重ねる日々 10
――ほんま、何で気ぃ付かれへんかったんやろ。
店ぇ戻って、ごっつええテンションで食うて飲んでして。徐々に夏希も、ひよ里や松田も、何やかんや色々サービスしてくれたリサまでもよう笑いよっていつになくえらい楽しい夜んなった。
ちゅーてもデザートの杏仁豆腐食う頃にはそれもちょっと落ち着いて、取り留めもなしにまったり喋りながら飲む感じなっててんけど。
「大体なぁ、夏希は美容やお洒落にめっちゃ拘るくせに、面倒臭がりやし無頓着やしで矛盾してんねん!」
そないに言い出だしよったひよ里に松田が全力で便乗。大体夏希さんはー言うて、とにかく慎みが足らんっちゅー例を片っ端から挙げて延々クドクド指摘。
当の夏希はっちゅーと「あー慎みは……来世で頑張る」やら言うて、はははは、て誤魔化し笑いみたいなんしとったわ。
それ見て俺も、まぁたアホなこと言うとるわて苦笑しててんけど、ほんま「あ」いう感じで急に気ぃ付いてん。ヤイヤイ言いながらひよ里が懐くわけや。
“シンジでええ言うてるやろ、めんどいやっちゃな”
“はははは……”
要らんとこ律儀やけど多くは語らんくせに、一度これて決めたら何が何でも曲げへんとこも。職人気質で要領悪いくせに偏屈やのうてユ〜ルユル。しゃーけど変に鋭くてここっちゅーとこは外さへんのも。
何でやろ、近すぎたんか?
多分、ひよ里がアイツよかすんなり仲良うなれたんは夏希が女やからで。
ちゅーてもこまいこと気にせんと受け止めたれんのは曳舟隊長っぽくもある。しゃーけど水面下に興味深々なリサとも通じる。
――何ちゅーバランスやねん。
“事実ってのは意外と沢山あるんすよ”
……どないしてくれんねん、店長サン。あんたの言葉、夏希のこと知れば知るほど、どんどん重なってくわ。
“機が熟すまで、接触は最低限にしときまショ”
なぁ、俺らが意識なくしとったあん時、あない体面ばっかの四角四面なオッサンたちん前に引き摺り出されて、どない気持ちやったん? ひよ里を行かしたった自責? 俺らの虚化解除出来ひんかったやり切れなさ? あの眼鏡への憎悪?
現世で気ぃ付いた俺らにアホみたく真摯に頭ひとつ下げよった後、オマエはもう、憂いの欠片も見せんとこれからの話をしとったなぁ。
今一緒おる女が嘗てどない気持ちで警察行ったんか、法廷で裁かれる男をどない心地で見とったんかも、やっぱし俺には知る由もあれへんし。近くにおった松田いう男にも、それは分かれへんと思うねん。
しゃーけどオマエが何でか助けた『キスケ』も、その主人も元気やで。難儀で分かりにくうて、周りもそないなヤツばっかしやけど、元気にええ女やってんで。
いつか俺らも、過去を過去に出来た時。
そん時は酒でも飲みながら、オマエのその胸ん内もちょっと、見してみいひんか? なぁ、喜助。
その後も何やかんやダラダラ飲んでた間に外はわっさわさ雪が降リ出しとった。
リサが上がるん待って一緒帰る言うひよ里を残して、早くも薄っすら白なってる道を徒歩組の俺ら3人はぽてぽて歩ってアパート目指す。
「さぁーむぅー……良かった、明日休みで」
「オマっ、明日俺がどんだけ積もっとる中バイト行かなアカン思てんねん! ゴミ出したらへんぞコラ!」
ふあふあが付いとるフードの下から、聞き捨てならんこと言いくさりよった夏希の頭をパコパコはたいとったら、横から何や勝ち誇った声がボソて聞こえた。
「1階で在宅仕事の僕は勝ち組ですね」
「……」
「……」
「俺な、Holyんヤツに女の子紹介してくれて頼まれててんけど誰がええ思う?」
「んーそーだねー『リサちゃん』なんかいいんじゃん?」
「せやな、『リサ』がええ。よっしゃほなそーしよー」
ほいでカップル誕生したら4人でどっか行こか? いーねー、やら白々しい会話続けとったら、観念したらしい松田がおずおず言いよったやんか。
「……明日、僕5階までゴミ取りに行きましょうか?」
「え? そんなー悪いからいいよー」
被ったフードに雪乗っけてエスキモーみたくなっとるくせに、やったら妖しいしたり顔さらしよった夏希。そんなんにグッなりよった松田との絵づらが、何やえらい傑作過ぎて思きし吹いてもうてんけど……。
「ぷっ、ちょびっと背ぇ高くなってるよ、真子」
「んあ?」
気ぃ付かれへん内に何や俺のハンチングまでしっかりデコレートされとったらしい。ふるふる首振って落としたったら、今度は松田がフッなんか笑いよった。
「……何か、犬みたいですね」
「ちょ、誰が犬やねん! オマエかてめっさ埃かぶってもうた人みたくなってんで!?」
そないして延々いじったりいじられたりを繰り返して、アホみたく笑いながら歩いとったらあっちゅう間にアパート到着。誰ともなしに張サンとこのピカピカを見上げれば、電飾に照らされた金ピカの雪がぼろぼろ降って来よった。
――いつの間にや俺も、すっかりここに馴染んでもうたなぁ。
「白っ!」
「うーわ、ほんまや!」
松田と別れて階段上り出したものの、酒入っとるんもあってか、5階着いた時には夏希は暑い言うてヘロヘロやった。
ほな久々に屋上涼みに行ってみよかーなって来たら、夏に酒盛りしたなんか嘘みたく思えるほど一面真っっっ白。とうに4、5センチは積もっとるそこに、ぎゅっぎゅっいう音を立てて、俺と夏希の足跡が付いてく。
並んで寄っ掛かった手すりの下には、想像以上に雪に埋もれた世界が広がっとって、今さっき歩いたはずの痕跡すら朧に見えた。
珍しく俺ん煙草吸いたい言う夏希に一本渡して火ぃ点けたったら、ありがとうて翳された右手。ほわほわ白い息が漂う中、ポッて照らされた伏し目の睫毛がやけに綺麗でちょっと魅入ってまう。
次いで俺も咥えた一本に火ぃ点けて、何となしに下の駐輪場やら通りやらを眺めとったら、ふって思い出し笑いが零れてもうた。
「くくっ……あっこらへん、オマエごっついクーラーボックスがっこがっこ揺らしながら走っとったよなぁ〜」
「え? あー……はは、見てたんだ」
「ふっ、まだ『平子サン』やったなぁ俺。あれからもう半年なるか」
ほんま何でもないよな毎日、しゃーけど何もんにも替えられへん毎日。
「ふふ、でもひよ里ちゃんが超〜可愛かったことも、酒注いで貰って『おっとっと』って言ったら真子にすんげー変な顔されたのも花火も勿論、全部覚えてる。ほんと、昨日のことみたい」
「……俺かて覚えてんで。不覚にもオマエにドキッとさせられて、焦ってドーナツ作ったったんもな」
「え、何それ初耳なんだけど! へーえ……」
「……」
「……」
「……そない『他には?』みたいな目ぇしても教えたらんわ、ボケ」
言いながらモコモコのコートん上から腰抱いて、ボソて好きやで言うたらコテて俺ん肩に頭が乗る。こないな時間に比例して募りよる想いは、しゃーけど時にお互い抱えきれんくもなって、もつれてまう。
「今夜は一緒風呂入ろかーなっちゃん」
そないごく当たり前んことを、俺らが思い知る時も
「じゃー髪洗っていい? しんちゃん」
「……ええよ」
――すぐそこまで来とった。
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