恋愛って





小さな好奇心とあわよくば、というちょっとした下心。



理由はそれだけだった。








季節は春、
清潔感溢れる病室には、暖かい太陽の光が柔らかく差し、温度を一度上げていく。

冬だから、と言って病院に行くことを渋っていたお年寄り達の診察を終えて、静かになったその部屋には、宮田の小さな呼吸の音だけが響いていた。



その中に石田は忍び込んだ。


抜き足、差し足、忍び足。

まさにその言葉通りに宮田に近づき、
ニヤリとイタズラをする前の子供のように笑えば、一歩、また一歩と距離を縮める。


気づく様子もなく、淡々と書類を整理していく宮田との距離がほとんど無くなった時、
石田は、宮田を驚かそうと手を伸ばした。


が、その手はバシッと叩かれ、空を掴む結果に終わった。



「石田さん……どうしているんですか………」

「あれ、バレてました?」

「気付かれないと思ってたんですか、驚きです。」



当然のように自分に話しかけてくる宮田に、石田は肩を落とした。


「えー、『だーれだっ』ってしようと思ったのに………」



言葉を聞いた宮田はといえば、呆れた表情を石田に送っていた。


「子供ですか、アナタは………」


そう言って再度仕事を始めようとする宮田を、特に止めることはなく、石田は眺めた。



チクタクと、秒針が時を刻むのを聞きながら、石田は宮田の室内にある、酒に手を伸ばした。

それは、石田が自分用だといって、宮田の制止を無視して病院に必ず置いていく酒だ。



「昼間から酒飲むんですか」



宮田が石田を責めるように言う。
誤魔化すように笑って、缶のタブに爪を引っ掛け開ける。
プシュッと間抜けな音をたてて開いた缶を傾けて、中身を口に注いだ。


「珍しいですね」


ゴクリと喉を流れていくビールの味を堪能していると、宮田がふと言葉を零した。

何のことか分からず、石田が首を捻ると、それ、と指を指された。
指の先には、今まさに飲んでいるビール。


「いつも日本酒じゃないですか」

「あーっ!!いや、ただの気分ですねっ。」


確かに石田が飲む酒の大半は日本酒を占める。

しかし、石田にとってみれば、アルコールだったら、例え日本酒でもビールでも、なんだって良い。

欲を言うなら、チューハイやカクテルは甘いから嫌だ。
という、その程度だ。



(…………っていうか)


今の石田にとってみれば、自分がビールを飲むか日本酒を飲むかなんかよりも、
宮田が自分のそんな所まで、見てくれていたことの方がよっぽど重要だった。


好きな相手がそんな些細なことまで、見ていると知って、悪い気分になるわけがない。

最高の酒の肴をもらって、いつもより飲むスピードも早くなった。



「そういえば、宮田さんってお酒飲みませんよねー」



その上機嫌のまま、ふよふよと石田は言葉を零した。



「ああ、苦手なんですよ。」

「あー、味ですか。嫌いな人多いですよね。」

「……………そうですね。」



せっかくの気分が、わずかに落ち込んだ。
好意をよせる相手に、自分の好きな物を嫌いと言われるのは、少々寂しいものがある。

友人……いや好きな人と酒を飲む、というのは石田の小さな願望といっても良い。

わずかに考えを巡らせて、石田はあっ、と呟いて、宮田に提案した。



「じゃあ今度俺の家、来ますか?」

「どうしてですか?」

「苦手な人でも気に入るお酒、けっこう知ってるんですよ俺っ!」



誇りではないが、酒のことなら村の誰よりも知ってると、石田は自負している。

もしも、これで宮田が気に入る酒を選べたら、好感度の上昇に繋がるかもしれないし、
石田自身、宮田がどんな物が好きなのか気になっていた。


「今度の日曜日、空いてますか?」

「あー、まあ………空いて…ますね。」

「じゃあ、日曜日宮田ん家に迎えにいきますねっ!!」


渋る様子を見せる宮田に、適度に酔った石田は気付かず、約束をとりつけた。




床には空き缶が7本、すでに転がっていた。








そして約束の日


「宮田さん何か食べますかー?」


石田は冷蔵庫を覗きながら、声を大きくして宮田に聞いた。


「いえ、石田さんの自由にどうぞ」


ベッドに座る宮田の返答を聞いて、とりあえずケーキやら焼き鳥やら、あるだけの物を運んできた。


「はいどうぞー」

「……………ありがとうございます。」


チューハイを手渡してから、
宮田と向かい合わせになるように、テーブルを挟んだ床に、胡座をかいて座る。
宮田の缶が開くのを見てから、自分もビールを開けた。


いつもよりもおいしく感じる酒に、嬉しく思いながら石田はチラチラと宮田を見た。



「案外整ってるんですね、部屋。」

「…………………………………………………………え、ちょっと待って下さい、案外って?案外ってっ!!?」

「絶対汚いと思ってました。」

「………宮田さんの中の俺のイメージって…………」

「不潔」

「すごい簡潔にまとめられたっ!!」



軽口をたたきながら、酒を片手に石田は一本、また一本と缶を消費していく。

対して宮田は、ちびちびと飲むだけで、まだ中身は半分ほどしか減っていない。
代わりに、ケーキを食べることに集中していて、今まさに2つめのケーキに取りかかっていた。


「………宮田さんよく食べれますね、そんなに。」


さすがの石田も、そこまで甘味を食べれはしない。
それだけ食べたら体重も、胃もたれも気になってしまうカロリーになるだろう。



「?石田さんだって好きじゃないですか。」

「俺はケーキ一つくらいが限界ですねー(体重的な意味で)」



酒も飲んで、お菓子も食べて、なんて生活はさすがに石田に出来る行動ではない。
まさに暴飲暴食の嵐。
余分三兄弟もビックリの量になる。



「そうですか。」



2つめのケーキを食べ終えて言うと、宮田は残った缶の中身を一気に飲み干した。


(なにか…何かが………エロい…)


さらけ出された、真っ白喉を酒が通っていくのが見えて、石田はゴクリと生唾を飲み込んだ。

様になるその光景に、石田が見惚れていると、宮田は3つめのケーキに手を伸ばした。



「美味しいですか?」



煩悩を振り払うように、問いかけると、フォークを軽く、くわえた宮田と目があった。



「食べますか?」

「………えっ、じ、じゃあ一口っ!」



首を傾けながら聞いてくる宮田が、みょうに可愛らしく、思わず石田は頷いた。


言葉を聞いて、宮田はベッドからおりて、
石田に近づくために、床に片手をついて前に乗り出しながら、もう片方の手でケーキの刺さったフォークを石田の口元に差し出した。



「どうぞ?」

「………………えっ」



首を軽く傾けて、宮田はそう言ってきた。


石田にとっては、まさに最上級の光景だ。

まさに宮田が今とっている行動は『ダーリンあーん(はぁと)』『HAHAHAハニーは可愛いねっ!!(ほし)』という、もはやカップルにはありがちすぎて、
チラ裏で描いてろと言われてしまうような伝統的な行動だ。



「食べないんですか?」

「たっ、食べますっ、たべますっ!!超食べますっ!!」



聞いてくる宮田の言葉を慌てて否定して、石田は馬鹿みたいに何度も頷いた。


「どうぞ。」



石田のようすにクスリと笑いながら、フォークを差し出してくる宮田に、心踊りながら石田は口を開く。

ケーキが口に入ってきた。


「美味しいですよね」

「えっ、あっ!!は、はいっ!!」



口に入れても、宮田の方にしか集中が行っていない今の石田に、ケーキの味なんて分かるはずがなかった。


「み、宮田さん本当に甘い物好きですよねっ!!ゲホっ!!」


バクバクと跳ねる心臓を冷ますように、一気に酒を飲み干すと、液体が気管に入ってしまった。



「ゲホゲホっ!!」

「大丈夫ですか?」



咳き込む石田の顔を宮田が心配そうに覗き込んだ。

(あ……睫毛長い………じゃなくてっ!!)



「み、宮田さん近いですっ!!」

「ああ、すいません。」



鼻の頭がぶつかりそうな距離まで宮田が迫ってきて、さらに心臓が早鐘を打った。



(え、これは何なんだろう。
神は俺を試してるのかな?
っていうか宮田さんのこれ行動は天然なの?ワザとなの?)



床に座って、二本目の酒を飲みにかかろうとする宮田を見ながら、石田はめったに動かさない頭で考えた。



「…………って、宮田さんっ!!?」



考えを巡らせることに集中していたらいつの間にか、再度、宮田が顔を近づけてきた。

心臓の音が聞こえるのではないかと心配するほどの距離に、宮田の顔があるという事実が石田の頭をさらに混乱させる。



そんな石田をよそに、宮田はいつもと変わらない無表情で、じっと顔を見ていた。



(落ち着けオレ………ここで押し倒してみろ……せっかく宮田さんと仲良くなれたのに、また1からやり直しになっちゃうんだぞ……………)



「石田さん。」

「は、はいっ!!」




緊張のあまり裏返った声を気にする暇もなく、宮田が首に細い腕で抱きついてきた。


「………好きです」



宮田の唐突な告白に、もはや石田の思考回路は働かず、その体制のまま数秒停止した。


(あれ、これもう俺良いんじゃない?俺もう十分頑張ったそうだ俺は努力をしたんだ)



自問自答の末、心に決めた石田は、宮田を引き剥がして、意を決したように目を瞑ってから、大きな声でいった。


「す、好きです宮田さんっ!!付き合って下さいっ!!」



ゆっくり恐る恐る石田が目を開けると、


酔って爆睡した宮田がいた。



「えっ、なにこれ泣ける」



所詮、恋愛なんてそんな物である。










「…………ってことがあったんだよぉぉぉっ!!」


所変わって、東京中野坂上。


酒を片手にボロボロ涙を零す石田と、制服に身を包んだ須田恭也の姿があった。


「しかも、その後、話したら『すいません、この間は。酔ってしまったみたいでまったく覚えてないんですが、私なにか迷惑かけませんでしたか?』ってっ!!」

「あー……はは…」


石田の言葉に乾いた笑いを零しながら須田は言った。


「石田さん、夢を壊すようで悪いけど『好きです』って、甘い物がってことだと思いますよ。」

「えっ」

「いや、ほら石田さん、むせる前に『本当に甘い物好きだねー』みたいなこといってたでしょ?」

「……………………あっ」





その言葉を聞いて、さらにボロボロと涙を流しながら、石田は須田を見た。



「ドンマイっ!!」



泣きながら見られた須田はといえば、親指を立てながら、爽やかな笑顔を放った。

その笑顔をトドメとして、石田の心はズタズタに破壊された。



(……………って宮田先生に言えっていわれた。ごめん石田さんっ!!)



面白半分、罪悪感半分で謝っている須田の心の中なんて、石田には知る由も無かった。







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