春の憂鬱 5
寒暖差の激しい時期だけあって予想外に冷え込みよった花びら降る河川敷。香ばしい匂いを発しよるビニールシートの上、夏希の手元を覗く6つの目がみるみる丸くなりよるサマを、ひとり俺はニヤニヤしながら眺めとった。
「何や!? こんどえらい進化は!」
「えっ、上手くなってる!?」
中でも一番ぎょっとしよったひよ里に、夏希自身も目ぇ爛々とさして嬉しさ半分びっくり半分で聞き返しとる。
実際OKこそ出したったものの、昼間俺はあんまし夏希を褒めてやらんといた。検定と晴れ舞台はちゃうもんや。練習過程を見てへんひよ里たちに生で評価された方が夏希も嬉しいに決まっとるからな。
「へーやるじゃない夏希ちゃん! やっぱり美容師さんだけあって器用なんだね〜」
まるで事情を知らんかったローズなんかは感心しきりやってんけど、そこはひよ里がえらい形相で首ぃ振って全否定。
「真子! オマエどないスパルタなしごき方しよってんか!?」
「あ? スパルタちゃうわボケ。まー俺もほんまはもうちょいイジメたるつもりやってんけどな、やっぱし根性あんねんわ」
そない言うて夏希の方を顎でしゃくって見せたったものの、これは演出やのうてまんま本音。ヤイヤイ言わん代わりに俺に延々ジー見られながら「もっぺん」言われ続けての計120個。合間にアドバイスはしたっても一切手ぇ貸さん態でおった俺を前に、いつ音ぇ上げよるか好奇心大半で観察しててんけど。
ほんま「いっぺん決めたらやる」やねんよなコイツは。肩ぁ落としはしても、俺んOKを貰わん内に投げ出すなんちゅう頭はまるであらへん感じやった。
「おっ、カリトロ加減もバッチリやで夏希! 今度羅武にも食わしたり!」
「でも、タネは平子さんが作ったんですよね」
……ほんでもって、こんめでたい空気を瞬殺しよる松田ん毒も快調や。
「あはは、うん勿論。ついでにソースもね」
まるで気にする様子のあらへん夏希に若干引いとるひよ里と、丸っと全部にドン引いとるローズ。それを何や生ぬる〜い心地で眺める、俺。
(……いつもああなのかい?)
(せや。アレでめっちゃ仲ええねんで? ワケ分かれへんやろ)
耐え兼ねてコソッて聞いてきよったローズに言いながら、俺はプラカップに作ったったロックの焼酎をちびり。
「……っ、ちょお夏希! オマエも早よこれ飲んだ方がええで!」
ローズが破格値で仕入れてきてくれたプレミアムやら謳われとるそれは、えらい飲み易うてまろやかな泡盛やった。こないにたまの贅沢が出来るんも、羅武のおかげやな。
夏希に言うた通り、俺らは好みや性に合うよなバイトを、当り前にそれぞれ勝手に決めんねんけど。せやっても皆な、何となしにどっか仲間内でプラスんなるよなとこ選びよることが多い。ちゅーてもあくまでノリシロ的な部分の助け合いで、必ずやないねんけどな。
例えば酒屋いうても羅武んとこは卸専門で、倉庫での力仕事がメイン。しゃーから俺なんかがふらって行って買うたり出来るとこちゃうねんけど、そん代わしローズのライブハウスと契約があるやんか。
つまり、羅武本人が安う買えるだけやのうて、買い付け名目でローズが行けば今回みたくレアな酒や、時に試飲用ワインなんかも手に入る。そのローズのライブハウスに至っては年越しライブ然り、俺らの誰が行ってもタダで入れてくれんねんわ。
同し力仕事の拳西はっちゅーと、コンビニのセンター便専属のドライバー。ほんで羅武が買うてる漫画や雑誌ん発売日は深夜便に入ったり、リサのエロ本も調達させられとる。
リサと俺はまかない持ち寄り役。口にはせえへんけど、ひよ里がアジトに近い弁当屋に決めたんも白が気軽に買いに行けるようにや。
ただハッチだけはあない容姿なもんで、気功整体を装うた鬼道治療をこっそりマンションでやっとんねやけどな。
同し目的を果たすいう気概の他に、こないしてそれぞれの生活やら嗜好やら、そんバランス取りながら俺らは生きてきてん。
流石にやってられへんねやんか。何年も何年も、ただ生き延びる為にバイトして、いつ来るか分からんその日まで黙々と修行続けるなんか。
――ほんでもってひとり、えらい伝説作っとんのがおんねんわ。
「せや。今日ウチが帰ったらまぁたバイト情報誌と睨めっこしとったで、白」
「ほれみぃローズ! まぁた俺ん勝ちや」
「ハァ……一昨日、今年こそ変わりまーす! って言ってたのに……」
こないに白の言葉をまんま信じたんのは、人のええローズとハッチぐらいなもん。
ちょいちょい出てる話題やて察したんか、横で頭からハテナ出しとる松田に夏希も苦笑いしぃしぃ説明しよった。
「ものっっっそい職務経験豊富らしいよ」
「ああ……そういうことですか」
8割方クビで一年続きようもんなら奇跡。面接経験豊富の間違いやろ。
しゃーけどぶっちゃけ、俺んとってもこの手の話題はフクザツやねん。
堤防の上ん桜を指差しながら、まーほら春だし心機一転とかさぁ〜なんか言うて、会うたことない白のフォローに入りよる夏希。
アホか関係あれへん言うて、とっとと一蹴しよるひよ里。そん言葉を受けて、残念ながらあまりそういう季節感のある子でもないんだよ言うて、八の字眉を更に下げよるローズ。
それをぼー見ながら手元んカップを口に運ぶも、もう舐める程度しか入ってへんことに気ぃ付いて腰を上げた俺。ほんならワンテンポ遅く立ち上がった松田が、そん後に続いて酒瓶の乗った折り畳みテーブルに来よった。
「……どうかしたんですか?」
「んあ?」
「浮かない顔してますよ、何か」
「ほぉかぁ? 気の所為やろ」
酔うてもうたんちゃうかオマエーなんか言いながらクーラーボックスから氷取り出しててんけど、見透かすよな松田ん視線は尚イタイ。ちろてそれ見た俺ん口からはハァて溜め息ひとつ。かなわんなぁ思て苦笑が漏れる。
「ふっ……ただちょっと、俺かてええ歳こいて甲斐性なしやんけ思うただけや」
「……そういうの、気にする人ですか?」
言いながら松田は、ひよ里ん頭に桜のひと房つけようかなんかしとる夏希の方を見よった。つられて俺が見た時には、ちょうど「ウザイっちゅーねん!」叫ばれて、逆に自分の髪の毛ワシャシャシャてやられたとこ。
「やぁ分かってはおんねやけど……何や自分的にカッコ悪うてなぁ」
甲斐性なしは甲斐性なしやっても、まだ先があれば救いようもあるっちゅう話や。
- 117 -
[*前] | [次#]
しおり
ページ:
章:
Main | Long | Menu