重ねる日々 9
時間制限があるからと、真子たちが戻る前からジャンジャン運んで来てくれる、リサちゃん。受け取った傍から網に乗せて行くひよ里ちゃん。それを引き上げ選り分けて行く私。
何やら奇妙な使命感が沸いた私が黙々とその作業に徹していると、じっとこっちを見ているひよ里ちゃんの視線にふと気付いた。
「どした?」
「いや、普段あんまし分からへんけど、ほんまにあのハゲんこと好いとるんやなー思て」
「へ? 何でいきなり」
一体自分の何がそう思わせたんだろうかと、キョロキョロしながら今までの工程を思い返してみるも、全くと言っていいほど心当たりがない。
そんな私の様子を見て取ったのか、ひよ里ちゃんは手に持ったトングで真子の皿をビシ! と指して言った。
「ハゲん皿だけ豚トロが多い。好きやん、アイツ」
フンと鼻を鳴らしながら言われて視線を落とすと、確かに他の3つより気持ち多かった豚トロに目を見張る。指摘された気恥ずかしさも然ることながら、無意識に取っていた自分の行動と、それに気付いたひよ里ちゃんに対する驚きが上回った。
「うわ、ほんとだ! 何かごめん……」
「アホ! 欲しくて言うたんちゃうわ!」
「ひよ里ーアンタなに言うとるの今更。そんなんふたり見とったら丸分かりやろ」
「!?」
「!?」
別の席に飲み物を運んでいたはずのリサちゃんが、空いたトレーを小脇に何処からともなく現れ仰天。どんな地獄耳。
「こう見えてちゃあんとやることやっとるんやで? 人前で露骨にイチャついたりせえへんだけや」
「……何でそれをリサが言うねん」
まるでその場を見たかのような、何か得意気ですらある物言いに、呆れたひよ里ちゃんがぼそっとツッコむ。
「せやけど、夏希と真子には何や新鮮さが足らんと思うわ。今からそんなんやったらあっちゅう間に倦怠期迎えてまうで」
「えええ、そうかなぁ〜……」
確かに最初から男を意識したわけでも、お互い出来過ぎた感動劇のような告白をしたわけでもない。故に『私たち今日から恋人!』的なノリなど皆無だったし、良い意味で流れのままに深まって今がある、という気がする。
けれど事実自分は、こうしてしっかり真子の存在を前提とした行動を取っているわけで。
……随分と浸蝕されたもんだなぁ。
思わずふふっ、と小さく漏らしてしまったが、ひよ里ちゃんの冷ややかな視線を感じて慌てて私は口を引き結ぶ。
と、そこでウイーンと自動ドアが開き、ハァー生き返るわぁーという声と共に、身を縮こませた真子と松田くんが入ってきた。冷え込んだ外から戻ってきたにしては妙に晴れやかな顔をした二人の姿に、ふと鮮明な既視感を覚えちくりと胸が痛んだ。
彼と松田くんは、同じゲーム好きなこともあって仲が良かった。好きだけど決して上手くはない私とでは張り合いがなかったらしく、夜は大概彼と松田くんの二人がうちのテレビを占拠していたものだ。
どことなく少年ぽさを残した雰囲気と人懐っこい性格が為か、太陽みたいに笑う人だ、とよく言っていた松田くん。事が露呈した時には、典型的な『まさかあの人が』という衝撃が、彼を知る誰しもに走ったようだった。
正直、どうしていいかなんて私にもよく分からなかった。それでも、初めて見る松田くんの苦しげに歪められた顔を前に、私はただ『違う』と強く思ったのだ。
『松田くんの所為じゃない』
口にするのは簡単だった。けれどそれが一体なんなんだ、と思った。私と松田くん、それぞれの事実はただひとつ。
私は彼氏を
彼は友達を
そのやりきれない喪失感が、そんな言葉でどうこうなるとは到底思えない。それは誰より私自身が一番よく分かっていることだった。
バタついている中、張さんから松田くんが引っ越そうかなと零していたと聞いた。何でそうなんの? と心なし焦れたものの、思ったより自分も疲弊していたらしく、急激な脱力感からぽーんとひとり旅に出てしまった。
それにより、過ぎりかけた「色々もうどうでもいいよ面倒臭い」という投げやり思考を整理でき、私はまたアパートでの暮らしを再開。
それからちょっとして、松田くんと喧嘩した。
何を誤解したのか「僕の前で彼の代わりをしようとしないで下さい」とかほざいた彼。色々な感情が一気に逆巻いて、私はブチ切れた。
「……自分の方が傷付いてるくせに」
「何でそう言えんの」
「だって夏希さん、同棲してた恋人に裏切られた挙句に置き去りにされたんですよ!?」
「……何それ。恋人と友達、失うなら恋人の方が傷付くの? 何でそれを松田くんが決めんの? 比べて何か変わるわけ? いなくなったのはひとりじゃん。松田くんは彼を失ったことと『友達』を失ったこと、どっちがショックなわけ? 私が彼の代わり? 自惚れないでよ」
思いは違えどお互いにとってつらい事実に変わりないのに、斉藤さんばりのノンストップで淡々と酷いことを言ってしまった。本当はただ、変な負い目を抱かずにいて欲しかっただけだった。
その後、松田くんは引っ越す代わりに一層引き篭もり、ネットに上がる私の誹謗中傷を潰す作業に没頭。そんな風に何かせずにはいられないという衝動は、彼の実家に限らず、友達、店の仲間、アパートと、事実あちこちで起きていた。
それでも1、2ヶ月に一度、髪を切るという名目で松田くんがまたうちを訪れるようになってくれたことが、私にはとても嬉しかった。
食い放題と言えど個人店だけあって決して安くはないが、相応に質の良い肉を値段気にせずたらふく食べれるなんて結構な贅沢だ。
こまめに網チェンに来ては、にこりともせず威圧感たっぷりに松田くんをからかったりするリサちゃんは、それでも色々とサービスしてくれたりで。
意味は違えど彼女からもまた、どんなに愛想や言葉に欠けようと真子たちを大事に想っている様子がよく覗えた。
戻って来るなり、真子は例の燃費の悪さを如何なく発揮し、4人分のしし唐を含む皿のストックを驚異的なスピードで消化。
「んーんまいなぁ! なかなかええやろ、ここ」
「あはは。うん、すっごい美味しい」
何やら目に見えて機嫌の良い真子の、妙に無邪気な姿につられ笑いを零すと、徐ろにぽんと掌を頭に乗っけられた。
「可愛いやっちゃなぁ〜」
「!?」
ある種の戦慄みたいなものを覚え、つつつ、とひよ里ちゃんに視線を向けると、頬の引き攣った同じように見開いた目とぶつかった。
(どうした一体)
(分からへん)
眉を寄せて目配せをすると、グラスを口に当てつつ異様なものを見る目で真子を盗み見ながら、ひよ里ちゃんも小さく首を振って『NO』を示してきた。
そうしてる間にもジョッキの残りを一気に飲み干しプッハー! とやった真子は、リサー! と空のジョッキをぶんぶん振って見せている。
そんな様子を少し呆れた顔で眺めている松田くんも、けれどフッと笑いを零すなど、存外機嫌が良いみたいで。それを見た私も何だか妙なスイッチが入ってしまって、アホみたく沢山笑った。
――時間は、残酷でいて優しいものだ。
- 101 -
[*前] | [次#]
しおり
ページ:
章:
Main | Long | Menu