重ねる日々 3
時間やら、空間やら、体やら。そないなもんを重ねれば重ねるほど、やっぱし夏希はちょお変わっとんなぁ思うことが増えた。ちゅーより、何やひとりだけ見てるとこがリアルにちゃう。
「なぁ、あっこ歩いとる外人サン、オマエが好きや言うとった俳優に似てへんか?」
「え! どこどこどこ!?」
「ほれ、あっこやって」
キョロキョロ キョロキョロ
「……もう行ってしまわはったで」
ガクン。
……こんなんかて、もう何べんあったかも分かれへん。
本人は視覚情報処理が遅いだけや言うんやけど、俺にしてみたら一体どこ見て歩いとんねんっちゅー話や。皆なで映画なんか見とっても、ひとりだけ「え、何で?」言いたなるマニアックな脇役に感情移入してえらい複雑そな顔しとったりするしなぁ。
ひとりっちゅー印象があっても孤独いう感じがせえへんのは、そない独自の世界観が故もあんねんか? とも最近は思う。
しゃーけど、そない明後日ん方から来よる発想が紙一重な才能いうやつかも分からんし、一緒おっても夏希の目ぇには今どないに映ってんねやろて、しょっちゅう好奇心くすぐられてまう。
ほんでその実、そないな視点の向けどころに救われることも多い。周りにヤイヤイ言われてカッチーンなって帰って来た日かて、何も聞かへん代わりに、普段はそない口にせんよなことサラッと言うて俺ん毒気抜きよるしな。
集まり行って、バイト行って、夏希とおって、アコギ弾き行って。そないな繰り返しん中の1個1個すら、何や不思議なくらい『日常』っちゅー括りには埋もれへん感じのする毎日やった。
ほんでもってちょっと前、俺はまぁた夏希のおもろい一面を目の当たりにすることんなった。
前だけは夏希の部屋でチョイチョイ切って貰うててんけど、ええ加減肩ぁ越してまいそで邪魔っけやなぁ思とった、俺ん髪。
成人式やら何やら、予約がパンパンやった1月のほとぼりも冷めてきたて聞いた俺は、2月の上旬、夏希の働いとる一軒家仕様のアジールに初めてお客サンなって行ってみた。ちゅうてもサイトの写真見して貰うたり、店ん前まで迎え行ったりで、何となくの想像はついててんけどな。
2階建てのそこはオールバリアフリー仕様、エレベーター付き。
禁煙の1階には真ん中にソファがでーん! あったりして、カラーやら何やらの待ち時間に気兼ねなく寛げるようなっとる。
喫煙出来る2階にはウッド調のサンルームが付いとって、これまたベンチやローテーブルなんかがあんねやけど、床暖仕様でぬーくぬく。
特殊ヘアやなんかで長時間かかる場合を考慮した分煙スタイルらしいねんけど、どっちも変に気取ってへんくて妙に居心地ええ感じやねん。
――しゃーけどやっぱ、吃驚させられてもうたこともあってんわ。
「満喫か!」
思わず言うてもうたほど漫画や本がビッシー並んどる本棚が1階と2階、両方にある。
「あ! それ7割僕のコレクションなんですよ〜」
妙にニマニマしながら反応しよったスタッフの男の話によれば。ある時、自分んちにはぼちぼち限界なんですわーて何となしに零したら、お客サンが読んでもOKなら店に置いてええて店長サンが言うてくれはったんやと。
「ひとつあたり1000冊まで収納出来るんですよ、この棚! ずらっと収まってるこの光景、堪らなくないですか〜?」
「お、おぉん……」
そこそこのイケメンが本棚見ながらめっちゃウットリした顔晒しよるサマに若干引いとったら、ふと最近よう目にする分厚い漫画雑誌に気ぃ付いた。
「……アレか、夏希の部屋に溜まり始めとんのは」
「あー『ご近系』ですか。何か今、女の子のひとりがハマッてるみたいなんですよー」
「らしいなぁ……」
最近夏希はアシスタントの子に勧められた言うて、何や『本当にあったご近所シリーズ』やらいうんをちょいちょい借りてきよる。内容はっちゅーと、およそあっこのアパートには縁のない昼ドラ並にドロドロしとる話ばっか。
そないな非日常や人間の裏のサガはおもろいなんか言いよるもんやから、夏希が一瞬リサに見えてもうたわ。
……しっかし、何やコアなヤツ多そな店やなぁ。
「こんちはー平子くん。夏希、今来ますよ」
「あー店長サン、どーもですー」
相変わらず渋メンな店長サンとはHolyで時々顔合わしとって、俺ん髪洗うた翌日は夏希の機嫌がええやら、俺の知らんアイツん話をちょいちょい暴露してくれはったりする。
適当に二言三言話しとったら、上がってきたエレベーターから夏希とアシスタントっぽい子が話しながら降りて来よった。何や指示でもしとるんか、シャンと仕事の顔つきなっとる夏希見るんも悪ないなぁ思う。
しゃーけど斉藤サンが言うてはった『笑える仕事モードなっちゃん』ちゅー感じは特にせえへんやんか。笑う気満々やってんけど、ツボがちゃうんやろかて首傾げてまう。
「ごめん真子、待たしちゃったね」
「ええて、色々観察しとったしな」
俺んとこ来よった夏希も、そらしっかり『美容師サン』いう感じやったけど、普段と別人っちゅーほどやあらへんかった――次の夏希の客が来るまでは。
「いらっしゃいませー」
平日の真昼間、空いた喫煙フロアに現れよったんは、男の俺ん目ぇから見てもこらモテモテやろなー思うてまう、時々CMなんかにも出とるハーフ顔のモデルやった。
「いやー今日も寒いね」
黒ブチのオシャレ眼鏡、高そなコートにマフラー。そん下にはやったらドレープ効いとるニットに濃いデニム、レザースニーカー。
「夏希さん、お願いします」
ああ、チワワちゃんが言うとった『お忍び(?)で夏希に切って貰いに来る人・その1』やんな。
「はーい」
んあ……?
俺の一席空けた隣にそいつを案内したった子が呼び来よった途端、ほんーま微妙にやけど夏希の纏う空気が変わった気ぃした。
「ごめんね、一瞬待ってて」
「おお」
鏡越しの俺に言うてハサミを腰んケースに戻しよった夏希は、一旦カウンター行って確認かなんかしよってからその男んとこへ。
「こんにちはー」
「2ヶ月ぶりだねーなっちゃん」
「そうですねー」
「元気にしてた?」
「ええ、お陰様で」
「……!?」
そない当たり障りない会話聞きながら、ひとり俺はめちゃめちゃ必死で笑いを堪えるはめんなってもうた。
お客サンとの話題は聞いても、その1人1人に対する自分の主観なんかは、俺は夏希の口から聞いたことがない。話す相手を弁えてんねやろなーて感心しててんけど、それ見た瞬間、やっぱし夏希も人間やんなぁ思うてもうた。
それこそ仮面かなんか張り付けたみたぁな笑顔。一見ちゃんと笑えとるよなそれも、俺んとっちゃ完全に『誰やねん』やった。2ヶ月前言うたら、斉藤サンがアジール行ったて言うてはった時期とバッチシかぶりよる。
しゃーけどそれは『仕事モードなっちゃん』ちゅーより……。
「ごめん、お待たせ」
「……くくっ」
「何、どしたの?」
「ん〜ちょっとなぁ〜」
そいつのシャンプー他ん人に任して戻って来よった夏希は、案の定いつもとほぼ変わらん様子や。俺はニヤニヤしながらシャワーの音が鳴り出すんを待った。
「夏希、ちょお耳貸し」
「え、うん……?」
ジャーて聞こえ始めたんを合図に、俺は指をクイクイてさして、キョトンいう顔で横に屈みよった夏希にコソッて耳打ちしたった。
(オマエ、アイツ好かんねやろ)
一瞬目ぇ見張ってから何や気まずそに口ぃ引き結びよった夏希の顔が、3センチかそこら、小刻みに上下した。
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