春の憂鬱 3
俺らのアパートから一番近いスーパーは、川向いの遊歩道出て15分くらいんとこにある。ちゅーても隣にドラッグストアがあんのがせめてもの救いの、食料品特化の小っさい店。何にしても銘柄なんかは豊富やない。
いわゆる総合スーパーいうヤツは駅前にあって、原チャリと電車で通勤しとる人なんかは帰りに寄っとるみたいやわ。
しゃーけど例の馴染みの三人はっちゅーと、自宅勤務の松田が玄関なって共同購入の宅配サービスを利用しとる。
夏希もニ人住まいん時はそれに加わってたらしいねんけど、帰りもまちまち、一人じゃよう使いきらん。米なんかの大物やストック可能なモンだけ一緒に頼んで貰うようなって以降、基本は今向うてるスーパーかコンビニ。
今は今でお互いその日その日やけど、俺やひよ里のバイト先のモンかて中々のお役立ち。タイミングと車の都合がつく時はひよ里と夏希でポストコ行ったりもしとるみたいで、実際は結構いろいろ。
「私もまた原チャ買おうかな……」
「ぜっっったいアカン。オマエ一回コケて手首捻挫してんねやろ?」
「え、ちょ、何で知ってんの!?」
「店長サン来はった時にきっつう言われてん。定期的に言い出しよるから死んでも止めたってくれてな」
「……要らなくない? その連絡網」
ただ効率主義の夏希は、前みたく原チャリ通勤やったらもっと早う帰れるし、おのずと飲み行く機会も減って経済的やて常々思うとるらしい。
めんどい思てついつい瞬歩使うてまう俺かて、いっぺん味おうた便利さに与りたなる気持ちは分からんでもないねんけどな。
「うわーほんと雪みたい! 一本に何枚ぐらい花びらついてるんだろ」
細かく円を描くよに、はらはら、ひらひら、後から後から絶え間なく降らしてきよる遊歩道の桜並木。それを陶然たる面持ちで振り仰ぎよる夏希の手と感性は、やっぱし何もんにも代えられへんのは事実で。
しゃーけど、それを持っとることによる恩恵も弊害も、誰より本人がいっちゃんよう分かってるやろうし。
「んあーまるで減ってる感じせえへんもんなぁ……」
今まで無かったモンがある事に慣れるんは存外早いけど、今まであったモンが無いっちゅー事にはよう慣れへん。それすら多分、もう知ってもうとるとは思うねんけど。
「……ほれ」
スタイル生み出す左手と、それをカットする右手。俺が差し出したった手にごく自然に重ねられた夏希のそれに、しっかり指ぃ絡めて今一度思う。
――体ごと、自分が自分やなくなるよな思いはさしたない。
「あ、何か実演やってるっぽいね。イイ匂いする」
「んお、ほんまや。ちょお行ってみよかー」
スーパー着いたら店ん前に何や人だかりが出来とって、隙間からいかにもなエプロンしたオッサンが意気揚々と喋っとるんが見えた。舗道まで届いてきよる屋台的な香ばしい匂い。即座に俺はピンと来てん。
すんません言いながら見える位置まで潜り込んだ途端、あ! 言いよった夏希。その横で俺はやっぱしな思てニヤてしたものの、何や見たことない、真ん中の丸い鉄蓋の周りに穴ぼこ空いとる鉄板に首ぃ傾げてまう。
丁度ネタが仕込まれ終えたとこやってんけど、続いてオッサンが言いよった台詞には俺もほんまかいな思うてもうた。
「大体1分半くらい経ったかな〜? くらいでスイッチを入れます。さぁーこっからが面白いですよ! ぜんっぶ自動でやってくれちゃいますからね〜?」
は、自動……?
「ちょ、見て凄いよあれ! 引っ繰り返ってる!」
「うわ、なんーやあれ。どないなっとんねん」
スイッチ入った途端、何や真ん中の鉄蓋がカッチャンカッチャンいうリズムで浮いては閉じ、浮いては閉じし始めて、1個ずつ、半回転にちょお足りんくらいの割合で、くるん、て引っ繰り返されて行きよるやんか。
よくよく見とったら、どうも蓋ん下に潜んどるアームが穴ぼこの内側のヘリと一体なってて、それが何やショベルカー的な働きをしよるみたいやわ。
「おもしろーい……ちょっと欲し――」
「おもろいはおもろいけどアカンで夏希」
「……」
「……」
「え、ダメ?」
「アホかオマエは。あんなん邪道や邪道! 大体オマエ、デビューから自動モンなんかに手ぇ付けてみ? まぁたひよ里にどつかれるでぇ」
「っ!」
俺ん言葉に思きし息を飲みよった夏希は、目ぇ見開いて首をぶんぶんぶーん! しよった。脳裏にあのキョーレツな記憶が蘇ったんやろな。
まだ俺とこないなる前の秋頃やったか。
いつも通り皆なで夏希の部屋で好き勝手しとった夜、不意にたこ焼き食いたい言い出しよったひよ里に、素ぅで「コンビニ行く?」言うてもうた夏希がえらいド派手なデコピン喰らうはめんなったやんか――コンビニのたこ焼きなんか誰が食うねん、ハゲがー! 言うて。
更に夏希が『たこ焼き器』を持ってへんっちゅー事実が知れて、かんっがえられへーん! 言うて、ちょっと加減ミスってのもう一発。
……みごっとに腫れてもうてん、マジで。
尋常やない速さでみるみるプック〜なっていきよるデコ見て、流石に俺も焦ってもうて「ちょお大丈夫か!?」なった。ちゅーてもその日は羅武もおったもんで、「オメーが考えらんねぇだろ!」言うて速攻でひよ里もボコされとったけどな。
ほんで冷静なったひよ里も「すまん! ほんま堪忍なー」言うたんやけど、あんましポンポンに腫れとるもんで後半なってちょお吹いてもうたやんか。
しったら流石に夏希もイラッときてんか、痛さに目ぇ潤ましつつもも、ごっつ片眉上げた顔で羅武に『ひよ里捕獲命令』発令。がっちり後ろから抱え込まれたひよ里の自分と同し弱点。そこを延々真顔でこそばし倒して、真剣にゴメンナサイ言うまで追い込みよった。
そもそも俺から言わしたら、例えたこ焼き器があっても、そない都合良くタコがあるわけないやろっちゅー話やねんけどな。
ほんでまー後日仕切り直して、俺のやつ持ち込んでたこ焼きパーティーしてんけど、まぁた夏希がヘッタクソでなぁ……。
「ちゅーか、何でオマエ髪の毛切ったりセットしたりは超速で出来んのにあない手際悪いねん」
「いやぁ、思うようにピックが扱えなくてですね……」
「んあぁ〜……よっしゃ、ほな今日はおにぎりとたこ焼きな。オマエが華麗な返しと引越し技を繰り出せるまで特訓や特訓」
ちゅーことで気持ち憂鬱そな夏希の腕ぇ引き引き、俺はたこ焼きミックスの1キロと具材、おにぎりのそれをカゴにばんばん放って行って。
最後にホットケーキミックスとバナナを入れたれば、それも焼くの? て嬉しそな顔で聞いてきよったもんやから、すかさずニヤてして言うたった。
「俺はひよ里と違うて優しいからな。ムチ8にアメちゃん2ぃぐらいはあげたんで?」
「……何か、違う意味でワクワクしてない?」
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