伝えちゃいねえ
――廃ホール。
「……どない思う?」
先に弁当タイム入っとるヤツらの視線ビッシビッシ感じながら、舞台ん上で逆撫を間に向かい合うとる俺と羅武。俺ん問いに、羅武は何や思案するよに背負うた天狗丸ん方見て首ぃ擦りながら言いよった。
「んー……俺だったら怖くて一緒には寝れねぇなぁ」
「せやろ!? めちゃめちゃ怖いねんて!」
「かといってここに置いとくってのもなぁ……」
「かーっ! せやねん! 逆に気になってもうて絶対落ち着かんことなんねんて!」
俺の抱えとるジレンマに羅武がえらい的確な同意を示してくれたったもんで、思わず両手でワッシャー頭掻いてもうた。
「つっても、そういう理由だから寝室には入れられねぇ、とも言えねぇしなぁ」
「そこやねん……って、痛ぁ!」
ガクンうな垂れた途端、べしーん! いう音を立てていきなし後頭部に衝撃が走りよった。案の定、振り返った先にはビーサン片手に何やごっつ眉間に皺寄せくさりよったひよ里の顔。
「さっきから何ハゲたことごちゃごちゃ抜かしてんねん! そんなんオマエがしっかりしとったら済む話やろ、こんがしんたれが!」
「ウルサイなぁ〜そんなんオマエに言われんでもわーっとるわボケぇ〜って、あいたたたた! 髪の毛引っ張るんやめぇや!」
俺も負けじと両の人差し指でひよ里ん口イーッしたったものの、ふと掴まれとる自分の髪に目が行って思わずピタて止まってまう。突然のそれに呆けよったひよ里の視線に気ぃ付いた俺は、まんま思うた通り聞いたった。
「……なぁ、俺らはともかく、夏希以外の誰かに髪の毛触られるん、オマエは平気か?」
「ハァ? 何やねんいきなし」
怪訝そなひよ里ん手ぇから離れた俺の髪が、頬にパラパラ零れてきよる。何となしにひと束摘み上げて浮かぶんは夏希の顔、と。
「俺はなぁ、平気やってん。平気やってんけどなぁ……」
――さっき見たチワワちゃんの、傷付いたような顔。
“白くなっちゃってるよー?”
“あ……すまん”
デザートこさえた時にその辺舞った小麦粉かなんかが降っててんやろな。タイムカード切る時、たまたま横おって払おうとしてくれたチワワちゃんの手ぇ、気ぃ付いたら咄嗟にパシて払い返してもうとった。
あっさりポジチブさんの夏希でも、こないな俺に妬いてくれたりすんねんな、とか。俺ん言葉ひとつで、あない悲しい顔さしてまうんねんな、とか。
いっちょ前に分かった気になんかなっててんけど、俺の知らん夏希はきっと、まだまだようさんおって。
せやってももう、アカンねん。
俺ん髪が、皮膚が、そん感触を、触れて欲しい手ぇを、覚えてもうてる。
残った弁当食うてから、早いとこ戻ってきっちり話せんとなー思いながら俺はケツポケから携帯を出した。バイト明けに着信あったし、とりあえず一旦電話入れとこ思ていじりかけた瞬間。
「うぉーうっ、吃驚したぁ!」
いきなしブーン震えよったもんで思きしビク! なってもうたけど、存外すぐに止まりよったそれ。んお? 思て見たら、何や待ち受けに見慣れん通知があるやんか。
「……っ!」
目ぇ見張ったまんまガバァ立ち上がった俺は、即行でコートと帽子手にして瞬歩で入り口に向うとった。
「アレ? 真子、斬魄刀置いてっちゃったよ?」
「どのみち、今日は置いて行かれるつもりだったんじゃないデスかね……」
「だけど最近の真子、結構いろんな顔見せるようになったよね」
「おぉ、そーな」
「そんだけ本気ってことだろ。何で夏希なのか俺には全然分かんねぇがな」
「アンタに分かられても夏希も困るやろな」
「……ウチはあないハゲに惚れとる夏希が分かれへんわ」
地上に降りて見上げた部屋には電気が点いてへん。しゃーけどチャリンコはある。寝とんのか? 思うた俺は、曰く3階からがツライらしい階段を、ゆっくりゆっくり上ってみた。
夏希を好きんなって、初めて本気で自分を怖い思うた。
俺ん微々たる霊圧でも、あっさりそん魂魄に傷負わしてまえるくらいには、夏希もキスケも脆い。ちゅーても起きとる時の霊圧操作なんか、俺んとっちゃ呼吸すんのと変わらんくらい無意識で当たり前にしとることやけど。
寝とる時、夢ぇ見るみたく俺の精神世界で斬魄刀と共鳴や対話するんも、わりかし日常的なもんで。更に言うたら夏希とおる時は相当気ぃ抜かして貰てる俺やねん。
しゃーから、逆撫置いとって幾分か霊子密度が高なってる俺ん寝室で夏希と寝るなんか、怖あて絶対に出来へん。
そない紙一重な力持っとっても、アイツが背負うとるモンも、中々に世知辛い現実も、俺にはどないしたることもかなわへんやんか。
せやのに何でやねん。
何でそれを先にオマエが言いよんねん。ちゅーかよりによって何でそれが最初のメールやねん。俺はまだ、オマエに何もちゃんと言うてへんねんぞ。部屋にまともに上げへん理由のひとつも言わんと、オマエが聞いて来えへんのをええことに――。
言われへんことなんか、言いたないことなんか。
それすらハッキリさしてへん傲慢で我儘な男やねんぞ、アホ。
2階、ピンポン鳴らして出えへんかったら部屋で待とう、思うた。
3階、やっぱしワン切りだけして待ったろ、思うた。
4階、やっぱし部屋ん前で待っとこ、思うた。
最後の踊り場折れて、呆れやら安堵やら愛しいやらがゴチャ混ぜんなった、溜め息が漏れた。
「……オマエは待たんでええっちゅーねん」
ゴールの一段下、俺の惚れとるちっこい女が、壁に寄っ掛かってすやすや眠りこけとった。
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