重ねる日々 5
ジュージュー……バタンガタン、ジャー……
「……ちょお落ち着きやぁ」
「えーなにー?」
「ったく、何でやねん」
ハァー溜め息吐きながら読んでた雑誌閉じた俺は、ソファから体起こしてキッチンカウンターに向うた。豪快に中華鍋振っとった夏希が「もう出来るよ?」言うて、そないな俺をポカンと見よる。
「……なぁ、別にそないせかしてないで? 俺ぇ」
「うん、分かってるよ?」
言いながら夏希は、右手は鍋、左手で流し下ん扉開けてゴマ油出して、ちょい垂らして、戻して、左足でバスン。何やフクザツな心地のまま適当な皿ニ枚出して渡したったら、笑顔で「あーありがとう」言いよった。
ちゃっとそれに盛り付けて、既にサラダや茶碗が乗っとるトレーにとんとーんと置きよった思うた直後にもう鍋ぇ洗うとる。
……何ちゅーかなぁ。
がしがし頭掻きながらそんトレー運び掛けた俺ん背ぇには、やっぱしまた「ありがとー」が飛んできよった。
「いただきますー」
「いただきますー」
ほわほわ湯気立てとる野菜炒めを前に、俺と同しイントネーションでハモって合掌。んーんまい! 言いながらぱくぱく口に運んどる夏希に俺はボソて告げたった。
「……オマエ、ほんーま家事しとる時は倍速なんねんな」
育った環境の所為かも分からんけど、夏希の生活スタイルっちゅーヤツは美容系除いた全てが効率重視。要は、動かなアカン時に如何にガー! 動いて他の時間を捻出するかっちゅー感覚やねん。
料理はこん通り見栄えやら何やらより時間と味勝負の男料理。いや、フッツーに美味いは美味いねんけどな? ダー切って、ちゃっと炒める、ジュー焼く、以外の凝ったモンはよう作らんし、流しかて浸け置き以外は空いた端からすーぐ洗いよる。どこの定食屋やっちゅーねん。
こないだなんか風呂出るん遅いなぁ思て「うぉーい、のぼせるでー?」て扉開けたったら、マッパんまま壁こすっとったし……。
「目障りとか……?」
「アホ、そんなんちゃうわ。や、確かに野菜炒め食いたい言うたん俺やねんで? しゃーけど洗いモンくらいしたんねんから、もうちょいゆっくりやりやー言うてんねん」
「んーでも私の中ではそれも工程のひとつだしなぁ。食後に2人でゆっくり出来た方がよくない?」
「まぁなぁ……しゃーけどオマエ……」
思わず言い淀んだ俺を、ん? いう顔で覗き込みよった夏希に「いや何もない」言うて俺は飯に意識を戻した。
「んお、シャキシャキしとって美味い」
「そ? 良かった」
モグモグしつつ素直に嬉しそな夏希の顔見て、こっそり俺は自省した。
――アカン、ちょお欲張りなってきてもうとるわ、俺。
喜怒哀楽の真ん中ふたつが少ない夏希やけど、ちゅーても聖人君子なわけもあらへんし。しょーもないヘマやらかしたり、意味不明にイラついたり(アレはPMSやな)しよる人間らしさかてちゃんとある。時に小気味ええ嫌味言うたり、悪趣味な悪ノリなんかもしよるし、当たり前に好かんヤツかておる。
ほんで、そん逆も然り。
「来週の月曜ん夜やったな、焼肉」
「ん? うんうん!」
リサのバイト先の焼肉屋が食い放題始めたっちゅーこって、皆なで行ったんが先々週、やったか。ほんでひよ里が夏希とも食い行こやー言い出したんが先週。メンツは俺、夏希、ひよ里と。
その日が休みの拳西にも声掛けたんやけど、無節操がニ乗んなるリサと夏希の組み合わせは苦手や言うてパス。ほんなら是非誘いたいて、何やえらいノリノリで夏希が声掛けよったんが、松田。
“いや、いいですよ僕は……”
“まーいいから行こうって”
自分ことは自分でが主義。変に気ぃ遣いーな夏希が何でか松田にだけは遠慮が無い。ちゅーても俺も何回かゲーム一緒したりで、そないヤなヤツちゃうっちゅーんは分かっとる。二番目にここが長いアイツと夏希が気兼ねあれへん関係なっとっても何もおかしない。それも分かっとる。
それを今更おもんないなんか思わへんけど、ほんなら俺にも気ぃ遣いなや、なんちゅー欲が出てきてもうて。『気ぃ遣われたないけど、こっちのことも聞かれたない』なんか、自己中にも程がある。
しゃーから今日も俺は勝手に沸きよるそないな感情を喉深く押し込めて、飲み込む。
「あ、忘れるとこだった」
飯ん後に二人でまったり一服しとったら、何や思い出したよに鞄ゴソゴソしだしよった夏希。中から何やショップの袋みたいなん取り出して「はい」言うて渡してきよった。
「んあ、何や?」
「1日早いけどバレンタイン」
「うをっ、マジか」
明日は遅いから言う夏希のフライングに驚きつつ袋から出してみると、めっちゃキレーなモスグリーンのマフラーやった。
「真子薄着だしね。首もまだチクチクするでしょ? ……って、うあーなになに!?」
掌に俺ん毛先乗っけてジー見とる夏希の手首掴んだった俺は、グイて引っ張りながら一緒に立ち上がらす。ほんで、おおきになー言いながら後ろからガッバー抱え込んだったら、今度は夏希が「うをっ」言いよった。
「おし、散歩行くでー」
「えー寒いよー? 外」
「寒いからするんやろ?」
一旦夏希に預けてコート羽織うたら、ちょびっと背伸びしながら俺ん首にぐるーしてくれたった。
「ヤる時にネクタイ解かれるんもええけど、出掛ける時にマフラー巻いて貰うんもええなぁ〜」
「あはは、オカーサンみたい? お、似合う」
「……オカンが息子のネクタイ解いたらアカンやろ」
こないな時、何回浮かんだか分からん疑問を夏希も多分、飲み込んどる。
凍えるよな2月の夜の下、新品のマフラー巻いて川向こうの遊歩道を、夏希と歩く。
「首覆うだけでも違うもんやなぁ」
「ふふ、その猫背も直るかもよ?」
「アホか、チャームポイントなくしてどないすんねん」
空中で混じって霧散しよる白い息。繋いだ手ぇから伝わる体温――こないしとったら分かれへんのにな。
「……とうとう思うてもうたなぁ」
「ん、何か言った?」
「いや、明日バイトだるいなぁてゴチただけや」
澄んだ空ぼやー見上げながら漏れた俺の独り言は、聞こえたとこで夏希にとっちゃ想像もつかへんに違いないことで。
俺んとっちゃ理屈で言い聞かしとってもいつか絶対思うてまうて、どっかで分かっとったこと。
――何で夏希は人間で、何で俺はヴァイザードやねん。
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