春の憂鬱 8
日曜、夜。バイト明けにアコギ触り行った後、俺はええ気分で空中散歩しながらのんびりアパートを目指しとった。
とうに見慣れた川が目に入って携帯見たら、ちょうどアジールの閉店時間。片付けにミーティングやろ? ほんでもってちょろっと練習付き合うかなんかして……まー軽く1時間半はかかんねやろな。
そないして帰宅の当たりをつけた俺はケツポケに携帯しまって、今度は右んポケットから『たこ焼きスパイダーマン』を取り出して顔ん前でぶらつかしてみる。
「ほな米ぇ受け取ったるか〜」
予約が多い土日は夏希にとって週の山場。ほんまは昨日松田んとこから引き取るつもりが、5キロ抱えては階段上れる気ぃせんくて断念してもうたらしい。
ほんで、今日は俺のが早いやろうから運んどいたろかっちゅー話んなって渡された、アイツが持ち歩いとる鍵。
普段、夏希の部屋で寝た翌日なんかは、出んのが遅い俺が素ぅのスペアキーをドアポストに落としてってる。しゃーから当たり前に俺ん部屋に入れといたらええわな思うてたもんで、正直「え?」なったやんか。
ほんなら夏希が作業しとる時に何となしに始めてハマったクライムアクションゲー、それん続きやっててええよて。
自分は鞄やからスペアでええ言うもんで、おーほなそうさして貰うわー言うてさらっと預かったったものの、隣やし電話かてあるしで、こないして俺んポケット入っとることなんか初。一日何や不思議な気分やった。
「ふぁー……何や景色変わっとるやんけ」
ひとり堤防に降りてみると、俺ん立っとる場所は勿論、火曜に花見した河川敷まで桜の絨毯が完成されとった。しゃーけどピンクにちらほら緑が目立ち始めとる枝ぁ仰ぎながら、まーそれもそんはずか思た。
びゅんびゅん風が吹いとった木曜。ほんで花散らしの雨の金曜、一日休んで今日もちょっと、風が強い。
1つに5枚の花びら
1本におよそ60万枚
夏希が興味本位で調べよった膨大なそん数にかて限りはある。しゃーから魅せられんねやろな、誰しも。
――かくいう俺もそれをきっかけにあっこ選んで、今がある。
「来年もよろしゅう頼むでぇ」
言いながらヒョイて堤防から降りた俺は、そん米炊いてカリフォルニア丼でも作ったるか、思いながら道路を横断した。
「おおきにな。あ、せや今俺GTAの4やってんねやけどいっこ見っからん車があってなぁ」
松田から受け取った米ん袋肩に担いだ俺は、ついでに行き詰まっとるミッションについて聞いてみた。ほんなら流石は手練ゲーマー、さらっとヒントになりそな場所を答えてくれよったわ。
「あれ、でも確か夏希さんもそれクリアしたと思うんですけど」
「あー何や、何となしにテキトー走っとったら見っけたかなんかでよう覚えとらんのやと」
「出た『何となく』。ほんと僕には考えられないですよ……」
何のゲームやっても基本夏希のやり方は感覚的ギャンブル。例えば落ちゲーで言うたら、キッチリ綿密な連鎖に持ち込みよる松田に対し夏希は左から延々適当積み。しゃーけど、カタマリひとつ崩して一段ズレよるだけで稀にえらい連鎖が起きる――時もある、みたぁな感じや。
今のやつで言うても、マップで現在地とか殆ど確認せんかったなんか言いよるやんか。大層なミラクルクリアやでほんま。
「くく、まーローズなんかはえらい驚いとったけどな。俺はええコンビや思うで? オマエと夏希」
「はぁ、ほんと勘弁して下さい……」
がっつり溜め息つきよった松田ん肩ぁ笑いながらポンポンしたって、俺は1階を後にした。両極端に論理型と感性型なふたり。松田は夏希の柔軟さに、夏希は松田の鋭くも的確な物言いに助けられてんねやろな。
実際、他ん人が気ぃ遣てよう言わんよなこともバシバシ言うてくれるから信用出来る。そないに夏希も言うててんけど、最初オマエん彼氏か思たで言うた俺には、多分それはお互いアリエナイ言うて何やえらい豪快に笑とったわ。
「ふっ、しゃーけどそん松田の女神がリサちゅーんもなぁ……」
あ……?
ひとり笑うてまいながら4階に差し掛かった時、上から何やタンタンタンて降りて来よる足音が聞こえて思わず俺はピタて止まった。
これが他ん階やったら何も思わへんとこやけど、4階の上ちゅーたら俺と夏希の部屋しかあれへんやんか。そん5階まで来よるんは俺と夏希、もしくは俺らに用のある誰か。他は新聞やら何やらの外交ぐらい。
ほんでもって状況的に最初と最後は無い。ちゅーても松田は部屋にいててんし、すぐそこからは『てぃーん』いう音がしとる。
斉藤サンか……? 思いながら、のっそり4階から最後の踊り場に続く階段を上りかけた――時やった。
「あのー5階の平子さん、ですか……?」
俺ん顔を見るなり「あ」言うて急ぎ降りてきよったんは、ラグランロンTにデニム姿の兄チャンやった。
「うっほほ、うまそ〜」
「うほほ、てオマエ……ちゅーか人ん話きいとんのかい」
「あはは、ごめんごめん。ついこの素敵コントラストに釘付けに……」
さっき思いついた通り、俺は帰って来よった夏希に漬けマグロとアボカドのカリフォルニア丼を作ったったわけやねんけど。
キッチンカウンター越しん時はふんふんリアクションしとったんも、テーブルに飯を運んだった途端まるで話はそっちのけ。
しゃーけど、まーせっかくの炊きたてや。ほな先に「いただきます」しぃやー言うたった時の夏希の喜びよう言うたらアレ、マテを解除された犬や犬。
「んー幸せ〜……で、えーと、めっちゃ『爽やかくん』だったんだっけ?」
あの兄チャン、越してきよった昨日の夜にも挨拶に来てくれたらしいねんけど、生憎とニ人揃って不在にしててんやんか。昨日は遅番やってんごめんなぁ言うたら、川村サンも土日仕事の人ですかて聞かれたもんで、せやでーは言うたったんやけど。
“あー……自転車あれへんかったら十中八九仕事やで”
ただ全くの初対面相手にコイツん仕事やら休みやら言うんも微妙や思て、斉藤サンと同し、あくまで俺も『お隣サン』の体で答えといてん。
「おーせやねん。ほんでくれよったんタオルやろ? えらい『まんま』やなー思て笑けてもうたわ」
「あはは、そうなんだ。そういや真子のは凝ってたよねー」
飯が3分の1くらい減ったとこでようやっとラリー再開はなってんけど、どうも夏希はあんまし興味が無いみたいやった。
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