赤ずきんさん!
昔々、ある所に、とても可愛らしい人間がいました。
人間は少し前に、母親の母親からもらったベールをつけていたので『赤ずきん』と呼ばれていましたが、そんなものは一時のブームのようなもので、最近は普通に本名で呼ばれていました。
「宮田さんー、宮田さんー?」
おやおや、お母さんがよんでいるようです。
お母さんは、『宮田さん』もとい赤ずきんの血縁者なだけあって、それはそれは綺麗な容姿でした。
しかし、それを0を通り越して、マイナスにするほどのセンスの悪い髪型と滲み出る情けなさのせいで、赤ずきんほど異性にはモテません。
一部のマニアックな異性にしかモテませんでした。
「なんですか、牧野さん。近寄らないで下さい」
「えぇ……ちょ、宮田さんっ!!なんかヒドいですよ……………………反抗期かな」
「ハー………」
小さく呟かれた言葉に溜め息をついて、赤ずきんは僅かにお母さんの方に寄りました。
気付かずに落ち込むお母さんを見下しながら、赤ずきんは言葉を投げかけます。
「で、どうしたんですか」
赤ずきんの言葉を聞いたお母さんは、パッと顔をあげて、笑顔を浮かべた。
「あのですね、八尾さんがお病気らしいので、これを届けてほしいんです。」
そういうと、お母さんは、手にもつ籠を胸の前に抱えました。
八尾さん、とはお母さんのお母さんにあたる人で、つまり、赤ずきんにベールをあげた張本人です。
正しく言うと、八尾さんがお母さんにベールをあげたのですが、いつの間にか赤ずきんの手に渡っていました。
「…………八尾さんにですか」
八尾さんの名前を聞いた赤ずきんは、ヒドく不機嫌そうに顔を歪めました。
「ああー………ほら、そんな顔してはいけませんよ……せっかくの美人が台無しです………」
「変態近親相姦者へたれ。気色悪い。近寄らないで下さい。顔に手を添えないで下さい。通報しますよ。」
ご自慢の罵詈雑言で、お母さんの心に深い傷をつけてから、赤ずきんは籠の中を覗きました。
中には、ワインが一本と、パンが2つ入ってます。
「パン2つとワインとは、随分アグレッシブなおばあさんに成り下がりましたね、あのババア」
「み、宮田さん……なんか、いつもより手厳しくないですか……?」
お母さんがビクビクしながら聞くと、赤ずきんはああ、と答えました。
「そりゃ、神代も教会もここには無いですしね」
「えっと……はい…」
裏の事情の暴露により、多少気まずい空気を醸し出しながらも、赤ずきんは構わずにさっさと出かける準備を始めます。
といっても、ポケットにネイルハンマーを忍ばせるくらいしか、赤ずきんに必要な準備はありませんが。
赤ずきんが玄関に向かおうとすると、お母さんは心配そうな表情で、赤ずきんの手を握りしめました。
「き、気をつけて下さいね…変な人に話しかけられても、殺しちゃいけませんよ?まずは話し合って下さい…襲われかけてからやっと、ネイルハンマーで殴って下さいね?あ、でも殺人だけはしないで下さいね?それと、あんまり八尾さんと喧嘩……」
「アナタは私を歩く凶器か何かと間違えてませんか」
一向に離す様子の無い掌を不機嫌な赤ずきんは無理やり振りほどいて、ドアを開けました。
外はとても良い天気で、赤ずきんの心の真反対をいくみたいです。
「では、行ってきます。」
「ああっ!おでかけのチューはっ!?」
「どうしましたか。頭腐りましたか。」
「すいませんでした。」
お母さんに一瞥をくれることもなく、赤ずきんは家を後にしました。
「右を向いても酒!左を向いても酒!上も下も酒!そんな世界に生きてみたい!!!」
さて、所変わって森の中。
そこには、とても凶悪でとても頭の弱い狼が独り言を叫んでいました。
「ちょっと、意味が分かりませんね」
「いきなり叫んでどうした石田。」
おやおや、どうやら独りでは無かったようです。
そこには小さな花が二本、他の大きな花に紛れて咲いていました。
「須田君も淳君も、最近なんか毒が増してない?」
「気のせいダヨ石田サン。」
若干のカタコトと露骨に作られた笑顔を見せながら、須田と呼ばれた花は答えました。
「うん、カタコトっ!」
狼さんは、須田と淳の毒舌によって、半泣きです。
そんな可哀想な狼に、心優しい神様はプレゼントをくれたようです。
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー」
「え、なにあれ可愛い。」
「すっげー音痴」
「淳……お前も人のこと言えないでしょ」
お酒と愛に飢えた狼のもとに現れたのは、それはそれは可愛い、白衣を着てネイルハンマーを器用に指で回す、人間でした。
赤ずきんです。
「かっこいー。っていうか、きれー。」
赤ずきんの端麗な美貌に狼さんは釘付けです。
均等にバランスよくついた筋肉、端正な顔立ち、柔らかい茶色がかった髪。
道歩く男女全てを惹きつけそうな、その姿は、腹をすかせた狼の目にとても美味しそうに映りました。(普通の意味で)
「石田さん、ヨダレ。汚い不潔。」
「だらしないな」
須田と淳の2つの花は、そんな狼さんを、嫌そうに見つめます。
「まあ、美耶子には負けるねっ!!」
須田は何を思ったか、自信満々に宮田を見てからそう言った。
淳も頷くように、大きく風に揺れます。
「あああ、食べたい。どうしよう、酒飲みたい。」
「どっちだ。」
狼さんは、突然の展開に思考がついていきません。
欲の赴くがままに、赤ずきんに話しかけます。
「こんにちはっ!!俺、狼の石田って言います。アナタは?」
「………?…宮田……です」
赤ずきんは狼と聞いて、警戒心を高めました。
お母さんからいつも、『狼さんは怖いんですよっ!!』と半泣きで言われていたからです。
「それでは。」
触らぬ神に祟りなし。
賢い赤ずきんは、会話してものの1分ていど、早々に狼の前から立ち去ろうとしました。
「ああああっ!!まっ、待って下さいっ!!」
狼さんは、慌てて赤ずきんの手首を掴みました。
せっかくの美味しそうな(普通の意味で)人間です。
これを逃がすのは、狼さんにとって非常に痛いものでした。
「何ですか。」
赤ずきんは、不機嫌さと警戒心をたっぷり出して、狼さんの方を見ます。
「そっ、その…………い、一緒にお茶でもしませんかっ!?」
狼さんは、慌てて言葉を紡ぎました。
しかし、狼さんが口にしたのは、まるで好きな女性を遊びに誘うような言葉、とどのつまりナンパの定型文のような言葉でした。
「………………」
「あああああっ、いや、あのっ!!せっかくこんな綺麗な人と出会えたし、俺も一緒にいたいなーみたいな………って、これじゃあ、告白だっ!!あのですね、その、そういうやましい意味ではなくっ!!」
狼さんは顔を赤くしたり、青くしたりしながら、懸命に言葉を繋ぎました。
「変わった狼ですね。」
赤ずきんは、狼のそんな様子を見て、控えめに笑みをこぼしました。
初めてみた赤ずきんの笑顔、といっても、会って間もないのだが、その綺麗な笑顔に狼さんは骨抜き状態です。
赤ずきんを(普通の意味で)食べたい、という欲求は綺麗さっぱり無くなってしまいました。
「すいません、私はこれから、おばあさんの八尾さんの所にこれを、届けなきゃいけないんです。」
残念そうな声で、赤ずきんは手に持ったカゴを、狼さんに見せました。
「うー……それじゃ、仕方ないですよね……」
「すみません」
狼さんはがっくりと肩を落とします。
「あっ、そうだ!!」
狼さんは突然、パッと顔を上げて、叫びました。
「どうされたんですか?」
赤ずきんは突然大声をあげた狼さんの方を不思議そうに見ます。
狼さんは得意げに笑い、言いました。
「ここにある、お花を摘んでいってあげたらどうですか?」
狼さんは、そういって花畑を指差します。
赤ずきんは困ってしまいました。
なにせ、赤ずきんはおばあさんの事が苦手で苦手でしょうがなかったからです。
正直、あまり気分は乗りません。
しかし、狼さんのキラキラした瞳を見ると、そうは言い出せず、赤ずきんはまた、小さく笑いました。
「そうですね、ありがとうございます。石田さん。」
「っ!!」
名前を呼ばれただけなのに、狼さんの心臓は、はねあがりました。
どくどくと言う心臓を押さえつけて、狼さんはしゃがみます。
「俺も手伝います!」
そういって、狼さんも赤ずきんも花を摘み始めました。
沈黙が続きます。
そろそろ良いかと思った赤ずきんが、一本の花に手を伸ばした時でした。
ちょうど、狼さんもその花に手を伸ばしていました。
そして
「えんだああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
「はえーよ」
BGM兼お花担当の須田が少しフライングをしてしまいました。
淳は呆れた様子で突っ込みを入れます。
とりあえず、互いに手を伸ばしてしまい、その指が小さく触れました。
「わあああああっ!!すいませんっ、宮田さんっ!!ワザとじゃないんですよっ!!?」
「こちらこそ、すいません。しかも、手伝っていただいて。」
お母さんから渡されたカゴの中は色とりどりの、草花でいっぱいでした。
「これなら、クソババ………八尾さんも喜ぶと思います。」
「良かったです!」
赤ずきんの言葉に、狼さんは嬉しそうにはにかみました。
赤ずきんはカゴを持って立ち上がります。
白衣についた土を軽く払って、狼さんの方を向きました。
「また、会えると良いですね。」
それだけ言って、赤ずきんはおばあさんの家へ急ぎました。
「はー……可愛いかったぁ………」
花だけのその場所で、狼さんは溜め息混じりにこぼしました。
そんなこんなで、大きなおつかいを無事終えて、赤ずきんは家へ帰ってきました。
インターホンを鳴らす前に、家の中から、お母さんが飛び出してきました。
「みみみ宮田さぁぁんっ!!無事でしたかっ!!?怪我は!?」
「ありませんよ、鼻水まみれで、近づかないで下さい。」
涙と鼻水を垂らしながら、やってきたお母さんの抱擁から、赤ずきんは嫌そうに逃れました。
えぐっ、えぐっ、と嗚咽をもらしながら、お母さんは言います。
「おそっ、遅かったからっ、だ、誰かに襲われたのかと、思っ!し、心配しましたぁぁぁ」
再度、お母さんは赤ずきんに抱きつきます。
ボロ泣きするお母さんとは正反対に、赤ずきんは無表情にべりっとお母さんを引き剥がしました。
「暑苦しいです。」
赤ずきんがそう言うと、お母さんはいよいよショックで打ちひしがれます。
「暑苦しいって………た、確かにこの求導服、すごく構造が見てて暑いのは分かりますけど………暑苦しいって……」
「………牧野さん」
床に手をついて、打ちひしがれるお母さんに、赤ずきんは溜め息と共に話しかけました。
「………………どうぞ」
「……………………………ふぇ?」
そして、お母さんに一本、それはそれはとても綺麗なお花を一本、差し出しました。
「〜〜〜っ!!……………………やっぱ何でもないですっ!!」
赤ずきんは、顔を赤くして、差し出した花を体の後ろに持っていきました。
「え、えっ、ほ、欲しいですっ、宮田さん!!下さいっ!!」
お母さんは、慌てて後ろにある花に手を伸ばします。
「わぁ、綺麗です」
お母さんは嬉しそうに、顔を綻ばせました。
赤ずきんは、顔を赤くしたまま、そっぽを向いています。
「ありがとうございます、宮田さん。」
そんな赤ずきんの頭を、お母さんは優しく撫でました。
「……………うざい」
「…………………ごめんなさい」
赤ずきんさん!
お花を一本くださいな