充電と放電 4
……ふ、何や知らんけどえらい機嫌良さそやったなぁ、休み入るからか?
誰かきよったな思て電話切った俺は、いつも以上に切れ味ええノリしとった夏希を思うて笑いながら、携帯しまって。
「しっかし明日は明日でまたごっつい飲まされんねやろなぁ〜」
例年通りえらい騒ぎっぷりやった去年の誕生日、皆なに貰たカオスなモン思い返しながら、残りの道をぷらっぷら戻った。
何ちゅーてもキョーレツやったんは、今日び芸人かてこんなんせんやろ言いたなる、ひよ里が寄越しよったネクタイ。剣先に向てニジマスが丸っと一匹ガッバー入っとって「オマエは何をぶら下げて歩いとんねん!」みたくなるやつや。
まーこんだけ一緒おったらそらネタにも走るわなっちゅー話やけどな。
ほんま言うたら自分ん時は皆な、ぶっちゃけそんなん無かっても構へんし、別に全員で集まってくれんでもええでーぐらいは思うてる。せやっても誰も何も言わんと、それを当たり前んこととして集まるんは、主役は勿論、祝う側のひとりひとりにとっても大事な日ぃやから。
斬魄刀と共鳴し合う一方で、内なる虚をも飼い慣らしつつ、表向きは人間のふり。
しゃーけど何が難儀やて、俺らもまた記憶や感情なんちゅうもんは抱えてかなアカン生きモンやんか。
そないな俺らが、関わった人間の記憶消しながら転々として、せやっても自分が誰で何モンなんか見失わんとおれるんは仲間の存在あってこそ。
忌々しい記憶で霞んでまいそな遠い記憶。しゃーけど確かにあった始まりの日――誰も、こない目的の為に存在しとるわけやあらへん。
アパートん下つく頃にはそこそこ酒も抜けよって、吹く風もちょうどええ涼しさになっとった。
……しっかし随分と上り慣れたもんやんなぁ。
ポケットから取り出したった提灯スパイダーマンくるんくるんさしながら、何となしに下から10部屋分の窓を見上げてみる。そらめんどい思う時かてあるけど、ぶっちゃけ俺んとっちゃこない階段なんか屁でもあらへん。
せやのに始めの頃、空からの行き来率が高かったんは、極力ここの人間と関わらんとこいう意識がそうさしててんやろな。
「考えられへんよなぁ……」
ちゃりんちゃりん鳴りよるニ本の鍵。それを顔ん前にぶら下げてみれば、俺ん口からは苦笑が零れよる。
ただの一時滞在場所やったはずのここ。今では紛れもなしに俺んアパートで、ここの住人やー言うことに違和感すらあんまない。よう考えたら、そない心境なるまで一年も掛かってへんねやんか。それも、わりかし自然に。
正直そん事実には戸惑うわ、アホ。
空中散布なんかチートすぎるっちゅーねん、やらボヤきつつ、俺はゆっくりゆっくり階段を上がった。
「んあ、夏希……?」
コンクリの壁伝いにそれらが聞こえてきよったんは、俺が2階と3階の間の踊り場に差し掛かった時やった。反響して聞こえよるひとつは聞き慣れたアイツの声。もうひとつが男の声なんは確かやけど誰かまでは分かれへん。
「――その方が、角も立たないと思うんですよ」
発信元たどるよに上って行って4階。ジョーの声で発された台詞の意味を認識するんと同時に、俺は一気に5階まで駆け上がっとった。
最後の一段踏み越えてタン! て5階に着くと、俺ん勢いに目ぇ真ん丸にさして振り返りよったジョー。そん肩越し、困惑したよに口ぃ引き結んで俺を見よる夏希が、自分んとこのドア後ろ手に立っとった。
「……オマエ今、そいつに何言うた?」
ゆっくり、低めの声で聞いたった俺の様子に、何かしら緊迫した空気を感じよったんやろな。夏希の目に動揺と不安が滲んどる。
ジョーはジョーで、え? え? みたく俺と夏希の顔を交互に見ながら、今ん状況がワケ分からんちゅー感じで焦っとる。何や自覚無しかいな。
――そらオマエ、もっとタチ悪いでボケが。
「何や、聞こえへんかったか……? 俺はオマエに、夏希に何を言うててんやて聞いてんねん」
夏希がここが一番長くて、尚且つ夏希はあの人ん髪も切ってやっとる。
しゃーから夏希の口から言うて貰た方がええ、やと?
「え、ど、どうしたんですか平子さ――」
「答えろやっ!」
ドスの効いた俺ん声にビクて竦みよったジョー。それに連鎖しよるよに強張った夏希の顔チラて見てから、ゆっくり目の前ん男に視線を戻す。
「……オマエ、俺に話しよった時もどっかで期待しててんちゃうか。どうにか上手いこと本人の耳に入れてくれへんかなーやら」
「え!? い、いえ、そんな! 俺はただ、皆さんはどう思ってるのかなと思って聞いてみただけで……」
「ほー、せやったら何で夏希には代わりに言うてくれなんか頼んでんねん」
「や、それはだって来てすぐの俺に言われるのと、ここが一番長い川村さんに言われるのとじゃ、あの人の気分も違うに決まってるじゃないですか」
――コイツ、ほんまめでたいくらい分かってへんねんな。
ジー見据えて聞いたった俺に、自分の言うたことは勿論、言うた自分自身にも少しの疑問も抱いてへんよな顔をしゃーしゃーと向けてきよる。自己欺瞞もここまでこじらすと厄介なもんや。俺ん店の大学生やコンビニの兄チャンのがまぁだマシやで。
「オマエ、そない自分が可愛いか?」
「えっ……」
「ウルサイ思とんのは誰や。角が立たんよう収めて貰て、一番都合がええのは誰や」
「……」
「ソイツん為に一番イヤな役回りさせられそになっとるん、誰や」
俺ん視界の先、寄せた眉小刻みに震わして伏し目になりよった夏希が痛々しゅうてしゃあない。ほんのさっきまで、えらい機嫌良さそに俺と話しててんのにな思たら、ますっますむかつくわ。
思うた時やった。
「……もう、言いました」
「……!」
「……!」
視線は下向けたまんま、夏希の口からボソて飛び出しよったひと言。思いもよらんそれに、俺ん方向いとったジョーが驚いた顔でゆっくり振り返りよる。
「平日だけにするなりして気をつけるって……そう、言ってました」
そないして続けよったサマを呆然と見ながら、知っとったんかい、やら、何でやねんアホ、やら、頭ん中だけがえらい忙しかった。
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