼたビールが滴りよる髪ん中から、ゲラゲラ笑てるヤツらにがっつりメンチ切ったった。
おめでとー言うて乾杯した直後に主役がこのザマ、て何でやねん!?
「あ? 真子お前、ひょっとして嫌だったのか!?」
「んなワケないやろ。あのハゲ、わざわざジャージ着てきよってんやで?」
なんぼ気持ちの上で大事にし合うてる言うたかて、そん中身はいつも通りのドンチャン騒ぎ。ちゅーてもまーそれはそれで楽しいやんか。
しゃーけど何でか数年前から『俺ん時はビールかけでスタート』が定番化。しっかもそれがまた加減も何もあったもんやない。
「……あんな、こっちかて何枚も何枚もお気に入りのシャツどろっどろにされてきてん。そら学習もするちゅーねん、ボケ!」
ぐしょぐしょのジャージん上ぇ脱いで地面に叩っつけたったものの、下に着とったTシャツが貼っ付いて気色悪いことこの上ないわ。
そないな俺んこと遠巻きに見つつ、アイツは何を怒ってんねや? とばかしに首ぃ傾げよるアホたれ共。
「今年は気合い入ってんなーって思ったぜ?」
「ワ、ワタシもてっきりそうだと……」
「僕も、遠慮なくかけてくれってことかと思ったけどね……?」
……いつもの格好やったとこで何の躊躇もせんとかけてきよるくせに揃いも揃うてよう言うわ、ほんま。
「真子、なっちゃんに怒られちゃうかなー?」
「あたしらの所為にされてもかなわんね。――真子! アンタ夏希にフラれたなかったらちゃんと洗って帰りやあよ!」
……何や夏希にとって俺は髪だけかい。ちゅーかこないくっさいまんま誰が帰るかっちゅーねん、ボケぇ。
主役がしっかり体張らされて宴会開始。拳西が作ってくれたツマミを皆ながヤイヤイ取り合うてる間に、俺はビールかぶった頭ごと一階楽屋脇のシャワールームでジャッと流してやっとこさすっきり。いつもの格好にバスタオル引っ掛けて地下に戻ろうとしたとこ、俺が預けといたモン手にローズが上がってきよった。
「おー何やわざわざ悪いな」
「渋いね、このコリブリ。いいセンスしてるじゃない、彼女」
「んあぁ、せやな……」
自分ん手に戻ってきよったそれをマジマジ見とると、何や怪訝そな顔でローズが「どうかしたのかい?」て聞いてきよった。
頭に浮かんだんは今日の0時ちょうど、何やアホみたく焦りながら俺に小っさい袋を突き出してきよった、夏希。
「……自分とって何が大事か分かっとるヤツちゅーんは強いなぁ、ローズ」
「真子……?」
――何も言われへんかった 何も。
普段は友達みたぁなノリでおってアホや何や言うてても、俺は夏希っちゅう人間のことを買うてる。しゃーからアイツが変に舐められたり、都合ええ感じに利用されんのは普通におもんない。
しゃーけど、よう知らん相手にそない扱いされたとこでアイツん中には細波のひとつも起きひんのか、相手にいちいち弁解するよな真似もせえへん。
夏希にとってはそんなんより、自分の気持ちやら何やらを自分と大事な存在の中でハッキリさしとく方が重要で――。
“し、真子、誕生日おめでとう!”
あん時俺は、ほんまにただ、アイツを抱き締めたることしか出来へんかった。
俺を好きや言う夏希のことは信じとるけど、夏希に好かれとる自分ことは信じたりなんかしたらアカンて、そう思とった。あと数年もすればそないな事実は消えて、アイツをめっちゃ好きやったいう事実が俺にだけ残んねんから、て。
「昨日、夏希ちゃんと何かあったのかい?」
「……ふっ、いやちょっとばかし無理さしてもうてな。ほな戻ろやぁ」
ニヤてしながら言うた俺に、心配して損したよ、なんか言いながらローズは呆れ顔で肩ぁ竦めて見せよった。
何もない。
想いをセーブしたってくれるよな出来事のひとつも無いから、困んねんて。
俺にあない気持ちをくれよる夏希に、重ねた体ん感触ぐらいは残ればええなんか思う、往生際の悪さが顔出すくらいにのう。
そんなん思て苦笑いが漏れよる俺の手ん中、アイツがくれよったオイルライター握る指に力を篭めた。
「ハァ? んなもん顔やろ、顔」
「同感だ。顔から入ってっからあの明け透けなノリを許せてんだろ」
「アホ。アンタらどこに目ぇ付けとんの、体に決まってるやろ」
「なっちゃんってそんなナイスバディなのー?」
「……」
「……」
修行部屋への戻りしな、階段下りる手前らへんで聞こえてきよった会話が、俺をその場にピタて止まらしよった。それに倣うた横のローズが、斜め上から気まずそな視線を寄越しよってチラチラ痛い。
……何や、ごっつい嫌な予感がすんで。
「そないな悩殺系ちゃうわ。ただええ感じに引き締まっとるわりに出とるとこはめちゃめちゃ柔らかいねん」
「いや、そりゃオメー見たり触ったりする関係になんなきゃ分かんねぇじゃねぇか。俺は雰囲気だと思うぜ?」
「雰囲気、デスか……」
……ちゅーか何を要らんことバラしてんねん。
大体オマエは俺らが気まずいことなっとんのも知らんと、エロ本談義のドサクサ紛れに「アンタのはどうなん?」のひと言で俺より先に夏希の胸ぇ掴みよってからにムカつくんじゃボケが。
人がおらんのをええことに何を肴にしてくれてんねん思てハァ溜め息吐いたったら、僕もラヴに同感だね、なんか横から聞こえてハァ? なった。
「真子が夏希ちゃんのどこに惹かれたかっていう話だろう? 独特な雰囲気持ってるじゃない、彼女」
「……まぁ、否定はせんけどな」
「ふっ、だけどこんな日が来るなんてね。さすがの真子にも想像出来なかったんじゃないのかい?」
「は……?」
「誕生日に僕ら以外の話を皆なでするなんてこと、今までにあった?」
「!」
妙に楽しげなローズに言われてハッとしてんけど、すぐに頭がこないなったきっかけを弾き出して思わず俺は吹いてもうた。
「……くく、せやかてあのひよ里が特定の人間に懐きよるなんか誰も思わへんやろ」
「ふふ、確かにそうだよね」
ひよ里が夏希に興味持たんかったら、なんぼようさんバッタリがあったとこでこうはなってへんかったに違いない。
今でも毎日のよに「けったくそ悪い」やら「ウザイ」やら言いながら、何かにカコつけて誰より夏希と遊びたがっとるんひよ里や。
「あっ、ハゲコラァ! 主役が何をモタクサしてんねん! 真子オマエ、そないもっぺんかけて欲しいんか〜?」
「アホか! ニ度目はオイシないわ!」
ほんでもって更にそんきっかけんなったビッコの男前に、コッソリ俺は心ん中でおおきに言うといた。
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