春の憂鬱 1
――4月2日、月曜。
堤防の上、緩い心地ええ横風が吹いて、夜空をバックに無数のピンク色が一斉に舞った。
ひらひらぁ〜 ひらひらひらぁ〜
なりながら落ちるそれがピタて川面に張り付きよるサマを、ぬくい腿を枕にぼや〜……。
「綺麗やなぁ〜」
「綺麗だねぇ〜」
「しゃーけど逆やんなぁ〜」
「……ですね〜っ、いてててて!」
一瞬ギクッなんか振動しよったくせに、何や誤魔化すよにシレっとボケよった夏希。チッなった俺は、頭ガンガンするっちゅー夏希のこめかみをワンフィンガーで上からぎゅー押しながら言うたった。
「よぉ、なっちゃん。俺て、ごっつ優しいやんなぁ〜?」
「優しい優しい! 優しっ、なぁ〜!」
慌てて優しいを連呼しよった夏希は、そん頭ぁ乗しとる俺ん腿をギブギブちゅーばかしにポンポンしよった。
今夜、夏希の店の面々は、先月末にロンドン講習から帰って来よった例のアシスタントの子のお帰り会、兼花見。
ちゅーてもただ飲むだけで終わらんのがアジール流。今回は何やひとりが化粧も出来るメイクウイッグ(生首)を持っとったとかで、公園で『夜桜の下で映える妖艶メイク大会』とやらが開催されたそうな。
……想像するだけで異様な光景や。
曰く、ビールやらテキーラやら飲んどるっちゅーんにいつになく熱心に集中してもうたとか。まー楽しかったんならええんちゃういう話やけどな。
ほんで解散なって今から帰るーいう電話よこしよったんはええけど、珍しくなっかなか帰って来えへんやんか。何や、まぁたチェーンでも外れたか思てこっちからかけてみてん。
ほんなら何や、ほろ酔い抜けたらめっちゃアタマ痛なってもうたらしゅうて、いつものコンビニん駐車場で休憩中やと。ちゅーても、まぁそこまではええねん。夏希かてそないな日もあるわな思う。しゃーから俺もアホやなぁて呆れつつ、迎え行ったるからそこで待っとけ言うたワケやねんけど……。
実際、出入りの多い時期ちゅーやつで、ここんとこ夏希は何かにつけて飲み会やら飯に駆り出されとる。俺も俺で送別会やら何やらに加えて、辞めたヤツの補填で臨時シフト組まれとる中、昨日なんかは白の誕生日兼ねた仲間内の花見やった。
ちゅーワケで、何やかんやタイミング合わんかったり疲れてたりで、ぶっちゃけかなりの『ご無沙汰』なっててんやんか。
ただ明日の火曜は俺も休み貰うて、ひよ里、ローズ、夏希の4人で花見の予定。お互い休み前やし、ようやっと今夜か? なんかちょお思うててんけど、まー無理はさせられへんし、しゃあない思て諦めてん。
しゃーけど行ったら行ったで、チャリンコん傍のタイヤ止めに座っとる夏希に、馴染みの店員の兄チャンが何や心配げな顔で水ぅ渡しててんわ。
「あーでももう来ると……あ、真子」
「おー、何や大丈夫か?」
ベロ酔いせえへんのは勿論、分け隔てない風やっても夏希が妙な隙見せへんのは知っとるし。しゃーから当たり前に夏希の様子には、顔色悪いいう以外にこれっちゅー不自然は無かってんけど。
何がおもんないて、そん兄チャンの顔に思っきし「何やもう来よったんかい」書いてあってん。
近ぁなり過ぎたからか最近は何や二の次なってもうてるけど、初対面ん時に俺かて普通に別嬪サンは思うたし。俺からしたら「ごっつやる気ないやん」いう格好の日もあるけど、それかて客観的にはそこそこ垢抜けて見える範囲や思う。
それでいて気取らへんし、何ちゅーか取っ付きやすい感じなもんで、多分ほんまはほんまにモテそなタイプやねんか。
しゃーけど、前までは長いことつき合うてた男の存在と名前バリュー、そっから先は事件の爪痕やら何やら。言うたらそれが夏希のATフィールドなっとるだけで、俺んとこの大学生然り、この兄チャン然り。
――意外とおんねんよな、コイツん行動範囲に。
「何やコイツが世話かけてもうたみたいで、すまんかったなぁ〜?」
「いっ、いえ、別に……」
一線引いての安全圏からしかアクションせえへんくせして、いっちょまえにこっすいあわよくば根性チラつかしよるヤツが。
ちょっと圧滲ましたった俺の声色に動揺しよるぐらいなら終いまでええ人で通せっちゅーねん。オマエらが思うとるほど鈍い女やないねんぞボケが。
こっちは久々のお楽しみも断念するハラで迎え来たっちゅーんに、邪まな良心あからさまにしくさりよってからに。欲求不満な俺ん前で何ちゅー小賢しい真似さらしてくれてんねん。毎日オマエのレジでゴム1個だけ買うたろか? ドアホが。
「……ぷっ、いつからしてないっけ?」
「んあ? 何がやねん」
「欲求不満なんでしょ?」
「……俺、いま言うてたか?」
ウンウンて夏希が頷きよったん見て、うーわ、俺どこぞのケツの青いガキみたいや思てガクーンなってもうた。その様子に気ぃ付いた夏希が、俺ん膝の上でくくって小刻みに揺れ出しよる。
「……っく、ふふっ、てかゴムばっか増やしてもね」
「あーせや、オマエの射的の戦利品かてぜっぜん消化出来てへんやんけ」
「あははは、何だか経済的になってんね。もう治ってきたから大丈夫だよ?」
「アホか、そない出来レースみたぁなバトルしたかて何もおもんないわ」
赤裸々な実情話なんかしとる間にもわさわさ降ってきよる薄紅の花びら。
その一片が夏希の髪にも落ちて、ふわふわの間を滑らすよにスーッて摘み上げたれば、昼は白に見えるそれが今はしっかりピンクに見える。
「桜も紅葉も夜んなると表情変えよって、何や女みたいやなぁ……男の発情メカニズムもそない時期なんかと相関あんねやろか」
「……途中まで詩人だったのに」
「やかまし。男の子は何かと大変なんじゃボケぇ」
紅葉が徐々に色づく艶やとしたら、桜は天然素材的ちゅーか、何やコケティッシュな感じしよんねんな、やらぼやー思うててんけど。
もう大丈夫、階段も上れるて夏希が言うたから、そろそろ部屋帰ろかーて立ち上がって、見事に咲きよった桜をふたりで仰ぐ。はらはら花びらが降る中、夏希の顎をすくって唇ふさぎつつ、ほんまコイツのフェロモンて何なんやろ、なんか思た。
――桜とも紅葉とも違う、しゃーけど何かそそられるモンがある。
「……明日ん寝起きぜっったい襲ったろ」
「あー明日だったら負ける気しないかも」
「おーおーこっちの台詞代弁したってくれておおきにやなぁ」
そう感じるんは好いとる俺に限った話やないいうことを、数日後、俺は改めて思い知るはめんなる。
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