そうじゃねえ
「……んあーすまん! ちょお3分時間くれ」
デコに左の手ぇ当てて、明らかに不興な顔しとる夏希に『マテ』よろしゅう右ん掌を向けた俺。
セルフエキサイト……せるふえきさいと……Self Excite……
倹約目に言うても85℃くらいにはなってもうとった脳天に、謎の夏希語を叩っ込んで落ち着かせる。
――せや、ヒートアップはアカン。
『落ち着き』 『冷静なり』 『話せば分かるやろ』
女がヒステリー起こしよった時の俺の三大常套句やってんやんか。言われてどないすんねん。ふーてひとつ深呼吸。膝に乗っけとった片っぽの足ぃ降ろした俺はパン! て腿を叩いてから姿勢を前傾さしたった。
「おし! ええでぇ」
「……」
当然やな。いきなり頭ごなしに捲くし立てられて、止まった思たら待たされて、挙句に勝手に仕切り直されてん。そら俺もされたら眉も頬もピクてなる、いや「あぁ!?」言うてまうかも分かれへん、堪忍な。
「……はー、真子は私のこと買い被り過ぎだよ。そんな高尚な人間じゃないって」
しっかし熱なると見えるモンも見えんようなるもんやな。でっかい溜め息と一緒にようやっと口開きよった夏希が、今更んなってえらい疲れた顔しとるんに気ぃ付いてん。
同時に、昨日ん夜に腹痛い言うて薬飲んどった姿思い出した俺は、なるべく穏やかな声で先ぃ促すよう努めたった。
「ん、どない意味やねん」
「確かに逃げたは逃げたよ……でも、真子が思ってるような理由じゃない」
「ほな何やねん」
「……あんま言いたくない」
ほんなら何や、今度は夏希がデコ覆うてごっつ憂鬱そにしとるやんか。
何の見当もつかへんけど、とにかく何かあるな思た俺はソファから降りて夏希と目線同しにして質問を変えてみた。
「ほんならアレ、言いたない理由を言うてみぃや。それなら言えるやろ?」
「……」
「……」
「……まず、言ってもしょうがない生産性のない話な上に、困らせるだけってのがひとつと」
「おぉ、ほんで次は何や?」
「私にとっても口にしたくないことってのがひとつ」
「おぉ」
「真子が気にして何かが変わるのもイヤだから……以上、3点です」
……何の在庫確認やねん。
片眉上げつつ頭の後ろで腕ぇ組んだ俺は、まんまソファの座面に乗っけて天井仰ぎながら夏希の言うた理由を整理してみた、ものの。
何かしら紐解く鍵があんねやろ思うててんけど……アカン、サッパリ分かれへん。
ただ、チラて見た先で何やズーンなっとる夏希の様子からして、ほんまに言いたないっちゅーんは分かる。間違うても根掘り葉掘り聞いたってええ雰囲気やない。どないしたもんやろかこれ。
思うててんけど。
「……はーっ、ごめん。やっぱこんな我儘よくないよね。言うよ、ちゃんと言う。でもお願いだから気にしないで」
冷静なった俺が譲歩に徹しとるんに気ぃでも引けたんか、急にガバて顔上げた夏希が何や腹ぁ括ったよに切り出してん。
ああ、コイツのこないなとこほんま好きやわ。改めて思いつつ、俺は夏希の心意気を無碍にせんようしっかり聞く体勢に入ったった。
「山本チワワちゃん、だっけ。あのショートウルフの子」
「ハァ!? ……おぉん、せやで?」
思うてもみいひんかった名前が飛び出しよって、思わず素っ頓狂な声が出てもうたけど。せやかて日頃フッツーにバイトん話題に出しとるし、今更どないしてん。首ぃ傾げつつ、続く夏希の言葉を待つ。
「あーとぉ……つまり、真子と一緒にいるとこ見たら拒絶反応が起きちゃった、ってただそれだけ……はぁぁ〜」
は?
待て待て待て。ん? 何やて? 一緒おるとこ見て拒絶反応? つまり何や、一緒おるとこ見るんがイヤで逃げてもうたっちゅーことか? …………夏希がかぁ!?
「なっ、え、マジメに言うてんねんか……?」
あんまし想定外やって、何や片手で顔を覆うてさっきよか輪ぁかけてズーンなっとる夏希に思わず確認してもうた。ほんならまぁたチッいう舌打ちが聞こえて、こらヤバイ思て。
「おわっ、堪忍て。せやかてオマエがそんなんなるなんか思わへんねんもん、しゃあないやろぉ?」
慌てて隣行って宥めたったものの、夏希はチラて俺ん方見てから肩まで上下さしてまぁたでっかい溜め息吐きよった。
「……てかニヤけんのやめてよ」
「しゃーけどオマエ、そらぁ無茶っちゅー話やろー」
こないテンション上がる誤算にニヤけへんヤツおったら連れて来ぃっちゅー話や。こんムッツリが! 言うてどついたるわアホ。
「あれやで? 俺んとっちゃひよ里がヒラッヒラのスカート履くくらいレアやねんで? オマエがヤキモ――」
「ああああ頼むから言わないでー!」
俺ん言葉「ああああ」でかぶせよった夏希は、何や抱えた頭ぁぶんぶん振って、やっぱ言わなきゃ良かったなんかボソて零しよった。
まー変人に片足突っ込んどるコイツの思考回路はよう分かれへんけど、とにかく夏希にとっちゃ何や大ごとみたいやんな。
「あんなぁ……困るどころかぶっちゃけ俺めっっっちゃ嬉しいねんけど、そないになるほどのことなんか?」
「口に出すと尚更縛られるから嫌なんだよ……」
「何でやねん。あれやろ? バイト辞めるやら言わんと今まで通りしとったらええんやろ?」
「や、それは勿論なんだけど……何つーかさっきの真子と一緒。自分で言ったことが呼び水みたいになるっていうか……」
ああ、なるほどな。
何でコイツが弱音やら愚痴やらマイナスなもん殆ど口にせんのか、ようやっと分かったわ。俺があの眼鏡ん名前口にしたないんと同し、開けたない蓋のパスワードみたいなもん。心ん中ではやり過ごせるもんも、音っちゅー形にすることで、言うたら言うただけ感情に振り回されてまう。
――せやったら。
「ほんならこの際、俺も言うといたるわ」
「え、何を?」
「……俺も松田に妬いとった」
「はぁ? 冗談でしょ!?」
「ほれみぃオマエかてそうなるやろが! オマエと気心知れとる松田が羨ましかってん、悪いか! お!?」
「ちょ、何で逆ギレ……」
言いたないこと言わしてまうよなきっかけ作ってもうてごめんな、なんかよう言わんから。少なからず俺ん中にあったモンも吐き出して、やかましわ言いながら呆れ顔の夏希のことぎゅうぎゅう抱き込んだって。
「オマエが言いたない気持ち分かっときながら聞きたい思うてまう俺は我儘か?」
しゃーけどやっぱ、嬉しさん方が勝っとった俺のアタマは、いつになく沸いてもうとったらしい。
「そうは思わないけど……」
「どない理不尽やっても構へん。信用してんねやったら何でも――」
「真子」
「……!」
ストップ掛けよった夏希の低い声に、すぐに俺は自分が口走り掛けてもうた『間違い』に気ぃ付いた。とんだド阿呆や、俺は。
何でも話すことと信用を天秤に掛ける資格なんか、俺のどこにあんねん。
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