感謝しかねえ
「愛されてんなぁ、真子」
翌日、厨房入った俺んこと見るなりチーフはニヤニヤ笑いながら開口一番そんなん言いよった。ったく、人ん気も知らんと平和な人やなー思て呆れとったら、後ろから聞こえた「あの〜」いう声。
あ? 思て振り返ったそこにはホールの大学生――昨日の一件に居合わせとったらしいひとり――がおったやんか。
「何や?」
「いやその……実際どうなのかなって。平子さん、川村さんのこと遊びなんすか?」
何や妙に複雑そなソイツ顔見ながら、そういやコイツが俺に夏希の話振ってくんの初めてやな思て。ひょっとしてーてチーフの方見たら、聞こえとらんかのよな知らん顔。なるほど思て俺はソイツに向き直った。
「あー俺なぁ、ぶっちゃけ夏希にやったら騙されても構へん思てんわ」
エプロンの紐締めながらさらっと言うたれば、交代する早番のキッチンふたりと、先に入っとった中番のひとりの視線まで貰たんが分かった。その中番のひとりは、秋ごろ俺に忠告してきよったヤツ。
今となっちゃ、あん時『むっちゃ髪好きやねん宣言』しよった夏希の気持ちが、よう分かる。
あの後、流石に疲れてもうたんか、リビングでまったり喋っとったらウトウトし出しよった夏希。気合で化粧だけは落としよったようやけど、案の定、俺がシャワー浴びとる間にソファで落ちとった。
「……ったく、世話の焼けるやっちゃなぁ」
ブツクサ言いつつ、具合悪い時に昨日今日と疲れさして堪忍なて心では謝って。
我ながら慣れたもんやな思いながらベッドまで運んだれば、穏やかな顔んまますぐにいつも通りモゾモゾて丸くなりよった。
オマエは知らんかも分からんけどな、こないして丸まっとんの始めだけやねんで? ちょっとしたら無意識に足先でシーツん冷たい部分を探るクセが発動。
ほんでええ感じにひんやり堪能したら、今度はぬくさ求めて俺ん足に絡めてきよんねん。甘いのもしょっぱいんも食いたい言うて、さんざ悩むタチだけあるで、ほんま。
しゃーけど夏希は、ほんまに好きなモンにはそない『どっちやねんな』いうよな比較も何もあらへん。
ほんまは俺の問題どころか生態レベルの話やし、万一俺が犯罪者やったりしたらどないすんねん、とも思うねんけど。
熱っぽく言うでも涙流すでもなし、いちいち前に出ばって自分語りしよるわけでもない。しゃーけど俺と向き合うとる一貫した姿勢みたいなんは、わざとあない上からな態度してまで、ちゃんと見してくれんねやんか。
――そら自惚れもするし、甘えてまうっちゅーねん、アホ。
「まー騙すとも思てへんけどな」
今まで俺は、宣言通り夏希との関係を隠したり誤魔化したりはしてこんかった。
しゃーけどそん代わり、こないして自分の思いみたいなんを分かり易う言うたこともなかったやんか。なんぼ夏希と関わる態を通す言うたかて、夏希と夏希の店んことまで考えなしに口開いてええわけもないからな。
しゃーから『アイツ何言われても変わらへんな』いう態でおればええか思うててんけど、実際それをちゃんと感じ取っとるんは多分、まだチワワちゃんだけで。
周りがどないに思おと、俺がアイツをめっちゃ好いとるっちゅー事実ならなんぼでも言うたれるやんけて今さら気ぃ付いてん。
「……そうなんすか、良かったぁ〜」
「ハァ?」
俺ん答え聞いてあからさまにホッとした顔さらしよったソイツ見て、ちゅーかオマエは何やねん思て苦笑いしてもうてんけど。
「いや、ぶっちゃけ僕には皆なが言ってるような人には見えないもんで」
ほー何や世の中まだまだ捨てたもんやないみたいやんな? やら思とったら……。
「だからもし遊びなら可哀相っつーか、可愛いのに勿体無いっつーか、僕ならそんな……って、あ。いや嘘っす! すいません!」
感心したんも束の間、ヒトが黙って聞いとったら何を言い出してんねん思て、ジー細目で凝視したった。
「遅いわハゲ! どこほっつき歩いてきてんねん!」
アパート戻ったら、屋上から降りてきよったひよ里にオカンみたぁなこと言われてハァ? なった。挙句に夏希が帰るまで俺んとこで待たせろやーやら何やら。
「ほな2000円」
「ハゲが! 冗談は顔だけにせぇや! オマエん部屋のどこに金払う価値があるっちゅーねん!」
俺が出したった手ぇバシーン! はたきよったひよ里は、えらい形相で部屋ん扉指さしながら吠えよってんけど。
「アホ言いなや、今日び2000円ぽっちじゃラブホの休憩すら叶わへんねんぞ」
「ほぉ〜? 何やオマエこっち来てから夏希だけみたいな顔ぶら下げて、そないイカガワシイことにはやたら詳しいねんな〜?」
「ア、アホか! 大方の相場で言うただけに決まっとるやろが!」
ヤイヤイ言い合いながらも、そん背中に背負われた逆撫には、ひよ里が降りて来よる前から気ぃ付いててんし。
『倦怠期を乗り切る為のラブレシピ』
……やらいう、よっぽどいかがわしわ! 言いたなるハウツー本まで持たされて来てんやんか。
「で? ちゃんと仲直りしたんか、ハゲ真子」
「しゃーから……別に喧嘩なんかしてへんし倦怠期でもあらへんっちゅーねん……って、どわっ!? ぶふーっ!」
扉開けながらボソて零したったら、背後からドーン! ケツぅ蹴っぽられて、自分とこの廊下に顔面からダイブするはめんなった。しゃーけどオマエかて、俺に改まって礼なんか言われたないやろが。
リビング行ったら、俺ん体跨いでとっとと先行きよったひよ里は早くもソファに横んなってペラペラ雑誌を捲っとる。やれやれや思いながら床に置かれた逆撫手に取って、ふと、そういや思た。
「なぁ、オマエ夏希に自分の素性んことどないに言うてんねん」
「あ? そんなんとっくの昔に話さん言うてあるわ、ハゲ」
は……? 話さん、やと?
話されへん、話したないやのうて、話さん言うただけなんか!?
「ちょ、そんなんで夏希は納得しよったんか!?」
「納得も何もあらへん。夏希が聞くほど重要やない言うたんや」
で、ほんならウチ話さへんからなーやら言うただけ、やと? いやいやいや、そないさらっと阿吽な感じに行くとか意味分かれへんやろ。
しっかも聞いたら、その話したん会うた初日やなんか言いくさりよるやんか! いつの間にひとり早々と楽んなってんねん、ハラ立つ〜〜〜っ! ……しゃーけどコイツと俺、こないして両方ほだされてまう人間なんか夏希くらいなんやろなぁ。
魂魄の輪廻なんちゅーモンの感覚が染み付いとる俺らからしたら。
「せや、ウチもこないだ夏希の母ァちゃん見たで!」
「ああ、聞いたわ。トリートメント取りに来はったんやろ?」
「ちゅーか何やねん、夏希の親は。揃いも揃うて若い若い詐欺かっちゅーねん!」
「……何やオマエ、夏希の造語癖がうつってきてもうとるんちゃうか」
――誰より夏希の両親に、感謝感謝やねん。
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