重ねる日々 8
何やろ思て「どないしてん」言うたら、俺が寄っ掛かっとった壁に松田も並んでもたれよった。いつ見てもうっすい体に青っちろい顔。ほんまにちゃんと食うとるんかい、やら要らん心配が過ぎる。
「……あのアパート、平子さんはどのくらい住む予定とかあります?」
「……!?」
どない意味や。コイツ何か気ぃ付いてんねんか!? いや、住人についてはしっかり事前に調べてん、考え過ぎや考え過ぎ。
帽子ん下で目ぇ見張りながら一瞬でグワー! 考えてんけど、とにかく何か言わな思て極力自然に聞き返したった。
「ハァ? 俺まだあっこ入って半年そこらやで?」
「いや、あそこ不便じゃないですか。とりあえず2年我慢するけど更新する気はないって人も時々いるんで」
「あーなるほどな。それやったら今んとこ俺はそない不満はないなぁ、店まで歩くんかて別に苦ぅやないし」
内心ごっつホッとしたけど、わざわざそない雑談する為に来よったんか?
怪訝に思て顔を覗うたら、空気読みよったんかチラて俺ん方見て松田が言うた。
「……や、僕が言うことじゃないのは重々分かってますし、平子さんと夏希さんが変わらず一緒にいたら、の話なんですけど」
「んあ? 何や、言うてみぃ」
「何らかであそこを出る時は、夏希さんのことも連れてってくれませんか」
「ハァ? 何やねんそれ。夏希がそないにして欲しいなんか言うたんか?」
「いえ、違います」
……意味分かれへん、何やねん藪から棒に。
何やえらい勝手な言い分やんなぁ思て、思きし片眉上げてガン見してもうたけど。
どこ吹く風でシレっと続けられた松田ん言葉ぁ聞くには、あまりに俺はノーガード過ぎた。
「それが無理な場合、せめて何も告げずに置き去りにするような真似だけはしないで下さい」
「……っ!」
何ちゅーこと言いよんねん、痛いわアホ。
流石に俯いて閉口してまった俺が、夏希の過去を知っとって神妙な顔したかなんか思いよったんか、松田はにべもなしに続けよった。
「別に夏希さんの恋愛がどう破綻しようと興味はありません。ただ迷惑なんです、何かしら振り回されるんで」
コイツの毒舌が標準装備なんは今更やけど、まぁたえらいくそみそに言いよんなぁ思いつつ、どう振り回されんねん、言うて続きを促したった。
「まぁ、あの時は記者が来てたからもあったんでしょうが……突然いなくなったり。ふらっと帰って来たと思ったら、何気ぃ遣ってんだかやたら僕に図々しくなるし」
は……?
「ちょお待て、気ぃ遣うて図々しなるって何やねん。それにアイツがオマエにああなんはそん前からと違うんか?」
咥えかけたニ本目を手に戻して松田ん顔を凝視したら、そん冷めた目が『ははーん』みたく細なって。ほんでツツてちょっと目線流してから、ボソて呟きよったやんか。
「……ったく、これだからあの人は」
「あ? 何やねん」
「ハァー……聞いてないみたいなんで言いますけど。僕なんです、詐欺の証拠見つけたの」
詳しいことはよう分かれへんかったけど、夏希の元彼はネット使うて詐欺を働きよったらしい。
当時、何や夏希のお墨付きて銘打ったシャンプーやら何やらを売り出そうとしとるメーカーがあったものの、本人断り続けとったとか。それ逆手にそのメーカーの担当と手ぇ組みよったかなんかして、何や『お得意サマ限定商品』みたく謳ったメルマガを夏希の客に勝手に配信しとったんやと。
ほんである時、久々に家のパソコン使お思たら自分の設定したパスワードでログイン出来ん言うて、夏希が松田を呼びよったらしい。
結果、そん痕跡がズッラー! 出てきよって二人して唖然。そこで松田は、以前そん男にミラーサイトの仕組みやらについてそれとなく聞かれたことがあったんを思い出したんやと。
プロ専売と夏希の名前バリュー。その辺で売っとるモンより高いちゅーても、諭吉サンに届くか届かんか程度の値段が関の山。実際まだクレームのひとつも来てへんかったし、とりあえず男が帰り次第話することなってんけど。
いくら待っても帰っては来んわ、携帯も繋がらんわで、手掛かり求めて部屋ぁ調べてみたらクローゼットん奥から金の詰まった鞄が出てきたと。
しゃーけど、そん担当に唆されたんにしちゃー金は置いて行っとるし、色んなリスク背負うて詐欺はたらくんにも小額過ぎる。かといってトチ狂うたんにしちゃー何や妙に周到っちゅーか、手口が悪質。
動機こそ分かれへんけど、目的は夏希の名前落とす以外考えられへん。
“辞表出して警察行くけど、万一聞き込みに来られても絶対言っちゃダメだからね”
「口下手だからでしょうけど、代わりに夏希さん、僕に一切遠慮しなくなりました」
――僕が間接的加害者だった事実に変わりはないのに。
そう零した松田ん声がほんのちょびっと震えとった思うのは、俺ん気の所為やろか。
「なぁ……どないな男やったん? そいつ」
「…………ゲーム好きな人でしたよ」
何や、そういうことかいな。
「……ったく、難儀なやっちゃなぁ」
「そういう人ですよ、あの人は」
持ったまんまやった煙草を咥え直した俺は、そないな松田ん言い草に思くそ呆れた視線投げて言うたった。
「アフォ、夏希も大概やけどオマエもや、松田」
火ぃ点けてひと吸い目ぇ吐き出したら、心外や! みたいな顔しとる松田と目が合うてちょっと笑けてもうた。何や言いながらオマエかてバッチリ『置き去り』にされてもうたひとりやってんやんか。
「例えばやで? 魔が差した俺が浮気なんかしてもうたとするやんか。ほんならアイツ、どないする思う?」
「……呆れそう、ですね」
「まーそれで済んだらマシん方やろな。しゃーけどどない腸煮えくり返っても相手ん子にそん矛先は向けへんと思うわ」
「ああ、確かにそれは無いでしょうね」
「どない誘惑されよが乗ったんは俺、どない知識与えよが悪用したんはソイツ。同しやろ? 夏希んとっちゃそんだけんことや、平たく言うたらな」
友達として松田に気にせんで欲しいっちゅーんも、そらあったやろな思う。しゃーけどそれかて夏希ん中で、松田が気にすることちゃういう答えが出とってこそや思うわ。
さんっざん人んこと考えてから、しゃーけど結局自分のルールと責任で動きよる。
単純に優しいヤツなんかやないねん、夏希は。
「まーオマエん気持ちは分かったけど、フラれたりせん限りは当分あっこにおりたいなぁ〜俺ぇ」
「ふっ……夏希さん、相当平子さんのこと好きですよ。僕にしたら若干ウザイくらい一目瞭然です」
「おっとぉ!? 何やごっつテンション上がること言うてくれるやんけ。おーし、後でこっそりリサん番号教えたるからな」
「はい!?」
首に腕ぇ回して言うたったら、松田ん顔が一瞬にして耳まで真っ赤んなりよった。
――冗談やのうてほんまにほんまは、ずっとおりたいねんで。
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