癒えちゃいねえ
夏希のちっこい背ぇ両腕で支えたって、そん肩越しに自分の寝室を瞳だけで見回してみる。徹底して霊圧残さんようしたっただけに、そこにはただ『普通の部屋』があるだけ。
“そんなんオマエがしっかりしとったら済む話やろ”
……ほんましょーもな。
意識せんければ何でもあらへんことも、万が一も億が一もあったらアカン思うと、途端に自信なくなってまうもんやねんなぁ。外敵やったら余裕ぶっちぎりでシバいたんねんけど、何せ相手は俺や俺。……色々ガックシやわ。
何にしてもここは一旦ちゃんと謝らなアカン思うた俺は、肩ぁ掴んで真正面から夏希のこと見て言うたった。
「昨日はほんーま、すんませんしたっ!」
ペコリ。
「へっ!? あー……や、ううん……」
面食ろうたよに目ぇまん丸にさした後、夏希は何やもどかしそに唇を小っさく開き掛けては噤んどって。
「……ちゅーことで、まぁ食うてくれや」
「むぐっ!?」
そん隙間をケーキの上のイチゴで塞いだった俺は、床に散らばっとるレコードの物色に入った。
夏希は多分、良くも悪くも突出した感性持っとる所為で、人よか多く色んなモン感知は出来んねんけど。それん対する上手い言葉なんかは、夏希の気持ちの比重がでかなればなるほど見っけられへんのやと思うわ。
『ありがとう』 『ごめんね』 『好きだよ』
しゃーから、飾りっ気なんちゅうモンを削ぎに削ぎまくった簡素な言葉に濃縮さすしかない。ちゅーても俺は、ちゃんと届いとるでー思うねんけど、本人とっちゃ尽くしきれへん色々があんねやろな。
――て、表情で丸分かりやっちゅーねん。
「何これめちゃくちゃ美味い!」
「当たり前じゃボケ」
生クリーム苦手なオマエん為にわざわざヨーグルトで作ったったんやぞ! やら恩着せがましゅう言うたれば、えらい嬉しそに今度はハッキリ「ありがとう」言いよった。
そん顔を盗み見ながらプレイヤーの蓋開けた俺は、これやないう一枚をフッて吹いてからテーブルにはめる。ほんなら夏希が、何や口をもぐもぐさしながら覗き込むよに首を伸ばしよったやんか。
「何やねん」
「え? 針落とすとこ見たくて」
「は、何で?」
「真子の指綺麗だし」
ほぉかぁ? 言うて眼前かざしてみるも、やっぱし俺にはよう分かれへん。
ただ、こん針を落とす時の何とも言われへん緊張感は、ある意味レコードん醍醐味のひとつやし。いつもより慎重を意識したった俺ん手元を、うっとりした顔つきの夏希に見られるっちゅーんもなかなかええもんやった。
聞き慣れたブツッいう音。次いでザーいう心地ええホワイトノイズの後に、すっと始まりよるイントロ。1分間に33回転、細い針をそん溝に沈めながら、黒くてつやつやしとる円盤がゆ〜ったり回る。
今更こないな工程に馳せる感慨もへったくれもあらへん思とったけど。
えらいほっこりした様子でふあー眺めとる夏希と目が合うて、何を言うでもなしにちょっと笑み合うたりなんかして。そん間を特有の柔らかさと厚みのある音が通りよる、そない空気には何や改めてしみじみ感じるもんがあった。
「……ふふっ、全然違うなぁ」
「っん、何が?」
夏希の持った皿からひと口ふた口つまんどったら、不意にくすくす笑いながら言われたそれ。
「音。子供のころ実家にあったてんとう虫型のやつと」
「おーアレな! 可愛いよな」
「うん、でもめっさバリバリいう」
「ハハ、まーそれもまた味やろ」
俺んとっちゃほんの少し前、別の場所で別の時間過ごしながらお互いレコード聞いててんやなぁ思うと、えらい不思議な気分やってんけど。
何でかチビっ子の夏希が友達の髪やら触って『ふぁ〜♪』なっとる絵ぇが浮かんで、ちょっと笑けてもうた。
「……何をニヤけてんの」
「っくく、いや何もない」
甘さ控えめなケーキとほろ苦いコーヒーを味おうた部屋に、ふたつの煙としゃがれたオッサンの声が漂い出して。
次にかける一枚のジャケ選びに夢中んなっとる夏希をぼー見とったら、漸く、しゃーけど何の気負いもせんと俺は切り出しとった。
「ハァー……ほんま、もっと早うこうしたれば良かったわ」
「ん?」
「あれや、話してへんこと多いやんか、俺」
自分でもびっくりするほど落ち着いとる今、俺ん口からはすーるする言葉が滑り出しよる。
「あー……でも真子、私は……」
「分かっとる、分かっててオマエに甘えててん。ただな、ほんま悪いねんけどやっぱし話されへんことやねん」
ごめんな。言うたら、夏希は俺ん隣に座り直して穏やかな顔でゆっくり首を横に振りよった。
「しゃーけど話したないんとは違う。それは言えたはずやってん」
どっかでビビッてもうててんやんな。そない胡散臭い男とはようおれんわ、なんか言われたら思て。結局は、俺ん方が信用しきれてへんかったんやろな。
「それさえ言えとったら、もっと話せることかてあった思うねん」
俺も昔変わった形のプレイヤー持っててんでーやら、美味い団子屋の話、めちゃめちゃロン毛やったんやで? やら。
芋蔓式に聞かれることに身構えんとおれたら、改造白玉人間なんかの前に、もっとごくありふれた普通の話かて出来たはずやねん。とりとめもなしに話す昔話みたく、多少の脚色したってでもちょっとずつ、自然な流れでなぁ。
それを今までしたらんかった結果が、アレや。
“……ごめん武者震い、かな”
予想してへんかったわけでも、気持ちが分からんわけでもない、寧ろ逆。気持ちの整理がついとっても、平凡な日常に潜んどる無意識の悪意にかて慣れっこんなったとしてもや。自覚のある無しは問わず、そん傷まで癒えとるとは限られへん。
あん時、夏希の目ぇには、俺ん部屋がパンドラの箱にでも見えたかも分からんな。
――或いは、ログイン出来ひんパソコンそのもんか。
せやのに俺の頭ときたら、ええ加減ほんーまどうしょうもないことなっとるらしい。支えたい思うてるくせに本末転倒やんけいう罪悪感に、胸かてしっかり締め付けられてんねやけど。
反面、夏希にとってそんだけ俺ん存在がでかいいう事実を前に、嬉しさのが上回ってもうてんわ。
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