Memo
今日もまたどこにも辿り着けないんだろう。
ずっと、そんな毎日だった。
「おー桃! あの子に会うてちょびっと話したで!」
隊首室で待っていたあたしを見るなり開口一番そう仰った平子隊長。
あまりの唐突さに呆けるこちらをよそに、何だか愉快そうな隊長はやっぱり唐突に現世の話を展開。でもその内容はとっても興味深いもので、同時に『あの子』が誰なのかにも思い至った。
「その社長いうんがな? 一般社員、あーと十三隊で言うたら平隊士か、そういうモンからしたら違う星にいるほど遠い存在なんやと」
どうやら、現世の会社組織における意識調査のお話みたい。たまたまネットというものの記事で読まれたんだとか。
もちろん会社の規模や気風にもよるし全てがそうではないけれど、調査の半数近くの割合で『社長』の存在を遠く感じてるという結果だったそう。
「ほんでな、聞いてみてん。ええ隊長やったか? て。ほんならあの子、何て答えた思う?」
――どくん。
立ちそびれた机の下、大きく脈打ったそこにそっと手を当てる。今のあたし、一体どんな顔をしてるの?
後ろめたさと焦りに駆られるあたしの内心なんてお見通しに違いないのに、平子隊長はお構いなし。そういう人だってちょっとわかってきてる。
だけど冷酷なわけでも責めてるわけでもない。
「五番隊にとっては、やと。あの子あれ、やっぱし桃と話したいう時フツーに素ぅやってんやな」
鼻のあたりがつんとする。隊長が伝えてくれようとしたこと。ようやくその意味がわかって、嬉しくて。
「よかったなァ、桃」
思わず俯いたあたしの頭をぽんぽんとする隊長。あたしの、五番隊の、今の隊長。
ちょっとぐらいエコヒーキしたってもええから今後も可愛がったりや、なんて笑い声が降ってくる。
“ええ仲間に囲まれてるなぁ、雛森チャンは”
――本当にそうだ。
『自分の隊長と認識できたことがない』
あの子のそういう意識が良いとか悪いとかそんな話ではないし、そんなことあたしにはどうだっていい。
あの子だけがあの頃、あの時の、あたしを肯定してくれたから。それも多分、限りなく無意識に。
たったひと言。されどひと言。
二度も臥せってしまった一度目の時。受け入れ難い事実をどこかで真実と理解しながら、それでもあたしは拒絶し続けていた。
どうにもならない理由があるはず。黒幕は市丸隊長に違いない。藍染隊長は無理強いされてるだけ。
現世にいたシロちゃんの蒼白した苦しそうな顔を今でも覚えてる。あたしが逃避の言葉を口にする度、みんながしていた顔。
腫れ物に触るような態度。引きつった苦笑いで誤魔化す、あるいは現実をわからせようと真剣に諭す。そのどちらか。
その度にあたしは一層ムキになった。どうして誰も疑わないの? 偽りの偽りという可能性は? みんなあの人の何を見てきたの?
どうしても心の折り合いがつかなかった。命を助けてもらった事実や、教わった沢山のこと。趣味になった読書。優しい笑顔。
“申し訳ありません! 起こしてしまいましたか?”
そんなある日。眠っていたあたしが目を覚ますと、あの子がお花のお水を入れ替えてくれていた。
名前も存在も知っていたし、同性の親しみもあって多少の会話はしたことがある。だけど新人の彼女との接点は決して多くはなかった。
驚いたあたしの様子に気付いたのか、いつもよくお見舞いに来てくれる席官の子に頼まれたのだと慌てふためいて説明してくれた。
“ねえ、そう思わない!?”
ありがとうとかお加減はとか、他愛のない会話の後、あたしはいつもの調子であの子にもまくし立てた。ほとんど必死に。
正直誰でも良かった。もう誰でもいい、誰でもいいから誰か――
縋るような思いとは裏腹に、またあの顔を見るんだ、見てあたしは勝手に傷つくんだとばかり思ってたから、顔色を変えず思案する姿が不思議だった。
“そうかもしれませんね”
真面目な顔でひと言。言われてみれば、とでもいう風に。
ずっと待ち望んでいた答えなのに信じられなくて、この子何言ってるんだろうとすら思ってしまったっけ。
“えっ……どう、して……?”
思わず聞いてしまったあたしを怪訝な顔で窺う様子にも不自然なところはなくて、ますます混乱した。
改めてどうしてそう思うのか尋ねると、やっぱり少し考えるように視線を一度落としてからゆっくりと戻す。驚きすぎて回らない頭のままぼんやりと、その所作を綺麗だな、なんて思って眺めていた。
“一番近くにいらした雛森副隊長が仰るなら、そうかもしれないと思いまして”
途端、糸が切れたように泣き崩れてしまった。
邪気のない顔がたちまち青ざめるのを見て「ごめんね違うの、ごめんね」と言うのが精一杯。
全てはあの時の為の嘘だった。そうとわかっていても肯定が欲しかった。あたしが見てきたもの、かけられた言葉のひとつひとつ。
彼女が自分の立場と比較して言ったに過ぎないこともわかってた。
それでも、あたしは知ってる。あたしなら知ってる。誰かにそう、見てもらえていたことに救われた。
副隊長としてあるべき自分を強く自覚するとともに、ほんの一歩先、道を照らしてもらったような気持ちだった。
今ならわかる。
当たり前にあたしだけじゃない、大勢が傷ついていた。時間に取り残されたあたしを気遣ってくれたひとりひとり、余裕だってなかったはず。
悲しみを憎しみに、前を見るしかなかった。何も終わってなかったから。
ひと通りの解決を見てからは乱菊さんや七緒さんも、楽しい時もあった、全てが無駄だったわけじゃないと言葉をかけてくれた。
重たい過去を背負う平子隊長ですらも、楽しいこともあったと本音を漏らしてくれた。終わって初めて、そういう心中になれたんだと思う。
“部下いうんは、常に上のモンを見とる”
“自分を一番見くびっとるのはオマエや、桃”
その上で入れられたこれ以上ない喝。あの時感じた温かさもきっと、あたしは一生忘れないだろう。
「しっかしあの子の等身大の感じ何やええなぁ、とりあえず早いとこ町内会長くらいにならなアカンな俺は」
「ふふ、そんなに色々お話されたのならもうなってるんじゃないですか?」
「あ〜〜〜どうやろ、ちょお自信ないわ……」
机に顎を乗せ、だらりとした姿で零す隊長。何だか意外。
「若い子てさらっと合わしてさらっと受け流すとか上手そうやしなぁ……ほんで裏で何か平子隊長セクハラきつくなーい? とか言われねん。こっわ。いやでもそういうタイプともちゃうか……」
「何をぶつぶつ仰ってるのかわかりませんけど、あの子たぶらかすような真似だけはあたし許しませんからね!」
「何や桃、オカンか」
「必要に際したらオカンにだってなります!」
「ほぉ、言うやないかい」
思わず意気込んだあたしを見てニヤニヤ笑う隊長は何だかとっても楽しそう。もしや女性の上司らしさを引き出す誘い水? なんて少し勘繰ってしまう。
それくらい平子隊長という人はいつもいつも、何かを考えている気がする。
「……今度メシでも誘うてみるか」
なんて思ったのは間違いだった!? いや、でも……わからない……。
わからないけど、これから。これから沢山知っていく。一番近くで。
雛森副隊長が仰るならという説得力を、またあの子にも示せるように。
−END−
[18/5/11 Fri 22:33]
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