強さと弱さ 10
「トイレ」
「ひよ里おまえ……ここ来て何回目だよ」
合流組も呆けた夏希の斜め天井の部屋も、みかんべりべり剥きながら酒盛り始めてまえばあっちゅう間に居心地良うなるもんで。
酒呑まん代わりにムシャムシャみかんばっかし食うとったひよ里は、興奮気味にライブの話ガー! 喋くり倒す中、アホみたく何べんもしょんべんに立っとった。
「……」
「……」
「やーっと静かんなったわ」
「……だな」
聞き役筆頭やった夏希が入れ替わりでトイレ行った途端、何の前フリも無しに電池切れの人形みたくパタて天板突っ伏してダウン。そこへ戻って来よった夏希の手には毛布がしっかり握られとって、思わず拳西と顔見合わして笑うてもうた。
「これ、あんたがあげたんだろ? 可愛いやろーって、さんっざん自慢されたぞ」
そん毛布をひよ里の背中に掛けたろうとしとる夏希に、こめかみに挿さっとる星型のピン指さして拳西が言いよった。それ聞いた俺も、なんぼ棒読みで「へーへ、可愛い可愛い」言うたっても、せやろ〜なんちゅうてデレデレしくさっとった気色悪いひよ里を思い出す。
「あん時はほんっまにひつこかったなぁー!」
「ああ、ありゃ殆ど脅迫だったぜ」
「んふふふ、聞かれる前に言ったら多分1回で大人しくなるよ」
ゲンナリしとる俺らに怪しい含み笑いしてみせよった夏希やけど、何やえらい優しげな目ぇしてひよ里んこと見とって、ほんまはひよ里の方がむっちゃ年上やっちゅーんに、どう見ても姉チャンやなぁ思うてもうたわ。
しゃーけど結局行きに一睡もせえへんかった夏希も、ぼちぼち限界来てもうたんか、ちょっとしたら目ぇシパシパさして欠伸を噛み殺しよるように。
「起こしたるからオマエもちょお寝とき」
「んー……真子たちは大丈夫なの?」
「ああ、俺はさっきまで少し寝といたしな」
「え、ひょっとして起こされて連行されたんですか!?」
「いや連行っつーか、そういう話――」
「ほ、ほれぇー! ちゃっちゃ寝んと起きるんしんどなるでー?」
「……」
俺の慌てた様子に真相を察したらしい夏希は、覚えとれよ言わんばかしに半目で俺ん方をジー見てきよった。何でそない要らんとこばっか鋭いねん、オマエは。
しゃーけど睡魔には勝たれへんのか、コタツの隅で横んなった夏希も何やかんやでわりかしすぐに落ちとった。
バタついとる年末の仕事ん合間にあないしんどい手紙読んで、色々考えてケリ付けて、実家で俺に吐き出して、泣いて。ちぃとばかし肩が軽なった束の間、すっぴんですやすや眠りこけとる夏希の寝顔がえらい穏やかなんにホッとする。
その夏希の終わりと始まりの『点』に立ち合えた俺は、何ちゅーか単純に、幸せやなぁ、なんか思う。
「……ふっ、いーんじゃねえの」
煙草吸いながらぼやっとしとったら、何や含みのある笑い漏らしよった拳西が一升瓶の首ぃ掴んで俺んぐい呑みに傾けとった。
「んあ?」
いきなし何の話やねん思てカパッて口開けたったら、酒注ぎつつニヤってした上目で俺ん顔見てきよる。
「惚れてんだろ?」
「……っ!?」
まさかの図星。しっかも相手はその手の話にピカイチで鈍いはずの拳西。
そないなサプライズに不覚にも俺はあからさまに「ぐっ」なってもうて。それ見て喉でくっくくっく笑いよる拳西を正面に、どうにも面映い心地に襲われてもうた俺は注がれた酒を一気に喉へ流し込んだった。
「だてに長い付き合いはしてねぇよ。まー真子は俺なんかと違って見かけに寄らず無駄に思慮深いからな、散々ぐるぐるしたんだろ」
「……無駄は余計じゃボケ」
いきなり過ぎて切り返す間ぁを見っけられへん俺は、しょーもないガキみたく揚げ足取ったるぐらいしか出来へん有様やってんけど。
「まー何にせよ俺は、101年目に真子のそんな顔が見れて単純に良かったわ」
“だてに長い付き合いはしてねぇよ”
……ほんまやなぁ。
長いこと現世にお邪魔しとるだけあって、目の前の拳西含め、俺かてこん100年それぞれの色々を見てきとる。しゃーから特に隠すつもりも無かってんけど、かと言ってわざわざ言う必要もないわけで。
結局んとこ、拘って悩むんは本人のみ。俺かて逆やったら「ええなぁ、ほなその子ん友達紹介してやー」なんか言うに決まっとる。裏にあるしんどい葛藤も、ちゃあんと分かった上でな。
俺が一緒おるんは、そない仲間やったな。
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「なっちゃん、ただいまぁ〜!」
「っ!」
階下より響いた陽気な声に、半ば条件反射が如くパチ! と目が覚めた。むくりと起き上がれば、金髪男と銀髪男の点になった4つの目が私を凝視している。
数秒ののち、ブッハー! と盛大に噴出する2人の前で、私は言葉もなく大きな溜め息と共に額に手をやった。
酔っ払い親父めが……と思いながらのっそり立ち上がると、ちょうど良くコンコンとノックがされた。
「お父さんお帰りー」
「夏希あけおめ〜」
「はいはい、あけおめ」
「あ、ど〜も〜」
ペコリ。
「「……お邪魔してまー……す」」
果たしてこの圧倒されてると思しきリアクションは、年中焼けてる顔を赤褐色にした酔っ払いテンションが為か、1月の真冬にトレーナー&ハーフパンツ姿な為か。
或いは若いと言うより生まれながらの童顔に加え、挨拶するべく取ったキャップの下が坊主だったが為か、さてどれだろう。
……とか考えるのは今更なのでやめよう。
程なくして起きたひよ里ちゃん、そして年齢不詳の酔っ払い親父を交えた私たちは、ぼちぼち着込んで屋根へ上がることになった。
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