重ねる日々 6
――月曜日。
「おーお疲れ。つーか馬鹿じゃねぇのってくらいさみーぞ外。体調気ぃつけろー」
「あーなんか夜中雪降るかもらしいですね。じゃーお先です、店長」
「……っ!」
暖房の効いた店の中から扉を開けかけ慌ててバタン! と閉める。自分の握っている取っ手が冷凍庫のそれに思えてならない、それくらい危険な冷気が一瞬にして全身を這った。
後方でくつくつと笑う声に振り返れば、「な、言ったろ?」と言わんばかりの顔をした店長が受付けから私を手招きしている。呼ばれるままに足を戻して手渡されたは、靴用カイロ。
「……随分と素敵に準備がいいですね」
「まー俺ももうオッサンだからな」
礼を言ってソファに座り、早速その素敵グッズを忍ばせようとブーツを脱ぎにかかった。手を動かしながら、かさ張る格好が好きじゃないとはいえ、絶対に厚手のコートで防寒したりしない真子は若いよなーなんて思う。或いは真子も、こうした見えないグッズで何か対策を講じてでもいるのか。
履き直して立ち上がり、早く暖かくなるようその場で少し足踏みをする。
“俺ん方がオッサンやっちゅーねん!”
知り合って約半年、今となっては何歳でもいいけど、誕生日ぐらいは知りたいかも――あのマフラーを買った日の帰り、ふとそう思った。
寒いというより痛いレベルの外気に、フルフェイスのメットを被りたい気分になったものの、芯に熱が通っている為か、かじかむことなく動く足は私を駅までぐんぐん運んでくれる。途中、低く立ち込めている分厚い雲を見上げながら、これは本当に降るかもだなぁと思った。
駅に着き、普段使わない空のICカードに1000円分だけチャージしようと、券売機の列に並ぶ。これから向かうリサちゃんのバイト先はアパートの最寄駅界隈とのことなので、今日は徒歩で出勤、そして今。
並びながら何気なく頭上の路線図を眺め、ふと専門時代に旅行で行った関西方面の路線図を思い出す。新幹線を降りて早々、エスカレーターの右並びにほんとだー! なんて興奮していたら、お約束のように環状線の内回り・外回りを間違えた。
あの時私が眺めた路線図の中に、真子やひよ里ちゃんが過ごした場所も、あったりしたのだろうか。
ぼんやり思考を空転させていると、自分の番が来たタイミングでコートのポケットで携帯が振動。急ぎ開いたそれを肩で挟みながらカードを投入する。
「おーお疲れサン。もう俺ら駅前のコンビニおるで。夏希はよ?」
「これから電車乗るとこ」
「ほーか、ぼーっとしくさって反対乗らんよう気ぃつけや」
「……や、ホームふたつでそれ無いし」
“その手ん話はそうそう聞かれへんやんか”
他愛もない話題を含め、この半年の間にしてきた会話の中から不自然なほど欠け落ちている真子のID、つまりは固体識別情報。そのどれも、今更私との間に於いて取り立てて必要だとは思っていない。
――確かにそうした認識が加われば、より理解は深まるかもしれないが。
これだけ話題に上らないということは、逆に相応にデリケートな要素なんだろうことは想像に容易い。だが予想し得る可能性は色々あれど、ルーツより何より自分の目で、耳で得たものの方が私には大事だ。
ただ、それらがタブーであると私が勘付いていることを、恐らく真子自身も分かっていて。分かってるんだなと感じる瞬間に流れる空気が、最近少し気まずい。
ひと駅だけ電車に揺られ改札を抜けると、コンビニ前にいる真子たちをすぐに発見。
ハンチングの下から立ち昇る紫煙。しゃがんで携帯ゲーム機に没頭しているチビッ子。壁にもたれ、そのチビッ子と対戦してるらしき真ん中分けの痩身男。
どこにいても揃って変わらないそのマイペースさに笑いが漏れつつも、何かホッとする。と、そんな私に気付いた真子が、ういーというように緩慢な動きで手を挙げた。
「お待たせ。寒いのにごめん」
「ん、あーさっきまで中おったし」
「お疲れ様です、夏希さん」
視線をゲーム機に落としたままシレっと余裕気に言った、松田くん。対する絶賛必死中のひよ里ちゃんはと言えば、無言のままひたすら目を血走らせている。横からひょいと覗き込んでみると、例のギミックやアイテムによる妨害上等のレースもの。
「さっき俺も一戦してんけど、まるでアカンかったわ」
逆側から覗き込んだ真子は、悔しいいう気すら起きんわーと口角を下げ溜め息混じりに零した。
「あはは、私も1個しか松田くんに勝てるのない。しかも特定キャラ同士の対戦限定」
「おっ、しゃーけど勝てるやつあんねや」
「夏希さんのヨガファイヤー削り、かなりムカつきますよ」
丁度(勿論ぶっちぎりで)ゴールしたらしい松田くんから刺すような流し目を頂いた。
「だって間合い詰められたら瞬殺される」
「……なんーでそのキャラやねん」
「あ゛ーけったくそ悪い! オマエもうちょいアイテム自重せえや!」
怒りのままにゲーム機を地面に叩きつけようとしたひよ里ちゃん。だが予想しきっていたらしい真子は表情ひとつ変えず難なくそれをキャッチし、
「うー寒なってきた! ぼちぼち行こや」
と、両腕を抱きながらモスグリーンのマフラーに口を埋める。
最近ちょくちょく見ることの出来るその姿に純粋に嬉しくなり、改めて思う。
――やっぱり、誕生日知りたいかも。
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