遊びじゃねえ
何だって今日はこうもことごとく裏目った行動や言動をしてしまったんだろう。ほとほとウンザリだ。
散々こちらを気遣ってくれた真子が、ただ単に気負わなくていいと言おうとしてくれていたことなど分かりきっている。その直向でやさしい想いに「ありがとう」と応え、あのまま流せてさえいれば。
静寂に包まれたこの寝室、常の月曜と変わらず真子は隣にいたかもしれない。
“信用してんねやったら何でも――”
それでも、まるで自分が信用に値しないと言われるみたいで怖くてその先を聞けなかった。逃げてばかりだ。自分に沸き立つ感情、ドアふたつ隔てた距離からも。
そうまでして守りたい自分。私の中の欲張りの虫は、一体どこまで成長してしまうのだろう。
どうしようもなく好きな真子がいて、その真子に想われている自分のことも、私は呆れるくらい好きなのかもしれない。
「……軽率なこと言うてもうてすまん、ちょおアタマ冷やしてくるな」
「え、ちょっ……!」
そう言ってすぐさまコートと帽子を手にした真子に待ったを掛けようとした私は、けれどそのどこか痛々しい眼差しに息を呑むことになった。
「オマエのそない常にどっか冷静なとこも好きやけど……時々ちょっと恨めしなるわ」
「……っ!」
「……すまん。何や俺、もう今日は喋らん方がええな」
自分が冷静に映っていた事実に愕然としてしまった私は、苦しげな真子の声、バタンというドアの音、その両方を意識の外で聞いた気がした。
同じ時間、同じ空間で顔をつき合わせ、話をして、笑って、呆れて、怒って、凹んで、寄り添って、キスをして、体も重ねて。
それでも私と真子が見ている事実はこうもずれているのだと、今一度思い知らされた思いだ。現に、いっそ申し訳ないほど真子は私を買い被りすぎている。
或いは彼にしてみれば逆も然りなのかもしれない。それでも自己表現力の足りなさが忌々しくてしょうがない。けれどそうと分かったところで、どんな言葉を用いてそのずれを修正すれば良いのか、正直私にはサッパリ分からない。
全部を話さなくても私は信じてるよ、とでも言えば良いのか? 変に重くて、かえって圧力かけるみたいじゃないか。
事あるごとこんな風になるのは耐え難い。かといって今まで真子自身が口にしなかったことに私から触れるのも、やっぱり何か違う気がする。
それに、本当に気にしてないのに「気にしてない」と言った分だけ胡散臭くなる、というドツボにハマりそうで嫌すぎる。
「……ダメだ、燃料切れ」
いつになく激しく感情が揺らいだ一日。精根尽き果てベッドに突っ伏すと、キスケさんがくるぶし辺りに擦り寄ってきた。
このふわふわな生き物の瞳に映る私たちは、触れ難いタブーを真ん中に、どれほど右往左往して見えることだろう。
「……キスケさん、お隣さんと恋愛するのって難しいね」
両脇に手を差し込んで抱え上げれば、にあ、と短く鳴いたキスケさんに鼻先をベロンとされた。
――最低や。
瞼ん裏に焼き付いた、俺が投げた言葉に目ぇ見開きよった夏希の顔。
ほんの数分前まで自分で認めとったやんか、夏希の視点、思考回路が俺とはちゃうなんか。せやのに迂闊な発言してもうた自分への苛立ちを、先に気ぃ付いた夏希に向けてまうとかほんま何サマやねん。
こないしてサカサマなってもアタマに血ぃも上らへん俺が、何で人間のアイツん立場もっと考えたれんねや。
「ねーハッちん、何なのアレー?」
「う〜ん……もしかしたら夏希サンという方と喧嘩でもされたのかもしれマセンね……」
「ふ〜ん? 彼女と喧嘩すると天井の角にハマりたくなるもんなの?」
「いえ、そういう意味ではなくてデスね……」
誰もおらんやろ思てアジトにぶら〜来てみれば、思いがけず地下から馴染みの霊圧がふたつ。ちょっとして、遅くまで修行しとったらしいハッチと、それに付き合うとった白が地下から上がってきよった。
2階の天井ん隅にひとりしゃがんどった俺は、あからさまに『放っといたってくれオーラ』全開にしててんけど、何せ相手が相手や。案の定、興味深々いう感じで飛んできた白が、何や俺んこと真下からジー見て来よったやんか。
「……何やねん」
「真子さぁーなっちゃんにも本気じゃないの?」
「なっ……!? んなワケあるかぁい!」
いきなし何を寝惚けたこと言い出してんねんコイツは。本気やあらへんかったら誰がこない自己嫌悪なるかっちゅーねん!
「じゃー何で嘘ついてあげないの? アレじゃなっちゃん可哀そうだって、リサちん呆れてたよぉ?」
「……っ」
「ま、白サン……! ささ、もう遅いデスし今夜は帰りまショウ」
「あ、ねーハッちんもそう思わなーい? どーせいつか記換神機使うなら仲良くいれる方がいぐっ……!? うーっ!」
何かしら察して気ぃでも遣うてくれたんか、遅れて来よったハッチが慌てて白ん口塞ぎよって。
「し、真子サン、ワタシたちお先に失礼しマス……」
「……おー」
気まずそな笑みでそないに言うてから、そのまんま白を引き摺るよに連れてそそくさと出て行きよった。
“どいつもこいつもオマエん強さに甘えすぎやっちゅーねん”
「……どの口が言うとんねん」
白の言うた通り、言お思うたらほんま何とでも言える。物心ついた時から養護施設おったもんで、正確な歳、血液型や出身地、親ん顔も知らんねん、とかな。
ほんでテキトーに帳尻合わしながら嘘の上塗り続けたったら、それで済むこと。
なんぼ誠実にありたいやら綺麗ごと並べたったとこで、『真実も言わん・嘘もつきたない』なんか俺の一方的な我儘や。
今んとこそない不満そな感じはせえへんけど、何かにつけて夏希を困惑さしてまう原因に変わりはない。いや、キスケを理由に当たり前の顔してアイツん部屋で寝泊りしとること思うたら、とっくに不満かも分からへん。
いずれにしたっても、このままでええわけなんかない。ないて分かっとる。
せやのに、何でや。夏希の前で嘘を吐く自分想像するだけで、何でこない胸が苦しなんねん。
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