戯れ
人間、急な展開において、すぐに己が最善とする対応をとれるかと言われれば、そうではない。
『気の迷い』
なんて言葉があるが、まさに人間は、突然の展開に思考が追いつかなくなった時、気の迷いを起こす。
それは、常日頃笑顔を保つ求導師という立場からしても変わらないことだ。
「…………………ふぇ?」
人間というのは、突然の展開に追いつけるほど、賢い脳を持ち合わせていないのだ。
(え?待って、落ち着きましょう)
求導師、牧野慶は非常に焦っていた。
それはもう、誰が見ても一目瞭然なくらい。
いつもはしっかりと分けられた前髪は少し崩れている。
が、それを気にしている程の余裕は今の牧野にはなかった。
「……………………………ふぇ?」
牧野はまだ、眠気の抜けない情けない声をあげた。
「…………………どうも」
目の前には、自分と瓜二つの顔を持つ、双子の弟が、いつもの無表情のままこちらを見る姿がある。
しかし、そこは問題ではない。
問題はその状況にある。
椅子に座っている牧野の上に宮田が向かい合うようにして、座っている。
という、その状況にあった。
(こ……こういう時は冷静に整理をしましょう…………)
混乱する頭を無理やり落ち着けて、牧野はこのような状況になった理由を思い出す。
(確か私は、久しぶりに家に戻ったから、本棚の整理をしましたね………)
その後、適当な所まで片づけると、疲れも溜まり、飽き始め、休憩がてら牧野は一眠りすることにした。
ベッドまで行って寝れば、朝まで眠ることが丸分かりだった牧野は、仮眠をとるべく、椅子に座って眠った。
(それで、起きたら、宮田さんがいた…)
冷静になっても、やはりこの異質な状況の発端は見つからない。
なぜ、宮田がここに来たのかも、
なぜ、インターホンをとりあえずの形でも良いから鳴らしてくれなかったのかも、
なぜ、この様な体制になっているのかも。
「み………………宮田…さん……?」
恐る恐る名前を呼ぶ。
「はい?」
小さく首を傾げて宮田は答えた。
短い前髪が、つられるようにサラリと移動する。
「ど…どうしたんですか?」
「………………別に」
非常に間があったのが、牧野は気になったが、そんなことより現状打破の方が、牧野にとっては今、一番優先したいことだった。
「宮田さん…その、立っていただけますか………?」
苦笑混じりに牧野が言う。
「断らせていただきます」
まさか断られるとは思っておらず、牧野はいよいよ焦り始めた。
いつもなら何だかんだで、自分の願いを聞き入れてくれる宮田が、今日に限ってはガンとした体制で、自分の意見を聞き入れてはくれない。
何か怒られるのではないかと、牧野は気が気でならなかった。
「…!?み、みみみ宮田さんっ!!?」
突然、宮田の細く長い腕が、牧野の首に回ってきた。
顔を赤くしながら、牧野はアタフタとする。
膝に乗っているせいか、頭一つ分上にいる宮田は、顔を牧野の肩にうずめた。
「あああの、み、宮田さんっ!!?どっ、どうしたんですかっ!?お酒飲んじゃったんですか!?」
「………………そこまで酒に弱くありません。バカにしてますか?」
今まで返事の無かった宮田から、やっと声が聞こえてきた。
くぐもって耳に入る宮田の声は、明らかに不満を抱いている。
「い、いえ………その、ど、どうしたんですか?」
その声に多少の冷静さを取り戻した牧野は、再度宮田に聞いた。
「………牧野さん、こういう事されて嬉しいですか?」
「ふぇっ!!?」
質問に質問で返され、牧野はまた、素っ頓狂な声をあげた。
今の質問に、素直に答えて良いものかと牧野は考える。
もし、正直な感想を言って、宮田を不機嫌にさせたら、と考えると、ロクに考え無しの返答は出来ない。
「え、えっと、その…」
「…………………」
「う、嬉しいです……」
宮田の無言の重圧に耐えきれず、牧野は素直に答えた。
「そうですか」
どことなく満足げな表情を浮かべたように見える宮田に、牧野は小さく安堵する。
しかし、その安堵は長くは続かない。
「じゃあ、今日はこの体制でヤりましょう。」
「…………………へ?」
体制を崩さないまま言った宮田に思わず、聞き返してしまう。
いつもなら、行為に非積極的で、無気力、面倒だと言って拒否する宮田が、自分からヤろうと言うのは、牧野にとって夢物語同然の出来事だった。
「え、宮田さん、え?っていうか、さりげなく脱がしてませんかっ!!?」
「何ですか、やっぱり嫌なんですか。」
不機嫌そうに眉を寄せる宮田に睨まれて、牧野は口を噤む。
(嬉しいっていえば嬉しいですけど…何となく後が怖い気がする………)
何か裏がある気がして、思わず怯えてしまう牧野を余所目に、宮田はさっさと服を脱がしていった。
(何というか、本当に宮田さんは不思議だ)
(何がどうしてこうなったんでしょうか?)
「ふっ………ぅ…」
「み、宮田…さん」
眼前に広がる光景を眺める、もとい堪能しながら、牧野は再度考える。
向かい合わせのまま、行為に及んだおかげで、宮田の表情は全て牧野から見えていた。
目を強く瞑って、自ら後ろに指を入れて中を解そうと懸命に努力する宮田の表情が。
(うーん…どうしてでしょう)
あまりにも現実とかけ離れている光景に、牧野はいつも以上の冷静さを持って眺めることができた。
快楽、というよりかは、異物感と違和感で歪んだ表情と、
自分からやっておきながら、脱ぎ捨てきれてない羞恥心で僅かに赤くなった顔は、牧野の欲を煽るのに十分だった。
「宮田さん………」
「っ!!……」
口付けようと顔を近づけると、驚いた表情の宮田と目が合った。
すぐに宮田の方から視線を逸らされてしまい、牧野は苦笑しながら、宮田と唇を重ねる。
「ふっ…………っ、……………〜っっ!!!」
「いっ、痛いっ!!痛いです、宮田さんっ!!」
「はっ…はぁっ、………………自業、自得です」
だんだんと息が保たなくなった宮田に、背中を強く叩かれ、牧野は痛みから悲鳴をあげた。
「もう、大丈夫ですか?」
牧野が問いかけると、宮田はガバッと顔をあげた。
「今日は、私が、自力で、入れます」
「…………ぇ?」
まだ整わない息の合間合間から、言葉を紡いで宮田は答える。
(今日は本当に、どうしたんでしょう…)
いつもなら、絶対にしないハズの行動を宮田が、自ら進んで行おうとしていて、牧野は更に困り果てていた。
「みや…………っ!!」
宮田に理由を聞こうとした時、再度腕が回されてきて、牧野は恥ずかしさのあまり思わず口を噤んだ。
「ひっ………ぅ…」
宮田は、牧野のモノを、後ろにあてがい、ゆっくりと腰を下ろしていく。
宮田が抱きついた事で、近くなった声が、牧野の耳元で聞こえてきた。
悲鳴と、嬌声が入り混じり、小さくあげられる宮田の声を聞くうちに、牧野のモノは更に質量を増した。
「っ、ぁ………デカ…いんですよっ!!」
たまらず回した腕を放して、宮田は牧野に文句を言う。
(あ、今の)
その瞬間に見えた宮田のつらそうな表情で、牧野は今まで持っていた理性をかなぐり捨てた。
「っ!?ぁあっ、ひっ、牧野さっ!!」
今まで際にあった侵入物に、突然奥まで貫かれる。
急な動きに宮田が文句を言う暇も無く、律動が始まった。
脳ごと揺さぶられるような快感で、宮田の目尻に涙が浮かんだ。
「っは、ぁぁあっ!!」
前立腺を強く抉られて、宮田は大きく声をあげた。
「ひっ、ふ、ぁっ!!牧野、さんっ!!はやっ」
「っ、ごめんなさい宮田さんっ」
今まで、己のペースを保っていたのに、突然のあまりに早く強い快感に、耐えきれず涙を零す宮田を見て、牧野は思わず何が悪いワケでもないのに謝ってしまった。
「ぁ……、っ!ふぁ……」
椅子から落ちないように支える牧野に抱きつき、宮田は絶え間なく嬌声をあげる。
「牧野さ、もっ!!」
宮田の切羽詰まった声が牧野の耳に届いて、律動を早くする。
「一緒にイきましょう」
優しく笑いかけて、牧野は宮田に軽く口付けた。
「ふぁ、ぁぁあああっ!!」
「っ………」
宮田が達するとほぼ同時に、牧野も中で達した。
ぐったりと牧野の肩にもたれかかる宮田に恐る恐る声をかける。
「だ……大丈夫ですか……?」
「……………殺す」
聞こえてきた返答は、想像以上に恐ろしい返答で、思わず牧野は固まってしまう。
「ご………ごめんなさい…」
後悔の念に押された牧野が謝ると同時に、宮田は肩から顔をあげて、乱れた前髪をかきあげた。
様になる行動に思わず牧野は目を奪われる。
「そ、そういえば、今日はどうしたんですか」
「何がですか」
「いえ、いつもより積極的だったので………」
「………ああ、気にしないで下さい。」
露骨に嫌そうな声で、拒否されて牧野は、それ以上言及できなかった。
(今度、石田さんにでも聞いてみましょう…)
余談だが、今回の件が淳と須田の仕業だと牧野が知るのは、それから2日後、本人たちから告げられた時だ。
戯れ
たまの立場逆転