春の憂鬱 4
――別に、やりたくないわけじゃない。
「あんな夏希、オマエ1個を最初っから丸くしよ思い過ぎやねんて」
生まれてこの方たこ焼きを家で焼いたことの無かった私は、当初は皆なで和気藹々とたこ焼き器を囲む絵を思い描いてワクワクし通しだった。
ひよ里ちゃんも真子も、何でもないような手つきでパッパ仕上げて行くもんだから、さほど難しくはなさそうだ、なんて高を括ったほど。
「しゃーからベビータコカステラなってまうんやんか」
……ただ、やらない方が良いと思うだけ。
皿の上で湯気を立ち昇らせ、これでもかと主張してくる、きっちり火が通ってモソモソになってしまった20個。その横には、市販のミックスに山芋とだし汁が加えられたタネがたっぷり入ったボウル。このプラス加減は重要かつ繊細らしいので、当然私はノータッチ。
暫しそれを見つめてから、今しがた渡された小麦粉と水のみの練習用タネを見て、肩を落とす。
「最初っから1個1個気に掛けて焼くなんか、それこそ効率悪いっちゅー話や。ロット巻きちゃうねんぞ?」
……返す言葉もないとはこのことだ。
私の失敗因は、何と言っても『返し』をする際の手際の悪さに他ならない。過去3回のタコパでさじを投げたひよ里師匠にも再三に渡って、遅い! 気にし過ぎや! と怒られた。
だが1個1個、周りのびろびろを如何にして1回で確実に巻き込むか。どうもそんな意識が働いてしまう。テキトーにちょこちょこやってく内にちゃんと綺麗に丸くなるようだが、どうにもそのテキトー加減が掴めない。何だか、専門時代を思い出す。
「んあ〜……もっぺんやな」
しかしながら、真子の根気の良さには頭が下がるばかり。
それから3回、今度は早過ぎ・ちょい遅い、などと言われての計60個。未だ難アリな小麦粉ボールを前にまた、う〜んとその首が捻られる。
「ちゅーかオマエほんまにピック苦手そやなぁ……ほなこないしてみ」
そう言って小麦粉ボールのひとつを鉄板に戻した真子は、私の手からピックを取り、予備のそれと1本ずつを両手に持つ。そして、ピック2本でもって挟むようにしながら回して見せてくれた。
見よう見真似でやってみると、素早くは行かないまでも、確かに1本よりはずっと動きが安定する気がした。コツを掴むべく、火の点いていない鉄板の上でひたすらコロコロ回す練習に励んでみる。
と、そこで寝室でお昼寝中だったキスケさんがヒョコヒョコとやってきた。
「あ〜コラ、アカンてキスケ」
何してんの? 何してんの? とばかりにテーブルに両手を掛けたところを、すかさず真子が抱え込んでがっちりロック。
「あんなん食うたらなぁ〜一瞬で口ん中カッサカサやぞキスケぇ」
……『外カリ中トロ』への道は険しい。
程なくして何となくの要領を得てきた私は、次に作った小麦粉ボールで一応のOKを貰った。一服するか?と言われたが、ひと休みすると感覚がリセットされそうな気がして続行を申し出る。
遂に出番を許されたタネを手に、緊張した心地で油を引き直す。それこそワインディング、所謂ロット巻きの認定試験さながら。
するとそれを鉄板を挟んだ向かいから見ていた真子から、ふっと淡く笑う声がして顔を上げた。
「油、多過ぎる……?」
「あーちゃうちゃう。こないしてオマエに何か教えるん新鮮やなぁ〜なんか思てな」
まぁ言うてもたこ焼きやけどな、と笑った真子は、続けてまた『新しい話』を聞かせてくれた。
「今はこんなんやけど俺も昔、就職っちゅーか……それなりの組織で部下とかおったこともあんねんわ」
「へー! ……あーでも、想像できなくもないなぁ」
いつもどっかゆる〜くダルそうで、口は悪いわ、すぐにペシペシはたくわ、とどめにド金髪。パッと見あまり組織にガッチリ属すタイプには見えないけれど、偏えに組織と言っても様々だ。
「めんどいねんとか、やれやれって言いつつ……ふふ、でも実はめちゃめちゃ部下思いってことがバレバレな上司」
「あ? バレバレて何やねんコラ。ちゅーかオマエが思うてるほど下のモンに甘ないで? 俺」
とか言いつつ、まだ結果が出てない今からホットケーキミックスを混ぜ混ぜしてるあたり、根気良く付き合った上で信頼してくれているのだと分かる。
そういう感じは、一見ギャーギャー言い合ってるだけのように見えるひよ里ちゃんとのやり取りの中にも、よくよく見受けられる。
“気張るんやで”
そして、何が正しいかは承知の上で、その人にとって何が大事であるかをも見定め、極力尊重する――きっと、そういう人が上司で着いて行きたい人は沢山いる。
「アパレルとか? 最初そっち系かなぁって」
「んあー……いやバイトでやったことはあんねんけどな。向いてへんねん、俺には」
「そう?」
「合うてへんモンを合うてるなんか言える思うか? 俺が」
……めちゃくちゃ納得だ。
手は動かしたまま、なるほどというようにコクコク頷けば、苦笑混じりのニヤリ顔でわしわし頭を掻く。
「嘘や思うかも知らんが何気におカタイ仕事やってん。しゃーけど、まーそれはそれで悪いもんでもなかったで」
けれど続く真子の、一見は普通に昔を懐かしむような表情の中、宙を見つめているその目は何処となく虚ろなものに見えた。朝のそれとも違う、どちらかと言うとあのポストコに行った秋の日に近い――。
「なぁ、」
「……っ?」
ぼんやり気取られていたら、いつの間にか神妙の色を灯した瞳がこちらを向いていて、ハッと我に返った。
「あー……いや、手ぇがお留守んなってんで、なっちゃん」
あっと慌ててカセットガスのたこ焼き器に火を灯した私に、真子は更に空気を一新するかのように言う。
「まー何やかんや色々やったもんやけど、飯屋が一番性に合うてる気ぃするわ、胸ぇ張って出せるし。何よりまかないがあるしなぁ〜」
そして私は晴れてたこ焼き検定に合格し、「よう頑張ったなぁ」という労いの言葉と一緒にバナナ入りのプチホットケーキを授かった。
「冷たいんと熱いののコラボもオマエんツボやろ?」
添えられたバニラアイスに、何で知ってるんだろうと不思議に思いながら。
落としたての珈琲と一緒に2人でそれを美味しく食べ、成功した充実感が加わった後の一服も格別。おにぎりの手筈を整え、約束の時間までダラダラとゲームをしたり、キスケさんと遊んだり、じゃれ合うようにキスをしたり。
だがそんな至福のさなかにも頭の片隅にふと甦る程度には、やはり印象的だった。
何だってあんな顔をして――真子は、何を言い掛けたんだろう。
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